虎のソナタ 乞ゆる秋 先輩虎番 肥ゆる秋 中村勝広さんの一句いつも思い出す時期

虎のソナタ 乞ゆる秋 先輩虎番 肥ゆる秋 中村勝広さんの一句いつも思い出す時期

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  • 更新日:2022/09/23
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笑顔で練習に臨むマルテ㊧と糸原。CS目指して〝濃ゆる秋〟にしてほしい

天高く 若虎肥ゆる 秋(安芸?)

読者の皆さん、誰の作品か覚えていますか?

2012年11月1日の秋季キャンプ初日。紅白戦をチェックした中村勝広GMが「ここで一句」と宣言。松尾芭蕉も正岡子規もポカーンとするほどのギャグを交えながら若虎たちの成長に目を細めたのだった。朝夕、ひんやりとした空気が流れ、イチョウやキンモクセイの香りが漂い始めると、いつも思い出す。7年前の9月23日、中村さんは66歳の若さで帰らぬ人となった。クライマックスシリーズ(CS)進出が風前のともしびとは思いたくない。中村さん、どうか温かく見守ってください。

阪神は甲子園で野手を含めた指名練習。大山、糸原らは志願して汗を流した。取材したのは虎番サブキャップの新里公章、ビヤ樽編集委員の三木建次、織原祥平。取材の終わり際を見計らって三木に電話をしてみた。

「ん、何? 今? 王将で昼ごはん食べてるんや…ムシャムシャ」

【皿がぶつかる音】

「外国人たちが…いっひょうけんめいや」

【ズズズッと何かを吸う音】

もはや取材拒否状態。どうやら虎番トリオでコロワ甲子園の1階にある大阪王将に行き、胃袋を満たしていたらしい。ビヤ樽は唐揚げ定食。新里はラーメンの半チャーハンセット。織原は回鍋肉を注文。織原は「三木さんが唐揚げに餃子のタレまでつけて食べていて、ちょっとビックリしました」と苦笑い。前日は深夜1時に甲子園を出て、4時ぐらいにようやく就寝できたという新里が糸井の引退試合のこぼれ話を披露するなど和気あいあいとした雰囲気だった。超ゆる秋(あ、一人は恋ゆる秋か…ゴメン!)を感じながら、英気を養っていたのだった。

乞ゆる秋は鳴尾浜にいた入社2年目、平野佑治。ウエスタン・オリックス戦を取材した後、おへそと背中がくっつきそうになっていた。

「おなかが減りました」

先輩たちが中華料理を満喫していたとは言えない。「お昼はどうしたの?」と聞けば「菓子パン1個だけです」とポツリ。平野はこの日からシャツを長袖に変更していた。朝、夕はちょうどよかったが、昼間は少し日差しがあって、汗が出てきたという。

「僕、高校時代に陸上(3000メートル障害、800メートル)をしていた癖で、すごく汗かきなんです」

「陸上=汗かき」かどうかは証明されることはないだろう。でも、大車輪のように働く平野の体内でじわりじわりとカロリーが消費されて、夕方は健康診断で採血をしてもらう直前の感覚になっていたのだろうと推測できる。昔は鳴尾浜球場前にお弁当屋さんがあって(俗称・キャサリン弁当。キャサリン、元気かなぁ)、関係者から重宝された。今はコンビニで買って持ち込むしかない。しかも鳴尾浜は風が強く選手の独身寮「虎風荘」の換気口からいいニオイが漂ってくるんだ。あぁ、平野よ。アツアツの大阪王将はうまいぞ。

肥ゆる、超ゆる、恋ゆる、乞ゆる男たちは必死でパソコンをたたいて記事を書いた。中村GM、和田監督時代の14年、チームは2位から日本シリーズに進出。機動力を生かし、若手を育成し、常勝軍団を目指した。胸突き八丁の戦いの中、中村さんの遺志を継ぎたい。

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