
(写真:Fast&Slow/PIXTA)
日本に限らず、世界においても英語の存在感は圧倒的だ。程度の差はあれ、どこに行っても英語を理解できる人がいて、それを通じて一定のコミュニケーションが図れるという現実がある。その状況に風穴を開けようとしているのが、台頭著しい「中国語」の存在だ。では近い将来、中国語の影響が英語を凌駕する時代はやってくるだろうか? 著書『英語と中国語 10年後の勝者は』(小学館新書)を上梓した東京新聞論説委員の五味洋治さんに、ニューヨーク・タイムズ紙東京支局の上乃久子記者がインタビューした。
中国語を勉強すれば、自分の将来にプラスになるか?
上乃:五味さんのことは、朝鮮半島問題の第一人者として、以前から存じ上げていました。初めてお話ししたのは、確か2017年2月だったでしょうか。ちょうどそのころ、英語学習法の本を出そうとしていて、出版社の会議室で最終の確認作業をしていたんです。そしたら、金正男氏が暗殺されるという事件が起きて……。直後に支局長から電話が入り、「五味さんに連絡して、取材!」と言われ、偶然、担当編集者が五味さんの電話番号を知っていたため、すぐに電話させていただきました。

上乃久子/1971年岡山県生まれ。1994年に四国学院大学文学部英文科卒業後、同大学の事務助手として勤務。東京都内のバイリンガル雑誌社、翻訳会社、ロサンゼルス・タイムズ東京支局、国際協力機構(JICA)を経て、現在、ニューヨーク・タイムズ東京支局にて記者として活躍。サイマル・アカデミー同時通訳科修了。著書に『純ジャパニーズの迷わない英語勉強法』(小学館)(写真:横田紋子)
五味:そういえば、あのときに電話で話しましたね。その後、上乃さんの本、『純ジャパニーズの迷わない英語勉強法 増補版』が出版されると、今度は私が英語学習法について取材させてもらうということがありました。
上乃:そうでしたね。ところで今回の新著では、米中関係を「英語と中国語」という切り口で取り上げるという刺激的なアプローチをしていますが、反応はいかがですか?
五味:これまでにも本を書いてきましたが、今回はまったく異なる方面から連絡が来ています。例えば、語学教育の学校とかね。英語に関する情報はすでにたくさんあるせいか、英語に関心がある人からというよりも、中国や中国語に関心がある人からの反響があります。「中国語を勉強すれば、自分の将来にプラスになるのでしょうか?」という声が多くて、この反応には正直、びっくりしました。

五味洋治/1958年7月26日長野県茅野市生まれ。1982年早大第一文学部卒。1983年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、川崎支局、社会部、政治部(官邸、野党担当)を経て1997年、韓国延世大学語学留学。1999~2002年ソウル支局、2003~2006年中国総局勤務。主に朝鮮半島問題取材。2008~2009年、フルブライト交換留学生としてアメリカ・ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在中日新聞東京本社(東京新聞)論説委員(写真:横田紋子)
一方、ジャーナリスト仲間からは「面白い視点で米中関係を書いたね」とか「こういう捉え方もできるんだね」と言われます。やはり言葉という要素は大きいし、今の世界の動きを把握しようと思ったら、言葉を学ぶことは絶対に必要ですからね。
最近ではAIが言語の壁をなくすという話も耳にしますけど、そういう時代だからこそ、自分の言葉で相手に語りかけて、コミュニケーションを取ることが大切になってくると思うんですよね。
例えば、中国では昔、同じ共産主義国家の言葉としてロシア語が大流行して、多くの中国人がロシア語を学んでいました。ところが、アメリカと外交関係を結んでから、急激に英語が人気になった。そして今、情勢がまた変わってきて、再びロシア語が大人気になっているという話があるんです。
こういう現象を見ても、言語の重要性がわかるし、世界の動きを読むためには、外国語学習が大切なことも理解できる。自分の将来のための大きな武器になるのも間違いないですしね。事実、日本国内で仕事するにしても、1つか2つの外国語能力を求められるケースが珍しくなくなりつつある。
これからの学生には英語だけではなく中国語も学んでほしいと、ある有名中高一貫校の校長先生が仰っている記事を読んだこともあります。
アジアの言語を勉強しないのはもったいない
上乃:私が大学時代に教わったハンガリー人の言語学者の教授は、「日本人は皆英語を勉強しているけど、アジア人なんだから、アジアの言語を勉強しなかったら、もったいないですよ」って、いつも言っていたのを覚えています。
その先生は、7カ国語ぐらい話せる人でした。そこまでは言わないけど、やっぱり英語プラス1という考え方は必要かなと思います。
五味:その先生の言うとおりです。例えば、韓国語は日本語と文法が似ているので、日本人は短期間勉強するだけでかなり高いレベルにまで到達できますよね。事実、私自身も比較的短期間で韓国語が使えるようになりました。これは何も私に限った話ではなく、ほとんどの日本人に当てはまります。
上乃:先ほども触れていましたが、米中関係の冷え込みもあって、アメリカでの中国語熱はいっときに比べたら下がっているんでしょうか?
ザッカーバーグは中国語を話せる
五味:中国への警戒感が高くなっていますから、やはり下がっているようですね。ただ、中国を有力なマーケットとして見ている人たちは勉強し続けています。例えば、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグの奥さんはベトナム華僑出身なので、家庭では中国語を交えて会話を交わしていると言います。彼は以前、北京の清華大学から招かれ、中国語で講演を行ったことがあるくらいです。
日本人に向けて、中国語学習の大切さを訴えている著名人もいます。世界的投資家として日本でもよく知られるジム・ロジャーズもその1人で、最近の著書で「特に日本人は中国語を勉強したほうがいい」と主張しています。さらには、ベトナム語も学んだほうがいいと言っていますね。
その理由はいたって単純で、日本国内に中国人とベトナム人がいっぱいいるからだそうです。「中国人やベトナム人としっかりコミュニケーションできないと彼らの能力を十分に引き出せない」というのがその発言の根拠となっています。
「日本にいるんだから、日本語を話せ!」
こう主張する人もいますけど、頭ごなしに彼らを日本の枠にはめ込もうとすると、相手から敬遠されてしまいかねません。日本では、海外から働きに来る人や移民を嫌う傾向が根強く存在しますが、実際のところ、日本国内での働き手不足や少子化はかなり深刻で、外国人の存在なくては社会が成り立たなくなりつつありますよね。
私の専門である韓国の少子化問題を見ると、そこは非常にわかりやすい。今韓国では、大学が次々と閉校になっているんです。都市部では小学校がなくなりつつある。実際に日本でも、似たような現象が起こり始めています。
日本に来たばかりの人に、「日本語を完璧にしゃべれ」なんて押し付けるのは、そもそも寛容ではないですしね。そういう閉鎖的な雰囲気を残し続けて入れば、せっかくのいい人材が台湾や韓国に取られてしまうという話にもなりかねません。そういう意味でも、日本国内での外国語習得の熱は冷ますべきではないと思いますね。
英語と中国語の強さと弱さはどこにある?
上乃:中国語の重要性が増しているのはわかります。ただし英語の場合は、英語による音楽や映画などのポップカルチャーが人気の下支えをしているので、やはり強いと言えませんか?

五味:確かに、ポップカルチャーという点では、中国語は弱いでしょうね。中国という国の政治思想が足かせになって、それを使って表現活動するにはどうしても限界がある。
ポップカルチャーという尺度では、中国語は弱さを抱えざるを得ません。ただし、実利ということになると、がぜん強みを発揮します。
このところ、中近東やアフリカでは中国語が非常に人気になっています。なぜかというと、中国語を勉強すると、現地の中国系企業で働けたり、通訳として雇ってもらえたりするからなんです。もしくは、中国政府から奨学金をもらい、中国に留学することも夢ではない。
アフリカや中近東では、中国語を習得さえすれば、職にあぶれることなく生きていけるという実利的なメリットが生まれてきている。中国政府はそうした明確なメリットと結び付けて、アフリカや中近東に中国語を広めようとしているんです。中国語を学んでもらうことでそれらの地域の人たちを中国のファンにし、取り込んでいくということを戦略的にやっています。
かたや、そういう面ではアメリカは弱い。自分たちにはポップカルチャーがあるから、努力をしなくても自分たちの言葉は世界に広まっていくだろうと考えているのかもしれません。
(上乃 久子:ニューヨークタイムズ取材記者)
上乃 久子