《五輪直前ルポ》無観客サーフィン この夏、いちばん静かな海だとしても

《五輪直前ルポ》無観客サーフィン この夏、いちばん静かな海だとしても

  • 週刊女性PRIME
  • 更新日:2021/07/27

五輪会場は東京から約100キロ、房総半島の太平洋側に位置する千葉県一宮町の釣ヶ崎海岸サーフィンビーチ。会場に向かう沿道には「TOKYO 2020」などと記したカラフルな幟(のぼり)がはためき、通りがかりの女性はその様子をスマホで撮影していた。

【写真】隣の海岸からみたサーフィン会場、児童が描いたイラストとメッセージなど(全8枚)

「雰囲気だけでも、と思って」

と笑った。

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サーフィン会場の「釣ヶ崎海岸サーフィンビーチ」正面口付近には複数の警備員が

新型コロナウイルス感染者増による東京都の緊急事態宣言を受け、1都3県(千葉、神奈川、埼玉)は無観客開催を決定。2016年の開催地決定から準備してきた同町の住民であっても、生観戦できなくなった。浜から離れた会場出入り口に警備員が立ち、それ以上は近づけない。

規制外の隣の海岸から会場をながめても、会場内の施設にさえぎられて様子はうかがえない。そもそも遠すぎて人の姿が確認できても米粒以下の小ささだから“観戦の抜け穴”は皆無といっていい。

それでも諦めきれず、

「どこかのスポットから少しでも競技を見られないものか」

と町役場に尋ねた住民もいる。

気持ちはわかるがそんな場所は見当たらず、無観客の意図も踏まえるとテレビ中継を観戦するしかないだろう。

コロナさえなければにぎやかな競技になるはずだった。

会場の収容人数は1日6000人。サーフィンは自然の海を相手とするため、いい波が立たないと競技が成立しない。そのため予備日が設けられており、競技ができなくても来場者が楽しめるように「サーフィンフェスティバル」を連日実施予定だった。飲食スペースを設け、音楽ライブを満喫してもらったり、サーフィン体験などで競技の魅力を伝えるはずが、無観客で中止になった。

同町の女性美容師は言う。

「地元の同業女性で、海外の選手や世界中から集まる観戦客を浴衣姿で出迎えるはずでした。フェスのために音楽の練習をしてきた人たちもいます。でも命は大事ですし、無観客でやるとなった以上は、安全に気をつけて無事競技を終えてもらいたいです」

東京駅から「特急わかしお」に乗って約1時間、会場にアクセスしやすいJR上総一ノ宮駅には改札口がひとつしかなかったが、海側に改札口が新設されて2つになった。増設前、下車した人が海に向かうには歩きでも車でも幅の狭い踏切を渡らなければならず、危険や混乱が目にみえていた。

結果的に大勢の五輪観戦客らで駅がごった返すことはなくなった。

3年間、児童が一生懸命に育てたひまわり

町内の小・中学生約1200人は「学校連携観戦」予定だったが中止に。

町議会議員で、同駅前で飲食スペースを併設する鮮魚店を営む吉野繁徳さん(73)は残念そうにこう話す。

「地元の大原洋人(ひろと)選手が五輪出場を決め、本当は会場で旗を振って応援したいところ。子どもたちだけでも見せてあげたかった。町議は関係者として観戦する予定だったが、子どもたちが見られないのに、自分たちだけ見るわけにはいかないと辞退しました」

五輪閉幕後、せめて子どもたちに解体前の会場だけでも見せてあげられないかとも考えたが、それも難しそうだという。

五輪は釣ヶ崎海岸を含む九十九里や外房を世界にPRする絶好の機会になる。観光客誘致のため五輪会場決定前から周辺の16市町村で取り組んできた「ビーチクリーン・キャンペーン」を継続し、五輪向けに会場や周辺、駅前までを彩るひまわりを16市町村の幼稚園、保育所、小・中学校、高校、特別支援学校などで育ててきた。コロナによって栽培期間は1年延び、観戦客が来ないため飾る場所は減った。せっかく育てたひまわりをどうするのか。

同町オリンピック推進課の大多和豪さんは言う。

「各学校によりすぐりのひまわりを選んでいただき、プランターに植えて選手や関係者が通るルートに置きます。プランターには各学校の子どもたちからひとことメッセージを添えてもらっています」

ひまわりはどのように育てられてきたのか。

会場に近い一宮町立東浪見小学校を訪ねると、よりすぐりのひまわりは町側に預けたあとで、開花前の若い株だけが残っていた。

「きれいに花の咲いたひまわりを選んで町に引き渡しました。会場周辺のいずれかに飾られると思いますが、3年間、児童が受け継いで一生懸命に育てたひまわりを世界中の選手のみなさんに見ていただき、応援の気持ちが伝わればうれしいです」(同小校長)

同小の外周には児童の描いたサーフィンのイラストつきの応援ボードなどが複数掲示されていた。

「Welcome to Ichinomiya(ようこそ一宮へ)」とたどたどしい字体でつづるメッセージも、選手や関係者、海外からの観戦客が目にする機会はなくなった。

町民だけではない。上総一ノ宮駅周辺などで観光・道案内をする予定だったボランティア70人はキャンセルされた。

「自ら手をあげてくれた人たちなので、ユニホームをわたすときは『もっと観光情報がほしい』とおっしゃるなど、おもてなしに積極的でした。本番を楽しみにされているようだったので残念です」(前出の大多和さん)

同じ海で波に乗れるだけでも興奮します

会場近くのサーフィンスポットへ。

地元サーファーの野田正二郎さん(50)は、

「もともと観戦チケットを持っていなかったし、テレビ観戦します。日本選手のみならず海外からトップサーファーが来るのは楽しみ。技を盗む? いやいや盗めるレベルじゃありません」

と笑う。

地元ボディーボーダーの坂田めぐみさん(30)は「チケットが当たっていたので観戦できず残念。見たかったです」と悔しそうだった。

会場の釣ヶ崎海岸は、サーファーのあいだでは「志田下(しだした)」と呼ばれるスポットで、別名を“サーフィン道場”という。地元サーファーらによると、プロを目指す人しか海に入れないような選ばれし場所らしい。

近くのスポットに通うサーファーの高橋浩二さん(50)は「海でコロナ感染のクラスターが起きるとは考えにくいし、準備をしてきた関係者がかわいそう」と話す。

チケットが当選していたサーフィン仲間(49)は言う。

「ふだんからこのあたりは国内トップクラスの選手がいるけど、世界のトップ選手がくるわけだし、海はつながっているんだから同じ海で波に乗れることだけでも興奮します」

一方、無観客はやむを得ないと考える人もいる。

農業男性(62)は、

「飲食店の閉店も早いし、みなさんよく守っている。逆にこの状況でよく開催すると思うほどなので無事に終わってくれればそれでいい」

選手の気持ちを心配する人も。飲食業の依田麗奈さん(26)が言う。

「彼氏がサーファーで洋人くん(大原選手)の友だちなんです。試合で技が決まったときに拍手や指笛が鳴ったり、歓声が聞こえると選手はモチベーションがあがるみたいです。規制が厳しくなって近づけなくなるから静かな海になるかもしれませんが、テレビ中継を楽しみにします。思うように外出できない世の中で、出場選手がワッと思わせてくれる技でスカッとさせてくれるはずです」

海外の有名ポイントに比べて波が小さいのではないか、と指摘する声もある。会場近くの海水浴場で管理人をする80代男性は言う。

「雪崩のように大きな波が立つこともあり、九州から来たサーファーが“九十九里ってこんなにすごい波なんですか”と驚いていた。にぎやかなのもいいかもしれないが、無観客で静かに波に乗れるのは集中できていいかもしれない」

すぐ近くの家々で多くの町民が願っている

前出の吉野さんは、海外の選手・関係者や観戦客をもてなすため自動翻訳機を購入したが無駄になってしまった。「そんなのはたいしたことじゃない」と吉野さんが続ける。

「五輪会場に決まって県外から移住する人も増えたし、サーフィンをしにくる若い人も増えた。これからは五輪選手と同じ波に乗れるようになる。コロナというまさかの敵にぶつかって無観客開催になりますが、大原選手もほかのどの選手も応援します。会場には行けませんが、すぐ近くの家々で、選手が力を出し切れるように多くの町民が願っています。それはぜひ選手に知ってもらいたい」

感染防止のため静かな海になるのは間違いない。この夏、最高に盛り上がるはずだった海が、逆にいちばん静かだったとしても、応援していないわけではない。世界トップクラスのサーファーにどこまで気持ちが伝わるだろうか。

【東京オリンピック・サーフィン競技】

競技は7月25日から8月1日までの8日間で行われる。対戦方式で、制限時間内に高度なテクニックを競う採点競技。

日本代表「波乗りジャパン」は、プレッシャーをはねのけて出場権を勝ち取り、入籍したばかりの地元出身・大原洋人選手(24)のほか、プロ最高峰のチャンピオンシップツアー(CT)男子で世界ランク6位につける五十嵐カノア選手(23)、女子はハワイ育ちの前田マヒナ選手(23)、CT女子に日本人として初めて参戦した都築有夢路(あむろ)選手(20)の計4人。

海外の注目選手は、CT男子の昨年王者ガブリエウ・メジーナ選手(27=ブラジル)、ケガから復帰した世界王座2度のジョン・ジョン・フローレンス選手(28=米国)、世界女王4度のカリッサ・ムーア選手(28=米国)、豪快な技をみせるサリー・フィッツギボンズ選手(30=オーストラリア)ら。

◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)

〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する

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