大正製薬vs消費者庁「パブロンマスク365」の攻防

大正製薬vs消費者庁「パブロンマスク365」の攻防

  • 東洋経済オンライン
  • 更新日:2022/08/06
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マスクの除菌を巡る大正製薬と消費者庁の争いを解説します(写真:sasaki106/PIXTA)

政府委員や大学教授を歴任した弁護士出身の実業家、林田学氏による書籍『30万人のサブスク・定期顧客を生み出すリーガルマーケティング』では、多数の事例をもとに法律とマーケティングを融合させたリーガルマーケティングをレクチャーする。

回転寿司チェーン大手スシローが、テレビコマーシャルなどで宣伝していたウニやカニの期間限定寿司が、実際には全国の9割以上の店舗で販売していなかったことを受け、2022年6月9日、「おとり広告」に該当するとして、消費者庁はスシローを運営する株式会社あきんどスシローに対して、景品表示法(景表法)に基づく措置命令(違法となった行為の撤回と、再発防止を命じる行政処分)を出した。

おとり広告とは「実際には購入できない状態にもかかわらず、買えるかのような広告をして顧客を呼び寄せる広告」のことで、おとり広告は景表法の不当表示に該当する。

さて、この不当表示を争点として2019年から消費者庁と戦い続けているのが、製薬企業の大正製薬だ。同社が販売している「パブロンマスク365」の広告は、マスクに付着したウイルスや花粉アレルゲンが太陽光や室内光で分解され、除菌されると訴求している。

これに対し消費者庁は、「資料は提出されたが合理的なものとは認められなかった」として措置命令を下した(2019年7月4日)。

同社はこれに対して「提出した科学的根拠を全く無視した内容である」として、消費者庁の実験(措置命令を下すための判断材料とした消費者庁が独自に実施した試験―弁明の機会の際に消費者庁が説明したもの―)を批判する異例のニュースリリースを発表した。

景表法違反はこう行われる

スシローがやったことは弁明の余地はないが、大正製薬の「パブロンマスク365」の広告の場合は、このあと述べるように3年越しの抗争となった。本稿では大正製薬事件の悲劇の原因と、消費者向け広告を展開する企業がこの悲劇から学ばなければいけない教訓について考えてみたい。

景品表示法ができたのは、1962年。2016年4月から、違反者はペナルティーを支払う課徴金制度がはじまり、場合によっては2億円を超える巨額の課徴金が課されるようになった。メディア報道による信用失墜も含め、企業が措置命令により受ける打撃が大きくなっている。

消費者庁による景表法違反の追及フローとしては、まず、消費者庁であやしいと思われる広告に対して、調査要求の手続きが行われる。消費者庁がこれは厳しく追及しなければならないと判断すると、広告表現の根拠を15日以内に提出するよう企業側に要求する(「合理的根拠の提出要求」と呼ばれる)。

その後、書面ないし書面と口頭で弁明せよと「弁明の機会」を与えられるが、措置命令が覆ることはまずなく、予定調和的に措置命令が下される(詳細は『大幸薬品「クレベリン」の広告はなぜ問題なのか?』の記事をご覧いただきたい)。

一般的に、消費者庁が下した措置命令や課徴金命令に対して争う場合、その方法は2つある。

1つ目は、消費者庁に不服を申し立てること。これを「審査請求」と言う(措置命令から3カ月以内)。大正製薬はこの方法を選んだ。詳しくはあとで述べる。

2つ目は、裁判所に取消訴訟を提起すること(措置命令から6カ月以内)。
お茶のダイエット効果の訴求で措置命令を受けたティーライフなどは、この方法を選んでいる。

3年続いた消費者庁と大正製薬の抗争

大正製薬の「パブロンマスク365」広告に関しては、2019年1月15日に行われた消費者庁の合理的根拠の提出要求から、大正製薬の実質敗北が確定した今年3月1日の第三者委員会の結論まで、3年を超える抗争が続いた。

この抗争は紆余曲折を含むもので、異例の展開となっている。第三者委員会の認定をベースとしてタイムラインを追ってみよう。

まずは第1幕は、措置命令が下るまで。消費者庁が一旦下そうとした措置命令を書き改めるという異例の出来事があった。

1.大正製薬はパブロンマスク365の広告にて、マスクについた「ウイルス」や「花粉アレルゲン」が「太陽光でも室内光でも」「分解され除菌されます」と訴求。
2.2019年1月15日、消費者庁が大正製薬に1の広告の合理的根拠の提出を要求し、同30日、大正製薬が提出。
3.同年3月5日、弁明の機会付与通知(その際に予定される措置命令の内容開示。その内容は「資料は提出されたが合理的なものとは認められなかった」がテンプレートで、本件もそうであったと思われる)。
4.同年3月19日、大正製薬は弁明書を提出(そこでは詳細な根拠が示され、また、措置命令が下されれば争う旨が記載されていたものと推察される)。
5.消費者庁は3月の措置命令ドラフトを書き改めて提示したうえで弁明の機会を再設定し、6月7日に通知。6月17日に大正製薬弁明書提出。
6.同年7月4日、消費者庁は大正製薬に措置命令を下した(テンプレート通り)。

第2幕では措置命令のあと、大正製薬は消費者庁が弁明の機会において示した実験を批判するプレスリリース(前出)を即座に出し、その後法的手段を採ったが、結局敗北に終わった。

7.2019年10月1日、大正製薬は消費者庁に不服申立(審査請求)。
8.不服申立を受けた消費者庁は、措置命令に関わっていないものを「審理員」として選任。審理員は措置命令相当の意見書を提出(時期不明)。
9.2021年9月29日、消費者庁は諮問説明書を添付して総務省の第三者委員会に諮問。ここでの理由付は審理員意見書の理由付と異なっていた。
10.委員会は、5回審議(2021年11月1日、11月25日、22年1月13日、2月17日、2月25日)を行う。
・消費者庁は2022年1月25日、資料提出
・大正製薬には2021年10月11日に、反論あれば10月25日までに提出せよと通知するも、大正製薬は何ら提出せず
11.2022年3月1日、第三者委員会は措置命令が妥当との結論を示した。

以上のタイムラインから見て取れるように、消費者庁と大正製薬の抗争は異例続きの展開となっている。どこが異例かをまとめた。

1.消費者庁は一旦2019年3月にドラフトしていた措置命令を書き改め、同年7月に下した。
2.2019年7月に措置命令を受けた大正製薬は、同年10月に消費者庁に審査請求を行ったが、消費者庁が第三者員会に諮問を行ったのは2021年9月で、約2年間も間が空いた。
3.審査請求が出ると、消費者庁は措置命令を下した担当者とは別の担当者を審理員として選任しその者が再審理を行うことになるが、その審理員の意見書と消費者庁が諮問を行う際に付けた説明書は、大正製薬の根拠を否定する理由が異なっていた。

ちなみに大正製薬が措置命令直後に行ったプレスリリース(前出)によると、弁明の機会において消費者庁が示した説明は、消費者庁がこのマスクにウイルスを付け、48時間白色蛍光灯を照射しても二酸化炭素の放出は増えなかった(ウイルスなどが分解されたら二酸化炭素が増えるという前提)というものであった。

実は、このように消費者庁自ら実験を行い、その結果を弁明の機会において説明するというのも極めて異例である。

これに対し、消費者庁が第三者委員会への諮問の際に示した説明は、「大正製薬が行った試験は太陽光に匹敵する強さの光で、そこから室内光での結果を計算により導いているが、そのような手法は一般的に認められているものではない」というもので、第三者委員会も大筋においてこの説明に従い、「大正製薬の広告に合理的根拠はないものとする消費者庁の判断は正しい」と結論付けた。

合理的根拠の不合理と企業が学ぶべきもの

以上のような異例続きの展開がもたらした根本的な原因は、措置命令において合理的根拠を否定する理由がまったく示されないという点にある。

そのことは、第三者委員会の結論においても「なぜ本件提出資料を合理的根拠資料と認めなかったのかの理由が理解しやすく記載されているとはいい難く、そのような記載が具体的になかったことにより、審理手続の長期化を招いた面が否定できない」と指摘されている。

筆者が思うに、消費者庁のやり方は「不実証広告規制」という立て付けに基づいている。これは、合理的根拠の提出要求が行われ、企業が合理的根拠を提出できないと企業に措置命令が下されるという仕組みで、企業に合理的根拠の立証責任を負わせている。

この立て付けに立脚して、消費者庁は「資料は提出されたが合理的なものとは認められなかった」と、具体的な理由を示すことなく、措置命令を下している。そしてこのことが悲劇の根本原因となっている。

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しかし、「不実証広告規制」のもとにおいても、消費者庁が合理的根拠を否定する理由の一端を示すことは可能なので、そのような運用への方向転換が望まれる。

一方で、BtoC企業としては、この事件のように3年も抗争して何も得られないというダメージを避けるため、広告に関してその内容にマッチする適切なエビデンスを備えることに注意を怠らぬようにする必要がある。

上記のタイムラインで示されたように、大正製薬は第三者委員会の審理に何らの主張も立証も行っていない。その真相は定かではないが、経済的合理性の観点から「この先争っても意味なし」と判断したのかもしれない。
そうだとすると、3年間をまったく無駄にしたことになる。

一旦措置命令を巡る争いに巻き込まれるとこのようなリスクがある。BtoC企業としては水際で止めなければならないことを肝に銘じてほしい。

(林田 学:薬事法ドットコム社主、弁護士出身の実業家)

林田 学

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