BLMは日本にもある?映画や書籍から人権問題の背景を学ぶ

BLMは日本にもある?映画や書籍から人権問題の背景を学ぶ

  • ZUU online
  • 更新日:2020/10/16

執筆者:株式会社ZUU

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2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性が白人警官に殺害された事件をきっかけに、世界的な広がりを見せたBlack Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター、BLM)運動。日本で暮らす大多数の人にとっては、一連の事件やデモは「対岸の火事」のような出来事に感じたかもしれません。しかし、マイノリティや社会的弱者に対する偏見は日本にも間違いなく存在するでしょう。こういった問題を考えるうえで参考になる「映画」や「書籍」を通じて、あらためて社会の無理解について考えてみましょう。

■映画『13th -憲法修正第13条-』(原題は『13th』 )

アメリカにおける黒人問題の根の深さを理解するためには、奴隷制度の歴史を避けて通ることはできません。

アメリカ独立以前の1600年代前半、イギリス人入植者がアフリカから黒人奴隷を運んできたことに端を発する奴隷制度は、1865年の南北戦争の終結(北部アメリカ合衆国の勝利)によるアメリカ合衆国憲法修正第13条(奴隷制廃止条項)の成立まで続きました。

合衆国憲法修正第13条の原文は以下のようなものです。

――第1項 奴隷制および本人の意に反する苦役は、適正な手続を経て有罪とされた当事者に対する刑罰の場合を除き、合衆国内またはその管轄に服するいかなる地においても、存在してはならない。

――第2項 連邦議会は、適切な立法により、この修正条項を実施する権限を有する。

この合衆国憲法修正第13条をテーマにしたドキュメンタリー映画がNetflixで配信されています。タイトルは『13th -憲法修正第13条-』。黒人女性監督のエイヴァ・デュヴァーネイによる同作は2017年の第89回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされるなど大きな話題を呼び、昨今のBLMの盛り上がりを受けてますます注目を集めています。

黒人に対する抑圧の歴史と現状をあらためて見つめ直した同作。合衆国憲法修正第13条が施行された後も、アメリカでは南部を中心に黒人の投票権剥奪、民衆によるリンチ(私刑)、黒人による公共施設の利用を制限するジム・クロウ法など、なおも偏見的行為や政策が繰り返されていたことが描かれています。

南北戦争の終結からおよそ100年後の1964年、公民権法の制定によって表向き「法律上の人種偏見」は撤廃されました。しかしそれでもなお、公権力による人種蔑視は続きます。黒人コミュニティで流行していたドラッグ(クラック)を用いた犯罪者に不当な重刑を課すなど、多くの黒人を逮捕・収監することで200万人を超える大量の受刑者を生み出し、「アフリカン・アメリカンは犯罪率が高い」というステレオタイプな認識を定着させました。

2018年の調査では、アメリカの総人口に占めるアフリカ系アメリカ人の割合は13%ながら、刑務所人口においては3割近くに達していることが発表されています。

また違法薬物を使用する比率はほぼ同程度にも関わらず、有罪判決を受けて刑務所に収監される確率は白人のおよそ5倍。『13th -憲法修正第13条-』では、政府と企業が結託して黒人の受刑者数を増加させることで労働力を獲得し、「産獄複合体」と呼ばれる監獄ビジネスで莫大な利益を上げていることを指摘しました。

その監獄ビジネスの“根拠”となっているのが、合衆国憲法修正第13条の「適正な手続を経て有罪とされた当事者に対する刑罰の場合を除き」という一文です。法や刑務所といったシステムを悪用して現代版の奴隷制度を運用しているのではないか……。

これが『13th -憲法修正第13条-』に描かれた現代のアメリカにおける人種問題のリアルであり、多くの人々が憤りをあらわにしてBLM運動に参加する理由の1つだと言えるでしょう。

■書籍『「差別はいけない」とみんな言うけれど。』(平凡社、2019年)

アメリカにおける人種問題の歴史や現状を知っても、「日本には偏見はないから関係ない」と考える人は少なくありません。

実際には、在日外国人や被差別部落出身者、複数の国家・民族的ルーツを持つ人、さまざまな障害や疾病を持つ人、LGBTといったマイノリティ(社会的弱者)や女性に対する無理解は今もなお明確に存在しています。

そんな現状を紐解くうえで参考になる書籍が、批評家の綿野恵太が2019年に上梓した『「差別はいけない」とみんな言うけれど。』です。

同書では「政治的正しさ」といった意味合いで使われるポリティカル・コレクトネス(PC、ポリコレ)という言葉のルーツと意味の変容過程を解説し、「偏見はいけない」といったいわゆるPC的言説に反発する人が少なくない理由を、さまざまな見地から検討しています。

「アイデンティティ(属性・特異性)」と「シティズンシップ(市民・普遍性)」というふたつの反偏見のロジックを対比しながら、PCをめぐる状況を分析した同書。「政治的に正しい」はずのPCが、どうして息苦しさを感じさせるのか。なぜ「正しくない」とわかっていても、抑圧的な発言や政策がまかり通ってしまうのか。そういったテーマが実例や図解を用いてわかりやすく説明されており、無理解が生じる政治的・経済的・社会的な背景を知るうえで、非常にためになる書籍だと言えるでしょう。

注目したいのは、「合理性」や「エビデンス」といった概念や、卑劣な「黙説法」によって正当化する論理が流行の兆しを見せていること。たとえば、「女性は結婚や出産によって離職する可能性が高いため雇用しない(または、入試の点数を減点する)」といった事例は、経営戦略上の合理性や男女の性別による差異という「エビデンス」に基づいた非人道的正当化の一例と言えるでしょう。

また、「彼は“あれ”だから」と核心部分をぼかした物言いによって、具体的な言葉を用いるリスクを回避しながら偏見的なニュアンスを醸し出す話法や記述を、多くの人が見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

批判されても「そんなことは言っていない」と釈明できる黙説法は、非人道的な発言を正当化する詭弁として広く用いられています。こうした悪しきエビデンシャリズムやレトリックの欺瞞を暴いているのも、同書の大きなポイントのひとつです。

同書を読めば、少なくとも「日本に偏見はない」という考えには決して至らないはず。マイノリティであるかマジョリティであるかを問わず、多くの若い人に手にとってほしい一冊です。

■「公平に接する」ために必要な知識とは

自覚的であるかないかに関わらず、社会の一員として生きている限り、だれしも偏見・非人道的態度をしてしまう可能性は否めません。思いやりを持つことはもちろん、ふとした拍子にだれかを傷つけてしまうことがないように知識を蓄えておくことが大切です。この機会にさまざまな歴史を学び、ポリコレと揶揄されるような「きれいごと」や「正しいこと」の価値をもう一度見つめ直してみるのはいかがでしょうか。

(提供=UpU/ZUU online)

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