全国を回る「幻影醸造所」でレベルアップ! 日本酒を造る冒険者

全国を回る「幻影醸造所」でレベルアップ! 日本酒を造る冒険者

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2023/09/20

国内向けの日本酒製造免許の新規参入が認められていないなか、「クラフトサケ」という酒の新ジャンルは、自分の日本酒を造りたいと願う多くの人たちにとって、吉報となった。「その他の醸造酒」の免許を取得すれば、米と米麹の他にホップやハーブなどの副原料を一緒に発酵させた「クラフトサケ」や、ドブロクを醸すことができるようになったのだ。

そうは言っても、酒蔵を立ち上げるには数千万円の資金が必要だ。そこで、「お金はないけど、どうしても日本酒やクラフトサケを造りたい!」という熱い想いを持つ者の希望の星となりそうなのが、「ファントムブリュワリー」だ。ファントムとは幻影や亡霊、幻の意味。自前の設備を持たずに他の醸造所に委託するブリュワリー(醸造所)を指す。

他の醸造所にレシピを渡して完全委託するスタイルと、醸造所を間借りして酒造りをさせてもらうスタイルがあり、クラフトビールの世界では海外を中心にポピュラーとなっている。日本でもクラフトビールのファントムブリュワリーは少しずつ増えてきた。

一方で、日本酒やクラフトサケのファントムブリュワリーはまだ珍しい。

2022年からファントムブリュワリー「ぷくぷく醸造」を立ち上げて、日本酒やクラフトサケを造っている立川哲之(たちかわ・てつゆき)は、その先駆者の一人だ。

旅をしながらレベルアップ

22年8月に最初の酒をリリースしてからの1年間で、日本酒2種、クラフトサケ10種を造ってきた。立川が考えるファントムブリュワリーの魅力は、「いろいろな蔵で日本酒やクラフトサケが造れるからこそ、経験値が比較できないぐらい上がっていく」こと。経験値が上がれば、付随して技術も上がっていく。まるで旅をしながらレベルアップしていく冒険者のようだ。清酒製造免許がなくても、日本酒を造ることだってできる。

「同じ設備で同じ酒を作る場合は、 ある程度の経験を積んでいくと品質もどんどん良くしていけると思いますけど、毎回違う設備で、毎回クオリティを高くしていくというのは、かなりハードル高い。なので、自分にとってはすごく経験値が上がるし、どんなにイレギュラーが起きても美味しいお酒を作っていけることに繋がっていくと思う。半分修行のつもりでファントムをやっています」(立川)

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2023年から技術顧問を務める東京・浅草「木花之醸造所」前に立つ立川哲之。京都芸術大学非常勤講師(クラフトサケ学)でもある。
東京都出身の立川がファントムブリュワリーを立ち上げるまでの経緯は大学時代に遡る。

2011年3月11日、都内の高校生だった時、東日本大震災と福島第一原発事故が発生した。翌年、茨城県の筑波大学に進学後は学内の被災地支援ボランティア団体に所属し、東北地方に通い始めた。ボランティア活動の中で東北の日本酒や食に出会い、「日本酒や酒蔵は地域の人たちにとって誇りやアイデンティティにもなっているすごく貴重な存在」と感じ、日本酒に魅力を感じるようになった。

2年に進学してからは学内で独自に組織を作り、20軒前後の東北の酒蔵や農産物・加工品の生産者・製造者を招き、大学の最寄り駅前で2日間にわたってイベント「食と酒 東北祭り」を開催した。1年目は4000人、2年目には1万人が来場する規模にまで大きくなっていった。

大学卒業後は日本酒とは縁のない企業に就職したが、学生時代に情熱を注いだ「食と酒 東北祭り」の活動が忘れられず、就職から1年半後、会社に「酒屋をやります」と告げて退職した。

「全国的には無名でもおいしいお酒っていっぱいあるんです。たとえば、東北に通っていた中で出会った宮城県の佐々木酒造店さんはすごくおいしいお酒を造っているのですが、9割以上が宮城県内で消費されている。そういうお酒を取り扱いつつ、酒蔵の減少にどうにかブレーキをかけられることをやりたいなと思って、まずは酒販店をやりたいと思いました」(立川)

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「haccoba」で麹をつくる立川(ぷくぷく醸造提供)

退職後、つくば市にある知り合いの酒販店で3カ月の研修を受けた後、「酒造りをある程度は知っているほうが酒蔵の人と会話もできるしお客さんに造りの説明がしやすい」と考えた立川は、宮城県名取市閖上「佐々木酒造店」へ向かった。

「酒を造る全行程を見たいから2カ月だけ研修させてくださいとお願いしました。2カ月なんて、なめきった話ですけど、大学時代からお付き合いさせてもらっていたので、二つ返事でオッケーでした」と立川。ここから立川の目標が日本酒の売り手から造り手へと移っていく。

「人生をかけて自分の酒を造りたい」

2018年1月から始まった研修は3月終了予定だったが、「楽しくなった」という立川はそのまま居座り、結局5月中旬頃まで佐々木酒造店の蔵にその姿があった。

それでも、まだこの時の立川の目標は酒販店。6月からは全国の酒蔵を巡る旅を始めた。「全部の酒蔵を回って、全部の日本酒を飲みたい。通販で集めることもできますけど、それじゃ面白くない。見学可能な蔵は見せてもらって、蔵のある街の雰囲気を知って、現地で飲みたい」という言葉に「地酒は地域のアイディンティティ」という立川の日本酒観が垣間見える。

夏は酒蔵巡りをしてさまざまな蔵元や杜氏に会ったりさまざまな日本酒を飲んだりして、冬は佐々木酒造店で住み込みの蔵人。そんな生活を続け、3年目の造りのときには、「人生かけて自分の酒を造りたい」と思うようになっていた。この年の最後のタンクは、タンク責任者として米や酵母の選定、レシピなどを一任してもらえるまでになっていた。

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「木花之醸造所」でクラフトサケを仕込む立川(ぷくぷく醸造提供)

その後、新型コロナウイルスが蔓延。緊急事態宣言が一時的に解除された2020年6月、福島県南相馬市小高区へ向かった。

震災後、福島県・浜通り(県東部の沿岸地域)はいわき市の2軒のみとなり、4軒の酒蔵があった双葉郡では0軒になっていた。「地酒は地域の誇りやアイディンティティ」と考える立川は、浜通りの酒蔵復活にも取り組みたいと考えていた。

そんな時、自分と年齢の近い若者が小高区で新しく酒蔵を立ち上げる動きがあることを知り、会いに行ったのだ。それが「アバンギャルドで型破り、ドブロク文化を引き継ぐ『クラフトサケ』」でも紹介したクラフトサケ ブリュワリー「haccoba」の佐藤太亮・みずき夫妻だった。醸造責任者として佐藤夫妻に誘われた立川は2カ月後には小高区に移住。それから2022年7月までの2年間、haccobaでクラフトサケを造った。

佐々木酒造店で酒造りを経験した後の、一般的な酒蔵の10分の1以下の規模のタンクで仕込むhaccobaでのスモールなクラフトサケ造りでは、「酒母日数をものすごく短くしたり、一段仕込みにしたり、酒造りの規模感が違うゆえのいろいろな工夫がめちゃめちゃありました」と立川は言う。

さまざまな規模や施設を間借りして、その環境の中で酒を造るファントムブリュワリーの素地は、2軒で酒を造り続けた5年間で培われた。クラフトサケに特化した2年間では100種類以上あるホップの知識など副原料を使うクラフトサケならではの学びもあった。

難しいは、おもしろい

haccoba を退職後、ファントムブリュワリー「ぷくぷく醸造」を立ち上げた立川は1年のうちに、日本酒蔵3軒、クラフトサケブリュワリー1軒、クラフトビールブリュワリー2軒でさまざまな日本酒やクラフトサケを造ってきた。クラフトサケブリュワリーで造るクラフトサケや、あえて日本酒蔵で造ったクラフトサケ 、クラフトビールブリュワリーで造ったクラフトサケなど、チャレンジングで多彩だ。

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「ぷくぷく醸造」記念すべき1本目の日本酒。福島県南相馬市の有機栽培コシヒカリと福島県いわき市の特別栽培コシヒカリを使い、福島県・浪江町の「鈴木酒造店」で醸した。

これまで、ホップごとの味わいの違いを楽しめるクラフトサケのシリーズや、8種類のホップをブレンドしたクラフトサケ、副原料を入れずに酵母でフルーティーさを表現した日本酒など、さまざまな酒を造ってきたが、共通しているのは、「低精白」「低アルコール」「乳酸無添加」。

「低精白」と「乳酸無添加」にこだわる理由を立川に尋ねると、「難しいし、おもしろい」と意外にもあっさりとした答えが返ってきた。お米をたくさん磨き、乳酸を添加したほうがコントロールしやすいが、「コントロールできすぎちゃうと、つまらなくなってくる」という立川はあえて難しさを求めていく。

「高精白にしてお米を削れば削るほど、成分が似てきますので画一的になってしまう。逆に削らなければ削らないほど、お米の味を最大限に引き出すことができる一方で、ミネラル、タンパク、脂質が多いので、お米も麹や酵母もすべてがコントロール下に置きづらくなってくる。でも、そのほうが“農的なコントロールしづらさ”があり、お酒を造っていて楽しいんです」。大学入学当初は農業系の学部で生物学を中心に履修していたという立川らしい言葉だった。

「それに…」と立川は続ける。「コントロール下に置きすぎると、自分の限界が酒の限界になってしまいますが、コントロール下に置かなければ置かないほど、自分の限界というか自分のイメージを超えてくれる可能性もある。もちろん下がる可能性だってありますけどね」

乳酸を添加しない代わりに、多くの酒は白麹か乳酸菌を使って酸性の環境を作っているため、軽快な酸の味わいも特徴だ。

「理論的にアルコールが低いほうが、酵母の死滅量が減るのでオフフレーバー(編注:酒本来のおいしさを損なう香り)が出にくい」という理由で、ぷくぷく醸造の酒のアルコール度数は高くても14度。特にクラフトサケにはホップの柑橘感があったり酸の高い白ワインのような風味があったりして、普段日本酒を飲まない人にも親しみやすい味わいだ。

福島県南相馬市小高区にクラフトサケブリュワリーを立ち上げることになった。2024年夏をめどに稼働予定だが、クラフトサケブリュワリーでは造ることができない日本酒だけはこれからもファントムブリュワリーとして活動していくという。半クラフト半ファントムのブリュワリーとして、立川の冒険は続く。

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