世界初!360万人が受けたスロヴァキアの「全国一斉コロナ検査」、現地で味わった混乱と希望

世界初!360万人が受けたスロヴァキアの「全国一斉コロナ検査」、現地で味わった混乱と希望

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/11/24
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東北地方から福島県を除いたくらいの面積に、兵庫県の人口に近い550万人が暮らす中欧の小さな国「スロヴァキア」。1989年に社会主義体制が崩壊してまもなくチェコと分離して30年が過ぎたいまなお、「チェコスロヴァキア」と言ってはじめてわかってもらえることがある。

2020年のパンデミックはこの小さな国をも容赦なく巻き込み、翻弄してきた。前編では、春の第一波をほとんど無傷で乗り越えた同国が第二波に襲われるまでを、首都ブラチスラヴァに暮らす一市民の目線から描いた。

経済損失の大きいロックダウンが迫られるなか、世界初となる国を挙げての「一斉コロナ検査」は無事完遂できるのか。いざ検査を受けての実感はーー。スロヴァキアのコロナ対策、現地からの特別ルポ、後編をお送りする。

前編はこちら→「第二次世界大戦以来、最大の危機」 中欧の小国スロヴァキアを襲った「コロナ第二波」の衝撃

ロックダウンか、全国一斉検査か

コロナの全国一斉検査をする。スロヴァキアのイゴル・マトヴィチュ首相(47歳)は10月17日、突然、発表した。1日に緊急事態宣言がなされてわずか3週間あまりで、1日あたり500人台だった新規感染者はまたたくまに1000人台を越え、さらに2000人台へと指数関数的に増えていった。隣国のチェコでは1000人台だったのが1万5000人台にまで感染爆発し、医療崩壊しかねない状況に陥っていた。

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イゴル・マトヴィチュ首相(右)と、スロヴァキア共和国軍のダニエル・ズメコ将軍

経済的な損失の大きいロックダウンか、徹底的な検査をして封じ込めをはかるか。国民の命と暮らしを守るむずかしい選択が迫られるなか、首相は辞任覚悟で検査の実現に向けて取り組んだ。

最初に発表された大枠は、ざっと次のようなものだった。2週連続で週末に検査し、陽性の場合は自宅で10日間の検疫をする。2回するのは、検査の精度を高めるためである。対象は10歳以上の全国民。外国人やホームレスも含まれる。軍が指揮し、医療関係者が検査する。結果を記した証明書が発行され、封筒に入れて渡される。

まず10月23日から25日、感染者のとくに多い地区でパイロットテストをする。それから翌週の10月30日から11月1日と、翌々週の11月6日から8日に全国一斉検査をおこなう。医大生を含む医療関係者の募集もはじまった。報酬は時給7ユーロ(1ユーロ=124円、2020年11月11日現在)で、陽性が一人出るたびに20ユーロの危険手当が加算される。ここからいろんなことがばたばた決まっては、めまぐるしく変更されていった。

検査をめぐる対立

いつから一斉検査を検討したのか、首相はいまのところ明言を避けている。関係閣僚も口を濁す。議題にのぼったのは発表の2日前だったのはわかっているが、さかのぼれば世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長(55歳)が3月16日に「テスト、テスト、テスト」と世界に向けて訴えたことにあるはずだ。

検査をめぐっては、やるべきとの意見と、やっても意味がないとの意見が対立してきた。医療関係者や専門家のあいだでも、答えの出ない分断が生じ、なにが正しいのか戸惑うばかりだった。スロヴァキアでももし事前に討議したら平行線を辿っていたにちがいない。事実、発表してからズザナ・チャプトヴァー大統領(47歳)や医師会を巻き込み、ぎりぎりまで紛糾した。だからこそ電撃的な発表にならざるをえなかったのだろう。

人口60万人のルクセンブルクで 5月から7月にかけて全国民を対象に検査がおこなわれた例があるが、国を挙げて一斉に検査するのは世界でもはじめての試みになる。人口990万人の武漢市や490万人の青島市など、中国の都市で全市民を対象にした検査がおこなわれているが、参考にすべきノウハウはないに等しく、手探りで取り組むしかなかった。

22日の夜明け前、約300万個の検査キットを載せて韓国のソウルを出発した世界最大級の輸送機アントノフAn-124が、ブラチスラヴァ空港に着陸。史上最大の作戦がいよいよはじまる。第一波では同型機が医療用の防護服やN95マスク、人工心肺装置など治療に欠かせないものを中国などから次々に運び入れていた。見ていて、これが兵站であり、外交なのだと思い知らされた。

この日、どのような流れになるのか、軍の作成した映像が検査のためにつくられたサイトにアップされた。わかりやすいが、軍独特の規律正しさと無駄のなさがあり、検査が軍事行動に位置づけられているのを伺わせた。

採用された検査キットはSDバイオセンサー社のCOVID-19 Ag Testで、WHOにも認められている。計1300万個あまりが発注済みで、23日にも別便が届く手はずだった。テストの費用は1回あたり3.90ユーロから4.45ユーロになるとこの時点で公表された。

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COVID-19 Ag Test

このキットによる検査は抗原テストと呼ばれ、採取した検体を増幅するPCRテストに比べて精度は劣るが、検査機器が必要なく、15分ほどで結果が判明する利点がある。しかし、全国検査を通じて最大8万の偽陽性と2万5000の偽陰性が出る可能性があり、検査の意味を問う声が次々にあがった。とくに問題にされたのが陽性なのに陰性とされる偽陰性である。専門家抜きで決めたことへの不満が背景にあり、政治的なパフォーマンスにすぎないとの批判もあった。だからといってスロヴァキアにはPCRテストの処理能力が1日およそ2万2000件分しかない。

本番前の大混乱

パイロットテストはユネスコの世界遺産に登録される街バルデヨフを含む、4つの地区でおこなわれた。集会が制限されるとの噂が流れたことから、三日三晩飲み明かす伝統的な結婚式を駆け込みでおこなうカップルが多数いたのが蔓延の一因とされた。

3日間で14万人が検査し、このうち陽性者は5594人で、陽性率は3.97%だった。この間、感染者の増加が止まらないことから、24日に国境を閉じない、部分的なロックダウンがはじまった。もし国を完全に封鎖した場合、経済損失は3週間で20億ユーロになると推定されるが、テストの費用は総額1億ユーロ程度、ロックダウンの1日分ですむと首相は説明した。経済活動をできるだけ止めずに感染者を抑えるにはどうすればよいか、その答えが全国一斉検査とロックダウンの組み合わせだったわけである。ただし3週間以内に減少をはじめなければ、春より厳しい条件で完全に封鎖するとした。

パイロットテストにもとづき、本番の詳細が固められていく。人員の確保がむずかしいことから、当初、3日かけておこなう計画だったのが土日の2日間に短縮された。65歳以上は参加しなくてもよくなり、自宅で検疫できない陽性者には3食付きの宿泊施設が有償で用意された。

その一方、8人の科学者が大統領と共同記者会見をひらき、検査の結果を都合よく解釈することなく、科学的な知見を尊重すべきとの声明を発表する。パンデミックを乗り切るにはだれもが納得する、効果的な対策をおこない、国民の信頼を得るのがなにより大切だと加えた。

大統領制を敷かない日本ではその役割がいまひとつわかりにくい面があるが、スロヴァキアでは国民の側に立って総合的、俯瞰的に政治を調整する働きがある。必要な医療関係者が1000人単位で足らず、会場の6割しか準備できていないと検査の前々日に軍から報告を受け、このままでは一斉検査を成功させるのはむずかしいと懸念を示したのはその一例である。医師会も検査に集まった人たちが集団感染しかねず、再検討を要請した。

緊急事態宣言下では医療関係者を動員することができ、その文書もできていたが、実際にはお金で解決しようとした。1日あたりの報酬を100ユーロにあげるとともに、両日ともにやれば500ユーロのボーナスを出すことにしたのである。危険手当と合わせ、2日でスロヴァキアの平均月収に近い1000ユーロの稼ぎになると首相は協力を訴えた。ほかにも問題がいくつも噴出し、全国規模での一斉検査なんてほんとうにできるのかと心配になるほど、最後の最後までごたついた。

テストの流れ

検査のおこなわれる31日早朝、私は家族と一緒に会場のひとつに指定された小学校の体育館に向かった。ブラチスラヴァには合わせて400カ所あまりが設営され、このうち私の住む地区には19カ所あり、うち1カ所はドライブスルーになっている。朝7時から夜22時(受付は21時30分)まで、どこでも好きな会場にいつ行ってもかまわない。地区には2万2000人の住人がいるから、単純に計算して1カ所あたり1000人近くになる。これはたいへんだと急いだところ、すでに50人近くが並んでいた。学校のほかにもあちらこちらの会場で行列が見える。

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検査に並ぶ人たち。雨が上がったおかげで、大勢参加した。

7時になってもはじまらず、警官の立つ扉は閉ざされたままだった。8時になっても、ぴくりとも列は動かない。しびれを切らせて何人かが列を抜け、ほかの会場に行った。知り合いがいるらしく、だれかが中の様子を電話で確認している。聞き耳を立てていると、どうもなにかが届いておらず、まだ準備できていないらしい。こういうとき、この国の人は文句ひとつ言わず、こんなものだという顔をしている。切れたり、声を荒げる者も、横入りする者もいない。

軍服を着た女性が全体を指揮し、学校なので禁煙といった注意をしたり、障害者を先に誘導したりしている。この時点で検査がはじまっていたのはスロヴァキア全体で5000カ所近くある会場のおよそ9割。お昼になっても100%にはならなかった。それから40分ほどして、ようやく扉が開き、5人ずつ、順次、中に人を入れていった。当初1時間あたり35人の検査ができると想定されていたが、慣れるにしたがい45人に増え、手際のよい会場では60人近くになった。

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軍人が監督し、3人の医療関係者が検査を進める。

私たちの順番が来たのは9時30分。2時間以上、外で待ったことになる。体育館なのできっと検査する場所がいくつかあり、ほかの会場より早く順番がくるはずだとにらんでいたが、実際には1カ所しかなく、選挙の投票所のようにブースが衝立で3つに仕切られていた。

まずは入口に置かれた除菌スプレーで手を消毒し、呼ばれたら最初のブースで身分証明書を見せ、受付をする。そこでティッシュを1枚、渡されるので次のブースで思いっきり鼻をかみ、その隣でいよいよ検査する。白い防護服を着た検査官が3人1組になり、1人が綿棒で鼻から採取し、1人が検査キットで反応を調べ、1人が取り間違えのないよう、慎重に整理していた。

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検査には鼻から綿棒を入れる。

検査を怖がっている人がいたので、軍人が「みんな、励まして」と結果を待つ人に声をかけると大きな拍手が起きた。軍人が立ち会っているからといって厳めしさは微塵もなく、和気藹々とした雰囲気が漂う。励まし合う文化はスロヴァキアのよさのひとつだ。決して人のことを笑ったりはしない。たしかに鼻から入れられた長い綿棒は思っていた場所よりさらに奥へ奥へと入っていく。「えっ、うそ!」と声にならない声をあげ、「うげええっ」と叫びたくもなる。痛みはないが、奇妙な違和感がいつまでも鼻の奥に残った。

360万人が参集

検体の採取が終ったら番号札を渡され、ソーシャルディスタンスを保って並べられた椅子に座り、呼ばれるまで20分ほど待つ。軍人が一つひとつ検査キットの反応を注意深く指さし確認し、証明書を書く係りに伝える。氏名、生年月日、検査日、そして陽性か陰性かが記される。左下には緑色のコロナウイルスが描かれる。私の家族はみな陰性だった。もしかしたら感染しているかもしれないと、コロナ禍がはじまって以来、心のどこかでいつも引っかかていたのでホッとした。

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検査を終えたら証明書が発行される。

検査のおこなわれた2日間、首相は忙しく検査会場を確認して回り、現場を激励した。ポピュリストの人気取りだと陰口を言う人もいたが、なかなかできるものではない。足らないと危惧されていたスタッフも、補欠の出るくらいボランティアが集まり、隣国のオーストリアから軍医が、ハンガリーからは救急隊員が駆けつけた。保健大臣のマレク・クライチー(46歳)は心臓病の専門医でもあり、防護服を着てスタッフの一人として働いた。

スロヴァキアに住んでいていつも不思議なのは、はじまる前の大混乱が嘘のように、こうして最後は決まってうまくまとまること。全国一斉検査も、終わってみれば2日間で360万人が検査会場の長い行列に並んだ。対象とされた10歳から65歳の約85%におよぶ。人混みで感染するのを嫌い、自費でPCRテストをする人や、すでに検査した人は受けなくてもよいので、実際の割合はもっとあがる。準備不足を心配していた大統領は、成功裏に終わったことを賞賛していた。

ただドライブスルー会場は、問題が最後まで解決しなかった。感染をおそれて多くの人が殺到して大渋滞を引き起こし、カオスになったところが少なくなかったのである。私の家の近所ではスーパーの駐車場でおこなわれたが、どうにもならないので2日目は設営されなかった。空港がドライブスルーの会場となったスロヴァキア第2の都市コシツェだけは、1時間あたり300台を処理するほどスムーズに流れた。スペースに十分な余裕がなければ、思い通りに行かないようだ。

陽性率1%の意味

1回目の全国一斉検査で見つかった感染者は3万8359人で、陽性率は1.06%だった。「決して少ない数値ではなく、むしろ多いくらいだ」とマトヴィチュ首相は注意をうながす。抗原テストの精度を考えれば2%と見るべきで、それだと国民の40~50人に1人は感染していることになるからだ。

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第1回全国コロナ検査の結果を発表するイゴル・マトヴィチュ首相。

地区によって感染に大きなばらつきがあり、どうしたわけか国土の上半分の地域に集中して広がっていた。人口の集中するブラチスラヴァが0.33%である一方、7地区で2%を越えた。もっとも感染率が高いのは人口2万5000人の山間にある街で、3.22%を数えた。都会より田舎のほうがリスクは少ないと思っていたが、そうでもないらしい。

11月7日と8日に予定される2回目の検査を前に、行政への負担が大きすぎるので、感染率の低い地区では検査しなくてもよいのではないか、強制するならあまりに中央集権的だとの声が、市長や区長から次々にあがった。これに応えて陽性率が0.7%未満だった地区は除外される。2回目は204万人が受け、1万3509人の陽性者がいた。陽性率は0.66%になり、1回目より下がった。2回とも検査した45地区の比較では、1回目の陽性率が1.47%(175万人のうち陽性は2万5811人)だったのに対し、2回目は0.62%(184万のうち1万1477人)へ半減した。

パイロットテストから3週間にわたって繰り広げられた大規模な検査が終わり、9月半ばから急増しつづけた感染者は減少に転じた。首相や保健大臣は検査の成果とするが、専門家は部分的にでもロックダウンしたからだと譲らない。だが、それこそ大統領がはじめに声明を出していた通り、都合よく解釈して一喜一憂せず、数値の意味をどのようにとらえていくか、科学の叡智が求められる点だろう。

春の第一波では未知のウイルスを怖れ、スロヴァキアの人びとはステイホームを守り、家にじっと閉じこもった。おかげで感染はほとんど広まらなかったが、出口戦略を急ぎ、夏のあいだに規制を緩めたのが第二波につながった。インフルエンザの流行と重なる第二波は第一波より多くの犠牲者を出す可能性が各方面から指摘され、これからの4カ月、欧州全域で困難が待ち構えていると見られる。

コロナ検査を受けて

厳しい冬を前にして感染の状況をざっくりとでも可視化し、目に見えないウイルスを制御する糸口をつかんだことで、さっそく新たな対策が矢継ぎ早にはじまる。まずいつでも気軽に無料で検査を受けられる場所が全国の各地区につくられることになり、私の住む近所でも大学病院内に設置された。

2回目の検査で陽性率が1%以上だった地区では、11月21日と22日に3回目の検査を実施することにもなった。458市町村の11万人が参加した結果は2501人の陽性者が出た。陽性率は2.26%と感染が広がる地区では依然として高く、予断を許さない状況なのがわかった。マトヴィチュ首相は「ホットスポット」という言葉を使い、感染源が絞り込まれてきたと説明した。

また、12月5日と6日に再び全国一斉検査がおこなわれることが決まった。11月と同じように、まず全国民を対象におこない、そのなかでも感染率の高い地区でもう一度、2回目の検査をし、さらに高止まりの地区で3回目の検査する予定だ

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ブラチスラヴァの旧市街でおこなわれた検査の様子。

最優先課題は学校で、コロナ禍による「失われた世代」を生み出さないことが急務になっている。学校関係者はすでに検査を義務づけられていたが、生徒とその親も定期的に検査するのを条件に再開する案がある。

レストランや映画館、劇場、フィットネスセンターでは従業員も客も3週間ごとにテストし、証明書をもつ者だけが利用できるようにする案が出ている。だれが感染しているかわからない状況では、個々がいくら対策したところで限界があるからだ。まさに「テスト、テスト、テスト」なわけである。

全国一斉コロナ検査を経て、私自身の心の持ちようも大きく変わった。このところ陽性率が連日20%前後という高い水準がつづき、これではいつ感染してもおかしくないとナーバスになっていた。スーパーに買い物に行くときはマスクを二重にし、除菌クリーナーをいつも手放さなかった。

私の住む地区の陽性率は0・3%と発表され、生活空間の感染状況がはじめて具体的な数値となって現れた。これまでだれが感染しているかわからないとずっと疑心暗鬼になっていたが、自分が陰性なのはもちろん、周囲の人もほとんど感染していないので、きちんと対策をしてさえいればむやみに怖れることはないのがわかった。

全国検査なんて意味がないという専門家の言説を、これまでさんざん耳にしてきた。しかし、こうして一市民として実際に体験してみると、その意味は大いにあると感じている。スロヴァキアの試みに刺激されるかたちで、イギリスではリヴァプールを皮切りにマステストがはじまり、感染の広がるオーストリアやイタリアの南チロル地方でも計画がもちあがっている。なお、今後予定されるワクチンの接種は全国一斉検査と同じ方法でおこなうことが早々と公表された。

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