上野由岐子「もっと大胆に、感じるままに勝負した」。初回に苦戦もピッチング変更で五輪勝利に貢献

上野由岐子「もっと大胆に、感じるままに勝負した」。初回に苦戦もピッチング変更で五輪勝利に貢献

  • Sportiva
  • 更新日:2021/07/22

鉄腕は健在である。この日と同じ炎天下、あの2008年の北京五輪"金メダル・ピッチング"から13年。ソフトボール上野由岐子が東京五輪の日本選手団に初勝利をもたらした。言葉に実感をこめる。「やっと、この舞台に戻ってこれたという思いが、私自身はすごく強いんです」

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五輪初戦のオーストラリア戦で好投した上野

21日。東日本大震災の被災地、福島・あづま球場。ソフトボール1次リーグは開会式に先立ち、日本×オーストラリアが行なわれた。先発は、「経験豊富。やっぱり上野でスタートさせたい」(宇津木麗華監督)の期待を受け、ベテラン上野がマウンドに立った。

異例の五輪となり、スタンドは無観客だった。「ウエノ・コール」はない。山々に囲まれ、ただ、アナウンスとせみ時雨が流れるだけだった。上野は「背中を押してもらえる大声援がないのは正直、さみしい思いがいっぱいです」と打ち明けた。

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相手は、強豪のオーストラリア(豪州)だった。上野には因縁のチームだ。2004年アテネ五輪、2008年北京五輪に続く、豪州との開幕戦の先発となった。アテネ五輪ではKOを喫して日本は4位、北京五輪では完投勝利を収めて金メダルまで走った。いわば大会の流れを決める開幕戦となる。

立ち上がりは苦しんだ。慎重になりすぎた。コースを厳しく突こうとして逆にコントロールが乱れた。初回。内野安打と四球、死球で一死満塁のピンチを招き、再び、死球を与えてしまった。押し出しの1失点。嫌な展開に宇津木監督と選手たちがマウンドに集まった。周りのゲキに上野は何度もうなずいた。

ここからが、上野の面目躍如だった。得意の速球で空振りの三振、ピッチャーゴロに仕留めた。山田恵里主将は「さすが上野」と振り返った。「あそこで1失点か、2失点かでは全然違いました」

上野は試合後の会見で、白マスク下の日焼けした顔をほころばし、こう言った。

「試合前はワクワク感が大きすぎて、興奮しすぎないよう、とにかく抑えて抑えて、丁寧に投げ急がないようにしようと考えていたんです。でも、ちょっと厳しく投げすぎちゃったのかな。2回以降は、もっと大胆に、データだけにとらわれることなく、自分がバッターを見て感じるまま、勝負できるところは勝負するというピッチングに変えました」

その言葉通り、上野は2回以降、マウンドで躍動した。豪州打線を沈黙させ、降板する5回途中までで7つの三振を奪った。味方打線の一発攻勢を得て、日本は8-1で5回コールド勝ちを収めた。日本勢初勝利。「13年ぶりの五輪マウンドは?」と聞かれると、22日に39歳の誕生日を迎える上野は、「13年ぶりという感傷はあまりないんですけど。ただ、このマウンドに立つために(ソフトボールに)取り組んできたんです」と感慨深そうだった。

この13年、いろんなことがあった。五輪からソフトボールが一度除外され、目標やモチベーションを失いかけた。2014年にはひざの故障から引退を考えたこともある。一昨年4月には試合中に打球を顔面に受け、骨折した。上野は笑って思い出す。「このままじゃダメだよって、神様が教えてくれた」と。

新型コロナウイルス禍による1年延期、国民の一部には五輪反対の声があるのもわかっている。だが、上野は上野だ。マウンドで戦うしかあるまい。被災地のため、日本のため、ソフトボール界のため、である。大会前の会見で、上野は「(13年前と一番変わったのは)メンタル面だと思います」と漏らした。

上野はさらにたくましくなった。無観客でも「グラウンドでやるべきことは変わらない」と言い切った。

「テレビや報道を通して、たくさんの方に何かを伝えられるよう、ただガムシャラに、必死にグラウンドで戦っていくだけだと思っています」

地元開催の東京五輪が「集大成」となる。さあ、再びの五輪金メダルに向け、鉄腕上野の最後の五輪がはじまった。

松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu

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