“ニュースの賞味期限”は短くなっているのか?地上波・ネット・映画を駆使する『戦場記者』須賀川拓のジャーナリズム

“ニュースの賞味期限”は短くなっているのか?地上波・ネット・映画を駆使する『戦場記者』須賀川拓のジャーナリズム

  • MOVIE WALKER PRESS
  • 更新日:2023/01/25
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『戦場記者』の須賀川拓監督にインタビュー! 撮影/編集部

TBSテレビ特派員・須賀川拓が“戦場のいま”を伝える様子を映しだしたドキュメンタリー映画『戦場記者』(公開中)が、話題を呼んでいる。本作は、2022年3月に開催されたTBSドキュメンタリー映画祭で上映された『戦争の狂気 中東特派員が見たガザ紛争の現実』に更なる取材を重ねて映画化したものだ。ガザ地区を始め、ウクライナやアフガニスタン他へ飛び回り、その情熱的なレポートから2022年に「ボーン・上田記念国際記者賞」(国際報道で優れた業績を上げた時ジャーナリストに贈られる賞)を受賞した須賀川拓監督に、「戦場記者」として生きる想いや、ドキュメンタリーを映画にする意味を語ってもらった。

【写真を見る】“日本一クレイジーな戦場記者”としての「クレイジージャーニー」の放送も話題となった須賀川拓

「映画を意識することで一番変わったのは、インタビューの時に“必ず質問者である自分も撮らせていること”」

――須賀川さんご自身がYouTubeで配信していた番組を「ドキュメンタリー映画として上映しよう」というお話を聞いた時、どう思われましたか。

「実は、僕が行く取材現場は、すべてシネマカメラで撮影しているんです。ドキュメンタリー映画は、今作の基となった『戦争の狂気 中東特派員が見たガザ紛争の現実』の前にもう1作、レバノンのドラッグ王を追いかけた『大麻と金と宗教 ~レバノンの“ドラッグ王”を追う』という作品を作っていて。そのころから“動きのある現場、激しい現場の取材はいつか映画に出来るのではないか?出来るだろう!”と思っていたんです。だからこの時から取材方法を切り替えて、カメラマンにも映画で使うことを意識した撮影と機材で映像を撮ってもらっています」

――ウクライナではドローンでも撮影されていますよね。

「大は小を兼ねる…ではありませんが、映画用に撮ったものを短くすれば地上波でも使えます。でも通常のテレビ機材で撮影したものを後から『映画にしよう』と思っても、色合いの違いや素材が足りないこともあって、映画に出来ないんです。だから、現場に行く時は映画化を視野に入れて、全部撮っています」

――映画を意識しながら撮影をしていたと聞いて驚きですが、では映画にするからこそ意識していた取材方法はありますか。

「手法として一番ガラッと変わったのは、インタビューの時に“必ず質問者である自分も撮らせていること”です。テレビのインタビューは、基本的に質問者が出ることはあまりなかったと思うんです。例えば受け答え、相手のYes、No、沈黙に対して「『~と聞いたが答えてくれなかった」と言語化されていました。それっておもしろくないですよね。それに“ホント?都合よく原稿を書いてない?”って思われるかもしれない、それがすごく嫌だったんです。だから質問を活かすためにも、カメラマンに質問者も撮らせるようにしました。いちいち原稿化する必要がないので、この手法は地上波でもすごく使えます。それに質問と沈黙がつながっただけで強いシーンにもなるので、それに気づいてからは必ずその手法を使っています。

ただ、カメラマンには『今回インタビューありますか?』と聞かれて『あるよ』と言うと、皆苦笑いしながら『わかりました』と言われます(笑)。“必ず質問者である自分も撮らせる”という手法で僕がインタビューするということは、結果的に全部で4カメぐらい必要になるので、カメラマンが大変なんです(笑)。でも、『地上波で使えなくても、YouTubeで使える。もしかしたら映画になるかもしれない』と考えながら仕事をすることで、インタビュー手法は以前より随分と変わりました」

――新聞記者の場合、インタビューする人間はもちろん、受け答えしている相手の表情が見えない分、文章で補う必要がある。でも映像では沈黙時の表情さえも観られる。それに上層部へのインタビューはTBSテレビ特派員である須賀川さんだからこそ出来る映像インタビューだと思います。インタビュー時に使うテクニックがあれば教えて下さい。

「インタビューをする時、僕は質問を用意して行きません。原稿を読みながら質問をしてししまうと流れも分断されるし、次の質問が気になって相手の話を聞いていない場合もあります。本当であれば相手の言葉にひずみがあってそこを突けるはずなのに、次の質問が用意されているとそっちに行ってしまう。そんな経験が若い頃、何回かあり“質問を用意しては駄目だ”と思ったんです。絶対に質問しないといけないものは忘れてはいけないのでメモに書きとめますが、基本時に質問は用意して行きません」

――だからこそ、アフガニスタンでのタリバン最高幹部・ムッタキ外相への直撃インタビューはすごいと思いました。ピリピリしたムードさえ感じたというか。

「僕もピリピリしていると感じていました(笑)、周りを取り囲まれていましたし。でもカメラマンに聞いたら、周りにいたタリバンの人たちは皆、スマホでインタビューしている模様を撮影していたそうですよ(笑)。もちろん、タリバンには『外国人(異教徒)を見たら殺せ!』という考えを持つ、極めて極端な人たちも居ます。でも政権幹部の人たちのなかに極端な考えを持つ人はそれほど多くない。そもそもヤバい人たちはインタビューに答えてくれないですから」

――ガザ紛争でのイスラエル軍の広報とハマスのトップ、無差別攻撃の責任者である双方にインタビューされています。私たちは“どちらが正解なのか?”と思いがちですが、双方の意見を聞くというのは貴重な体験でした。

「いまだから言えることですが、あの取材はぶっちゃけ、ちょっとずるい方法でインタビューをしています。ハマスのトップには『イスラエル軍から話は聞いています。インタビューに答えてくれないと、イスラエル軍の主張のみ流すことになります』と伝えているんです。もともと彼らは取材慣れしている部分もあると思いますが、ハマスのトップは“自分たちの想いを伝えて欲しい”と常日頃考えているので、直ぐにインタビューに応じてくれました。いっぽうイスラエル側は大変でした。『ハマス側はイスラエル側の戦争犯罪を追求しています。私はこの後、人権団体にも話を聞く準備があります。何日の何時までに回答を頂きたい。もし返答がなかった場合は「返答がなかった」と流します』とまるで脅しの様に伝えました。そうしたらインタビューに応じてくれたというわけです」

「無関心で出来た小さな歪みは、段々と広がっていっても気づけないんです」

――インタビューをしていると、どちらか一方向に感情が動いてしまう時があると思います。その一方向に向いてしまった感情のまま報道することは、記者として正解なのか?と思うことはありますか。

「記者も人間ですから、ブレていいんです。例えば『イスラエルが悪い』と思っていた人がハマスのロケット弾にさらされて、家族を失ってもなお『私はパレスチナを恨まない」と言っている人たちの言葉を聞いた時、心が揺れ動かないことはないと思います。逆もしかりです。記者のイメージって『万能でなんでも知っている。ブレない自我を持つ』みたいな感じだと思いますが、そんなことはなくて、弱い人間なんです。それを含めて、観ている人に判断して欲しいです。もちろん、ブレ過ぎはよくありませんが、ブレてこそ掴めるものもあると思っています」

――ドキュメンタリーを観て気づかされることがたくさんあります。アフガニスタンの現状を見て、ふと日本に住んでいる自分が怖くなりました。自分たちも今後どうなるか分からない、政治に無関心のままでいるとその可能性もあると。

「無関心が一番恐ろしいです。パレスチナの人たちは『忘れられるのが怖い、それが恐ろしい。僕たちのことを覚えていて欲しい』とよく言います。だからこそ、インタビューにも答えてくれる。ガザに関しても、もし何十年か前に世界がガザに注目した時の状態がいまも続いていれば、皆が無関心になっていなければ、政治リーダーの決断は変わっていたと思います。無関心で出来た小さな歪みは、段々と広がっていっても気づけないんです。

ウクライナの戦争も、彼らにとってはいま始まったことではないんです。2014年のクリミア危機から始まっています。そのあと、世界は無関心でロシアでFIFAワールドカップも開催されました。もしもあの時、世界がまだクリミア危機に関心を持っていて、ワールドカップをボイコットするなどの状況が起きていたら、いまのウクライナの戦争は起こらなかったかもしれません」

――言葉には出していませんが、子ども達の遊んでいる姿からも“戦争が犯した大きな罪”を感じることが出来ます。

「大人のエゴですよね。僕はどちらかと言えば、パレスチナ寄りです。明らかに力の不均衡があります。でも一方で、ホロコーストミュージアムに行ってユダヤ人が受けて来た組織的、国家的な迫害や殺戮を目の当たりにすると、彼らの“絶対に干渉されない自分たちの国を作りたい”という想いが理解出来ないはずはないんです。とてつもない歴史を背負っている。その歴史を背負っておきながら、いまは逆に力の強いほうになり、紛争の当事者になっている。本当に悲しいことです。単純に善悪では割り切れないほど、イスラエル側もパレスチナ側も深い傷を負っています。当事者同士では解決できないと思うので、世界中の人たち皆で考えないといけない問題だと思います。でもニュースの賞味期限はどんどん短くなっていますから。考えるきっかけが、どんどん失われていく。だからこそ、ニュースやYouTube、映画を作って考えるきっかけが少しでも増えるよう、種をまきたいという気持ちです」

――「ニュースの賞味期限が短くなっている」とおっしゃいましたが、いま見て欲しい報道とYouTubeと映画、いろいろなフォーマットで発信している須賀川監督は、“賞味期限”についてどう思われていますか。

「ニュースはいま起こっている出来事を放送します。例えばニュースとして『ウクライナでいま、爆発が起きました』と伝えることは、いままさに起こっている出来事です。このニュースを1か月後に流しても意味はありません。でもその現場に行って、その現場で暮らしている人たちの声を拾い始めると一気に話が深くなる。つまり賞味期限が一気に伸びる感覚になります。いままでは、伸びた賞味期限のものを出すところがありませんでした。例えば1週間取材したものをニュースで流すことは難しいですが、YouTubeなどで見せることが出来る。さらにもっと取材をして1年後に映画としてもっと深く見せること出来ます。仕法が変われば、賞味期限は伸びていくと考えています」

――報道の早さに慣れていると、映画公開までが遅く感じることはありませんか。今回の映画では1年前の映像もありましたが。

「それはあります、ジレンマです。現在進行形の話だと特にそう感じます。製作者としては毎回すごく心配することです。実はいま、シリアについての証言を撮り溜めています。ただ、もし私の取材中にアサド政権が倒れてしまったら、自分が取材したことは意味がなくなってしまう。でも、取材過程で知り合った、アサド政権によって苦しめられた人々の苦しみは、アサド政権がなくなったからといって消えるわけではありません。彼らの声は伝えないといけない。でも政権が倒れ、追及したかったアサド大統領がいなくなってしまう、という不安はいつも背中合わせです。少しでも早くお見せするほうが良いにこしたことはありません。でも、映画でないと見せられないもの、映画だからこそ見せることが出来ることもあります。だからこそ、地上波、ネット、映画と3つの車輪が今後、すごく大事になっていくのではないかと。どれか一つでも欠けたらいびつになってしまうと思います。地上波、ネット、映画、それぞれの利点を活かして発信していきたいと思います」

――“戦場記者”という仕事は、なんのためにしていますか?

「最終的にはどんな仕事も自己満足だと思うんです。僕は誰かに『ありがとう』と言われたいんです。実は記者という仕事をしていて、『ありがとう』と言われたことがほとんどありませんでした。日本で事件記者をやっていた時は、それこそ罵詈雑言で、結構辛かったですね。家族を失ってつらい人にマイクを向けているのに『ありがとう』と言われたのは、戦場記者になってからです。その言葉によって、自分がその人の想いを託された気がしました。すごく責任も感じますし、『ありがとう』をまた聞きたいという自己満足、自己実現が最終的に彼らの言葉を伝える力になればいいと思っています。一方で、ガザでインタビューに答えてくれた人に、その後『もうインタビューに答えない。あなたたちに話しても私たちの生活は変わらない』と言われた時は、やりきれない気持ちになりました。“このまま、この仕事をやっていていいのか?”と悩んでしまう時も正直あります。でも、声を伝えるためには、続けていくしかないんです」

取材・文/伊藤さとり

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