
15日、ウクライナのゼレンスキー大統領はイギリスを訪問し、スナク首相と会談。スナク氏は長距離攻撃ドローンなどさらなる軍事支援を約束した(代表撮影/ロイター/アフロ)
安定的な政治体制のあり方を論じた著書『歴史の終わり』で知られる政治学者のフランシス・フクヤマ氏。ウクライナ戦争の現状について語った。AERA 2023年5月29日号の記事を紹介する。
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ウクライナ戦争については、CIA(米中央情報局)のバーンズ長官が言っているように、今後数カ月がカギになる。この期間に何らかの動きがあるのではないかと見ています。もしこの時期、ウクライナの反転攻勢が成功しなければ長びく可能性が出てくるでしょう。それはウクライナにとってきわめて悪い状況です。日本を含め欧米からの支援が消えていくからです。
西側とは異なるアプローチを見せている中国はロシアと近づいています。しかし、この戦争でロシア側がまずい状況に追い込まれていることに中国は落胆しているでしょう。昨年、北京五輪でプーチンと習近平が会ったとき、プーチンは、ウクライナに侵攻するがすぐに終えると言いました。ウクライナ政府をすぐに打倒できると言ったのです。中国はロシアに負けてほしくはないでしょう。敗者と運命を共にしたいとは思っていませんから。しかし実際、今のプーチンは敗者に見えます。自国の能力を過大評価し、敵と欧米の対応を過小評価した。
中国は、軍事面での本格的な援助はしないでしょう。アメリカを怒らせることになるからです。とはいえ、原油やLNG(液化天然ガス)をロシアから輸入し、半導体チップや酸化アルミニウムなどを輸出することでロシアを支援しています。プーチンは習近平のvassal(仕える立場)になるでしょう。今の中国はロシアよりはるかに強力な立場にあります。プーチンは自国の軍隊のほとんどを失い、ヨーロッパで保有していた最大のエネルギー市場を失いました。プーチンは、完全に中国に依存するしかありません。対等の関係からは程遠いと言えます。
30年前、私は著書『歴史の終わり』で政治制度の最終形態は自由主義と民主主義であり、それが広がれば安定した政治体制が作られ歴史は終わるという世界観を示しました。それに対して批判されることがあります。軍事侵攻を続けるプーチンは「リベラリズムは時代遅れ」と宣言しています。この本は、非常に長い期間における歴史のダイナミズムをテーマにしています。その間にさまざまな出来事が起こり、前進や後退を繰り返します。
例えば、アメリカは第1次世界大戦でドイツを打ち負かす役割を果たしましたが、1920~30年代にはファシズムとスターリニズムの台頭が起こった。45年に再びアメリカがドイツ、イタリア、日本を破りました。戦争に勝利しても永遠にそれが続くわけではなく、挫折を経験しています。であるならば、アメリカが将来大きな挫折を経験する可能性は十分ある。
ですから、短い期間をとってそこからトレンドを予測することに意味はないと思います。長い歴史的スパンを視野に起きうることを考えなければなりません。これからの50年、民主主義にとっての悪いシナリオを想像することはできますが、過去5年間を振り返ることで簡単に結論を出すことはできません。
(構成/国際ジャーナリスト・大野和基)
※AERA 2023年5月29日号より抜粋