NHKの新会長に元日銀理事の稲葉延雄氏がきょう就任する。
前田晃伸前会長が進めた組織改革の継承と併せ、インターネット時代の「公共メディア」や受信料制度の在り方といった難題への対応力が試される。報道機関のトップとして政権との距離も問われる。
稲葉氏は日銀から民間企業に転じ、経営感覚を培ったと評価されたようだ。ただ、これまで放送との接点はなく、ジャーナリズムに理解があるのか、未知数と言えよう。若年層のテレビ離れが著しい現状をどう乗り切るのだろう。
気がかりは人選を巡る不透明さだ。最高意思決定機関の経営委員会が選んだ形とはいえ、誰が候補に挙がり、なぜ稲葉氏が選出されたのか、選考過程は「密室」と言わざるを得ない。水面下で岸田文雄首相の強い意向が働いたとされ、疑念を招いている。
視聴者の受信料に支えられるNHKにとって、「政治との距離」は常に問われる課題である。
稲葉氏は「独立性が求められる中央銀行での経験は、公共放送であるNHKの仕事に役立つ」と語り、「不偏不党。公正公平な行動を確保する」と明言する。深く肝に銘じてもらいたい。
退任した前田氏は「スリムで強靱(きょうじん)なNHK」を掲げ、業務と受信料、ガバナンス(組織統治)の三位一体改革に取り組んだ。受信料1割値下げなどの改革路線を評価する声がある半面、人事制度の変更など強引との批判を浴びた改革を、いかに引き継ぐのか。稲葉氏の手腕の見せどころとなる。
とりわけ注視すべきは、ネット事業と受信料徴収の在り方だ。
NHKはテレビ番組を放送と同時にネットに流す常時同時配信といった事業の拡充を急ぐが、放送法上は補助的な業務に過ぎない。テレビ離れが進む中、放送と同様に「本来業務」とすべきかについて総務省での検討が続く。
NHKが無制限にネット事業を広げれば、民業圧迫につながる。衛星放送などのチャンネル数を減らす一方、放送業務で得た受信料収入を資金に、ネット事業を肥大化させるやり方は疑問だ。稲葉氏は誰もが納得できるネット事業の進め方を探らねばなるまい。
そもそも受信料に対する国民の不満は根強い。まして4月から不払いに受信料の2倍の割増金を請求できる制度まで導入する強権的な手法に風当たりは増すだろう。
公共放送を取り巻く環境の変化に合わせ、受信料制度も根本から見直すべき時期を迎えている。