幼少期は“本当に普通の子”。人との出会いが好きな少女からメンバー1万人超のサロンオーナーへ。河村真木子さんの素顔

幼少期は“本当に普通の子”。人との出会いが好きな少女からメンバー1万人超のサロンオーナーへ。河村真木子さんの素顔

  • マイナビウーマン
  • 更新日:2023/01/25

取材・文:ameri撮影:稲垣佑季編集:錦織絵梨奈/マイナビウーマン編集部

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経営者やいわゆる「リーダー」って、どうしても私たちとは違う世界の人……と思ってしまいがち。でも、リーダーたちも毎日寝て、起きて、ご飯を食べて……そして仕事をしている普通の人。

そんなリーダーたちに細かい質問をぶつけ、素顔を探る本企画。第1回の「リーダー」は、外資系金融機関の最高管理職を経て、メンバー1万人超えのオンラインサロン「Holland Village Private Salon」を主宰する河村真木子さん。幼少期から現在までのさまざまなエピソードを聞かせてもらいました。

河村真木子さん

1976年奈良県生まれ。親の転勤で千葉県、大阪府、シンガポールで幼少期を過ごす。1994年、高校三年生の春にロサンゼルスの高校へ転入を決意。帰国後、関⻄学院大学に入学するも自主退学し、渡米。2000年カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、米系投資銀行に就職。

2021年8月よりオンラインサロン事業をスタート。現在はオンラインサロン「Holland Village Private Salon」の運営に専念。2022年10月には、自身の経験をもとにした初の著書「超フレキシブル人生論“当たり前”を手放せば人生はもっと豊かになる」を執筆。同年11月には住所非公開の会員限定カフェ「Holland Village Private Cafe」をオープンさせた。その他、炭酸パックブランド「Carrie」の開発・販売を展開。

■社交的な幼少期を経て、高校3年生でアメリカ留学を経験

Q.1 幼少期はどんな性格でしたか?

本当に普通の子でした。勉強ができたわけでも、運動ができたわけでもなく、本当に平均点みたいな子だったんですけど、性格だけはとっても社交的で。

引っ越しが多い家庭環境だったのですが、それを楽しみにしているような子で、引っ越し先へ行っても自分で小さいネームカードを作って配って回るような子だったんです。その頃から人との出会いが好きだったんだと思います。

Q.2 どのようなご家庭で育ちましたか?

普通の一般的なサラリーマンの家庭です。父が商社マンで母が専業主婦、3人姉妹の真ん中の子でした。

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Q.3 思春期は学校でどんな存在でしたか?

思春期くらいから、他の子よりも先におしゃれとか一通りのいろいろなことを経験したがるような子供時代でした。悪いことをし始めたり、おしゃれし始めたり、いわゆるませがきでした。

Q.4 学生時代にバイトはしていましたか?

はい。お好み焼き屋やもつ鍋屋など、飲食店でのバイトをしていたのですが、全く向いていなくて。信じられないくらい、次から次へとお店をクビになっていましたね。

ウエイトレスというお仕事が私は本当に向いていなくて。「どのテーブルに何が無い」に何も気がつかず、ぼーっと違うことを考えちゃって「あなたはクビ」って。面接だけはすごく得意で「良い子を雇った!」って思われるけれど、実際に働き出すと「使えない」と思われる代表格のような感じでした(笑)。

なので、当時は「私って、勉強はできるけど仕事ができないタイプなのかな」と思っていたんですよ。

Q.5 大学時代はどのようなことを学んでいましたか?

興味があった社会学を学んでいました。今でも社会学に関連する本を読んだり、コラムも多く書いたりしています。社会で起きていること、文化の違いや男女のことやLGBTQ的なことなど、社会のことについてですね。

Q.6 留学は経験されましたか?

アメリカ留学をしていました。高校3年生の時に向こうの高校へ行き、その後、一度日本の大学に入ったのですが、辞めてアメリカの大学へ入り直しました。

アメリカの方が勉強の仕方が合っていたんですよね。“試験一発勝負”の日本よりもレポートやプレゼンテーションなど日々の努力が認められ、コミュニケーションベースで評価されるアメリカの方が自分に合っていたように思います。

■外資系金融業界へ入った当初から“40歳以降”の人生プランを考えていた

Q.7 なぜ起業しようと思ったのですか?

私が就職した会社では、当時は40歳くらいでみんな辞めていたんです。というのも、それ以上いる人があまりいないくらい競争が激しく、ある程度若くて体力がないとできないような仕事だから。なので、入社当初から「40歳までに絶対辞めなきゃいけないから」と、その後の人生プランを立て、常に「40歳で辞めた後に何をしよう……」と考えていました。

男性だと外資系の後に日系の金融機関に転職する方も多いのですが、私はそうしたくなかったので、自分でやるしかないなと。だから起業しました。ただ、40歳までに起業するために必要なお金は貯まったけど、「何をしていいか分からない」と悩んだ時期が5年くらいありましたね。

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Q.8 創業当初、大変だったエピソードがあれば教えてください。

20年間サラリーマンをやっていたので、起業したことでそれまでの社会的信用を全て失ったことが大変と言えば大変でした。

何者でもなくなったので、今まで借りられていたマンションが全部お断りされて借りられなくなり、「住みたかったら家賃2年分払ってください」と言われたこともありました。

Q.9 創業してから一番うれしかったことは何ですか?

誰かのために働くのではなく、自分がやりたいことのために1日の時間を全部使えるようになったことがうれしかったです。

Q.10 創業してから一番つらかったことは何ですか?

何かあるかな……。苦労はあります。誰かの会社で働いているわけではないので、楽しい反面、自分が全責任を負っているという重みにたまに押しつぶされそうになります。

■ギリギリのところまで体力を使うため、毎日ルーティンで行動

Q.11 毎日のタイムスケジュールを教えてください。

ルーティンで動いています。ルーティンで動かなければこなせないくらい、ギリギリのところまで体力を使って動いているので、ルーティンを崩したくないんですよね。

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夜12時に就寝して、朝4時に起きます。4時から2時間ほどかけてサロンメンバーさんのための金融コラムを書き、6時からオンラインサロンの運動クラスに参加し、その後に半身浴。半身浴中に読書をしてインプットします。

全て終わる頃にオンラインサロンの配信が始まるので、金融やマインドフルネスといったいろいろなクラスに参加し(ナビゲーターのような役割で)、午後からは美容などに時間を使っています。

基本的に午前中に頭を使うことをし、午後からはネイルサロンやトリートメント、エステへ行き、夜はほとんど毎日サロンやカフェのイベントがあるので自然と外食に。その合間に、3つのInstagram、2つのサロン、合計5つのアカウント全部で配信を行なっているので、常にフル回転している状態です(笑)。

Q.12 週に何時間くらい働いていますか?

仕事といっても自分がやりたいことなので、働いている感覚はないです。むしろオンオフを切り替えたくないかなと。

Q.13 毎日のお仕事で何をしている時間が一番長いですか?

分刻みで動いているので、何が一番長いというのはあまりないですが、朝の時間が一番自分の中で生産性が高い部分なので、朝から頭をフル回転させているなという印象はあります。

Q.14 仕事のコアタイムは何時ですか?

先日出版した本を執筆する際に、午前中でないと書けないことに気づきました。合間の時間に書こうと思っても何も思いつかなくて(笑)。

おそらく、金融時代の名残りなんだと思います。当時は、朝早起きして海外のマーケットで起きたことをキャッチアップしていました。というのも、マーケットが15時に閉まってしまうので、基本的には午前中に仕事を終わらせる必要があるんです。

マイナビウーマン編集部

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