宮沢和史「沖縄には借りがある」 名曲「島唄」に隠された天国と地獄

宮沢和史「沖縄には借りがある」 名曲「島唄」に隠された天国と地獄

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  • 更新日:2022/06/24

1992年、山梨県出身の若者が三線の音で紡いだ「島唄」は沖縄で人気に火が付き、海を越えて全国に広がった。「THE BOOM」のボーカルだった宮沢和史さん(56)は、サトウキビ畑での男女の出会いと別れの裏に、沖縄戦の不条理な死と平和への願いを込めた。

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30年間歌い続ける「島唄」に込めた思いを語る宮沢和史さん=19日、沖縄タイムス社(古謝克公撮影)

86年のバンド結成後、音楽家として“借り物”の西洋音楽ではない音を探し、出合ったのが沖縄民謡だった。琉球音階の曲を作るため初めて沖縄を訪れたのは91年。想像通り音楽が生活の近くにあった。それ以上に感じたのは戦争の爪痕の多さだった。

沖縄を知るため、何度も足を運んだ。バスを乗り継いで訪れたひめゆり平和祈念資料館で人生の扉が開いた。「学徒動員された女性の話を聞き、生徒の手記を読んだ。沖縄戦を知らなかった自分が恥ずかしく、格好悪く感じた」

心が沸騰し、何ができるかを考えた。「僕は歌を書くことしかできない」。鎮魂の歌を作る決意をアンケートに書き込んだ。

多くの人の耳に届きやすいよう歌詞に戦争をストレートに盛り込まず、男女の出会いと別れを描いた。

「ウージの森であなたと出会い ウージの下で千代にさよなら」

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島唄(オリジナル・バージョン)

資料館近くのガマを訪れた記憶が基になった。暗いガマの上では風に揺れるサトウキビが美しい音を奏でていた。「数メートルを隔てたコントラストは天国と地獄のようだった」。描いた別れは、戦争に巻き込まれ、追い込まれた不条理な「自決」による死だった。

このパートだけは琉球音階や三線を使っていない。「押し付けられた戦争で沖縄の人が選ばざるを得なかった死。沖縄の音階は使えない」。ほとんどの人が気付かない音楽的手法に、メッセージを込めた。

ミリオンヒットや紅白出場の一方で「歌詞の内容が薄い」と批判もあった。落ち込みながら「作品の紹介は創作家の敗北宣言」と一切反論をしなかった。

真の意味を語り始めたのはリリース後10年余りしてから。本土の学校で沖縄について講演を頼まれた。「島唄をリアルタイムで知らない子どもたち。意味を語ると、沖縄の歴史が伝わった」。歌詞の意味を読み解く人も増え島唄は多くの共感と共に愛されている。

歌い続けて30年。戦後77年目の今年は、もう一つの思いも語り始めた。

「沖縄には借りがある」

故郷の山梨に広がる富士山の麓にはかつて米軍が駐留していた。住民の反対運動を経て移駐したのは、日本の施政権から切り離されていた沖縄だった。

■「世界が戦前に戻っている」

宮沢和史さん(56)は「島唄」とともに30年間、沖縄を見守ってきた。20万人以上が命を失った沖縄戦から77年、戦後の米軍統治から日本に復帰して50年。今なお米軍基地が残る沖縄には全国が「借り」があると考えている。

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沖縄復帰50周年記念式典レセプションのフィナーレで歌う宮沢和史さん(中央)=5月15日、宜野湾市・沖縄コンベンションセンター(下地広也撮影)

古里山梨県の富士山の麓にあった旧日本軍演習場は戦後、米軍キャンプ・マックネアとして接収された。生活の場を奪われ事件事故に苦しむ住民は抗議の声を上げた。「富士を撃つな」。その後米軍は沖縄に移駐した。

「山梨の人が沖縄に謝ったり、悪いと思ったりするべきという意味ではない」。戦争があった沖縄の歴史や基地問題を知り、何ができるかを考えてほしいというメッセージを込める。

自衛隊に引き継がれた北富士演習場では、在沖海兵隊が沖縄で実施していた県道104号越え実弾射撃訓練の一部が移転した。「借り」を知ることは沖縄、地元、そして日本が抱える問題に目を向けるきっかけになると考えている。

今年5月15日、県と国が開いた復帰50年記念式典レセプションのフィナーレでステージに立った。出番を待つ間、会場の外で式典に抗議するシュプレヒコールは控室まで届いていた。

「祝賀ムードではないのは知っている。ただ、節目の日は未来を語るきっかけになる」。複雑な状況下で沖縄出身のアーティストではないからこそクッション役になれると考えた。ウチナーグチで「仲間」を意味する「シンカヌチャー」と名付けた曲を歌い上げた。

島唄のリリースから30年がたった今、ウクライナではロシアの侵攻が続き、国内では台湾有事を理由に軍事力強化を叫ぶ声が高まっている。「永遠(とわ)の夕凪(ゆうなぎ)」を願ったかつての若者の目には「世界が戦前に巻き戻っている」と映る。

沖縄を愛する音楽家として決めたゴールがある。「沖縄の人が望む平和が訪れれば島唄は歌う必要がない歌になる」。その日が来ることを願いながら、歌い続けている。(社会部・銘苅一哲)

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