そんなことで...「好きになってしまった」意外な理由とは?

そんなことで...「好きになってしまった」意外な理由とは?

  • 幻冬舎ゴールドライフオンライン
  • 更新日:2022/11/25
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明るい亜麻色の髪と白い肌、口元から零れる牙のようにとがった歯、その姿が十年近く経った今でも脳裏に焼き付いている。

「ゆかちゃーん?」

さよちゃんの声が耳に届くと共に、頬に冷たい物が触れた。

「うわっ」

思わず身を反らす。振り返るとさよちゃんが意地の悪い顔で、両手に缶飲料を持ちながら立っていた。

「な、なに、もう……びっくりするじゃん」

濡れた頬を素手で拭いながら抗議するが、さよちゃんは意に介したふうもなく更に笑みを深める。吊り上がった唇から白い八重歯がきらりと顔を覗かせた。それは、作り笑顔でない──彼女が感情のままに笑う時に見せる合図だった。

「寝不足で隙だらけのゆかちゃんが悪い。ほら、これ飲んで頭しゃっきりさせて」

両手のうち片方に持っていた缶飲料を差し出してくる。私がよく飲むミルクティーだった。

「……そういう時ってコーヒーとかじゃないの?」

言いながら缶飲料を受け取り、手首で振る。よく冷えていることはさっき頬に触った時点でわかっていた。

「ゆかちゃんそれ好きじゃなかったっけ?……あれ? それともコーヒー苦手だったんだっけ?……確か両方だったよね」

「いやどっちともあってるけどさ。そういうことじゃなくて……ほら、頭をすっきりさせるにはカフェインが入ってるコーヒーのほうがいいんじゃない?」

「紅茶にもカフェイン入ってるよー。コーヒーよりは少ないけど」

「そう、だけど」

「じゃあ問題ないね!」

私が反論する間も与えず、さよちゃんは一人だけプルタブを開け飲み始めてしまう。反論する気力が消え失せた私は、そもそも反論したかったのかも定かではないことに気づき、なんだかわからないうちに敗北感を味わったな、と諦めに近い何かを感じながらミルクティーをいただくことにした。が、プルタブに指を掛けたところで動きを止める。

「あっ……お金」

「うん? いいよいいよ、寝坊したのに待っててくれたお詫び」

さよちゃんはそう言って微笑んではいるが歯を見せず唇を閉じている。はっきりとした拒絶の意思を感じる、有無を言わせぬ笑顔だった。

「じゃあ……いただきます」

私は今度こそ諦め、缶を開けてミルクティーを飲み始める。自販機の冷蔵機能が強過ぎたのか、ミルクが少し固まっていて、舌にざらりとした感触があった。飲みながら横目で隣を窺う。

さよちゃんは炭酸飲料を勢いよく流し込んでいた。音をたてながら力強く隆起する喉は汗でうっすらと濡れていて、そこに更に、口から溢れた液体が尾を引いて流れていく。そんなに一気に飲み込んで喉は痛くないのかなと不思議に思う。もしかしたら彼女は痛みを感じないんじゃないか? とも。

しかしその考えは的外れだったようで、缶を口から離し、大きく息を吐いた彼女の目元には涙が溜まっていた。

「ゆかちゃん、どうかした?」

視線に気づいたさよちゃんが涙目で問い掛けてくる。

さよちゃんは私のことを「ゆかちゃん」と呼ぶ。いつだったか、まだ出会って間もない頃、自分の名前が嫌いだと言う私にさよちゃんが考えてくれた呼び名だ。今の歳になって考えても豊(ゆたか)なんて、男っぽい名前、女の子には……特にものごころつく頃の子供には嫌がられるだろう。私もそうだった。そのことを知ったさよちゃんは、さよちゃんだけは、私のことを「ゆたか」から「た」を抜いて「ゆかちゃん」と呼んでくれていた。女の子らしい名前を当時の私はとても気に入り、そんな呼び方を考えてくれたさよちゃんのことを、私は好きになった。さよちゃんに名前を呼ばれることが嬉しかった。

理由は他にもたくさんあるけれど、きっかけはたぶんそれだ。「なんでもない」私はさよちゃんのことが好きだった。いいや、今でも想っている。

空気を勢いよく貫いたクラクションの音が全身に突き刺さる。ベンチの上でびくりと身を震わせ、視線を惑わせると、駅の前に一台の車が停まっていた。その車から母が顔を出し、手を振っている。事前に頼んでいた迎えだ。

「おかえり、ゆたか」

軽自動車の後部座席に荷物を放り込み、助手席に座ると、母はまずそう声を掛けてきた。

「……うん、ただいま」

「ぼーっとしてたけど熱中症?大丈夫?疲れてない?」

「ちょっと仕事のこと考えてただけ……大丈夫だから、行って」

自分でも素っ気なさ過ぎたと自覚がある言葉に、母はあきれた顔で溜息を一つ、緩やかに車を発進させながら

「行って、なんて命令しちゃって」

と、ぶつくさ呟いている。広くない、荒れたコンクリートの道を、自動車は難なく進む。自転車ではこうはいかない。ひび割れや段差や落ちた枝葉にタイヤを取られて、がたがたと揺れてしまうだろう。急いで走ろうとすれば、なおさら。

「仕事のことって……なに。残業ばかりしてるの?」

「そういうことじゃなくて、いや……まあ、いいや、あとで話すよ。お昼ご飯ある?」

「昨日のカレーがあるよ。ああそうだ、夕飯まだ決めてないんだけど希望ある?ていうか、むこうでちゃんと食べてるの?あんた頭は良いけどいい加減なところあるからね、自炊くらいはやらなきゃだめよ?」

一つの言葉が倍以上になって返って来る。毎回のことだから覚悟はしていたが、帰省してすぐに質問攻めされるのは良い気分じゃない。定期的に電話もしているのに、過保護すぎると思う。女親だから? お母さんが特別そうなのだろうか? それとも、さよちゃんのことがあったから?

【前回の記事を読む】【小説】私と彼女の関係を言葉にするのなら…何が適切だろう?

夏緒 冬弦

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