白鵬に横綱の品格はあったのか 相撲における外国人力士の受け入れ

白鵬に横綱の品格はあったのか 相撲における外国人力士の受け入れ

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  • 更新日:2021/10/14
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大相撲の第69代横綱白鵬(モンゴル出身、宮城野部屋)が引退した。14年間も横綱として相撲界に君臨、優勝回数は前人未到の45回を数え、幕内通算1093勝などほとんどの大相撲記録を塗り替えた。

(ロイター/アフロ)

6場所連続休場明けで、進退をかけて臨んだ2021年7月の名古屋場所で16度目の全勝優勝を飾ったが、9月の秋場所後、「右ひざがいうことをきかなくなった」と協会に引退届を提出した。近年は土俵上での粗暴な取り口や、横綱らしからぬ言動が批判を集めることが多くなった白鵬は、19年に日本国籍を取得しており、今後は年寄「間垣」を襲名し、後進の指導に当たる。

現役時代の実績が引退後も強い影響力を持つとされる相撲界。超大物の新人年寄を迎える相撲界には、奔放な大横綱時代の言動を持ち込むのでは、と警戒する声もある。年寄間垣親方が相撲界にどんな新風を送り込むか。

日本文化を学んだ形跡をうかがわせる言葉の数々

<横綱は現役を退くまでその地位を保障される。しかしその代わり常にその地位にふさわしい相撲内容や成績を求められる。もしそれが叶わなければ、たとえ理由がケガや健康上の問題あれ、若くても引退という選択を自らとらざるを得なくなる。負けたら、それなりの番付で相撲をとれる大関とは重みが違うのだ><横綱はただ勝てばよいというわけではなく、「勝ち方」も問われる立場にある>

これは日本相撲協会の幹部でも、横綱審議委員の先生方の言葉でもない。白鵬自身の著書『相撲よ!』(角川書店)の一節(149頁、152頁)である。白鵬が『相撲よ!』を出したのは、モンゴルから日本に渡って10年、横綱に昇進してからも3年が過ぎ、優勝回数も15回に達した2010年9月のことだ。

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『相撲よ!』(2010年、角川書店)

大横綱双葉山の著作を熟読し、尊敬する大鵬からの教えに感謝する言葉も並ぶ。「四股」「てっぽう」「すり足」など稽古の重要性を強調する一方、本場所前の「土俵祭」の神事としての意味や、なぜ横綱は土俵入りをするのか、など大相撲の細かな所作についても勉強の跡をうかがわせる。日本の文化としての大相撲の理解は相当進んでいる。こうも書いている。

<私は入門してから、親方や先輩力士、後援者、相撲協会の人たち、取材に来る記者、その他さまざまな人たちと話をする機会があった。(略)そのたび相撲道や日本文化、伝統について聞いて勉強してきた。(略)相撲の本質を知るにつれ、強いだけではいけないのだ、ガッツポーズもやるべきではないということがわかってきた>(同書162~163頁)

<そもそも「横綱」とは、横綱だけが腰に締めることを許される綱の名称である。その綱は、神棚などに飾る「注連縄」のことである。(略)横綱というのはそれだけ神聖な存在なのである。(略)こういう立場の力士に、「品格」が必要なのは明らかなのである>(166頁)

大相撲「冬の時代」の中で戦い続けた

同書の「序」は、10年7月25日、名古屋場所千秋楽の結びの一番、大関把瑠都との一戦から筆を起こしている。14日目まで勝ちっぱなしで、同年1月の初場所14日目からの連勝を「46」まで伸ばしていた白鵬は、左からの上手投げで把瑠都の巨体を土俵に這わせた。

3場所連続の全勝優勝で、連勝記録は「47」に伸びた。白鵬にとって通算15度目の幕内優勝だったが、白鵬にとって、また日本相撲協会にとっても、この場所は「特別な」場所だった。

同年5月、土俵下の通称「砂かぶり」と呼ばれる維持員席をめぐり、協会の親方が暴力団関係者に便宜を図っていたことが分かり、大相撲と暴力団関係者の黒い交際の疑惑が浮上した。6月には、現役大関をはじめとする複数の力士が野球賭博に関与していたことが分かった。

このため7月の名古屋場所は、賭博に関わった関取が解雇や謹慎処分となり、番付は虫食い状態。優勝賜杯を協会が辞退し、NHKのテレビ中継もない異例の場所となった。

白鵬はこの時の優勝について、同書の中でこう書いている。

<表彰式では、涙が止まらなくなった。(略)天皇賜杯の授与がないことは事前に知らされ、理解していたつもりだったが、実際に賜杯がないことを目で確かめた瞬間、無性にさびしく、悔しく、悲しかったのである。天皇賜杯とは、大相撲が国技であることの証しだからだ>(同書6~7頁)。

白鵬は表彰式後のインタビューで「こんな場所は二度とないと思います。こういう場所を経験したことを前向きに、プラスに考えて、それを生かして、あらたな気持ちで頑張りたい」と大相撲ファンに約束した。

災難が続く中での「一人横綱」

だが、白鵬が涙を流した「こんな場所」、いや「もっと悲惨な場所」が1年もたたないうちにやってくる。11年2月、警察が野球賭博に関与した力士の捜査を進める過程で、本場所中の勝ち負けを金銭で売り買いする、大掛かりな八百長相撲を疑わせる携帯メールの存在が明らかになった。「最後はすくい投げあたりがベスト」など、具体的な取り口まで記述したメールもあった。

国民の信頼を根底から揺るがす最大級の不祥事である。白鵬の7場所連続優勝が懸かった3月の春場所が中止となった。さらに5月は、夏場所の代わりに「技量審査場所」が開催された。

またも優勝賜杯はなく、NHKの中継もなし。興行ではないため、ファンに無料で公開した。「技量審査場所」の個人成績は本場所と同様の扱いとなり、13勝2敗で制した白鵬は、優勝回数を「19」に、連続優勝を7場所に伸ばした。

モンゴル出身の先輩横綱朝青龍の引退後、「一人横綱」となった白鵬は、前例のない激震に見舞われ続けた大相撲を文字通り孤軍奮闘して土俵を引き締め続けた。

もう一つの超ド級の災難を忘れてはならない。11年3月11日の東日本大震災である。白鵬26歳の誕生日でもあった。力士会会長でもある白鵬は、被災地を訪れ大地を鎮める土俵入りを披露したほか、子供たちのための土俵を各地に贈るなど、多彩な支援活動を繰り広げた。

誤解が解けなかった「猫だまし」

『相撲よ!』出版後、白鵬の〝変化〟を予兆させる出来事もあった。

15年11月の九州場所10日目、前日までただ一人全勝で勝ち進んだ白鵬は、関脇栃煌山(現清見潟親方)との対戦で立ち合い、相手の顔の前で両手をパチンとたたく「猫だまし」の奇襲を仕掛けた。ひるんだ栃煌山が改めて前に出ようとしたところを再びパチン。最後は得意の右四つで危なげなく連勝を伸ばした。

「勝ちにつながって、うまくいった」と笑顔で振り返った白鵬に対し、当時の北の湖理事長は「前代未聞。横綱がやるべきことじゃない」と厳しく批判した。

北の湖理事長のしっ責に、白鵬が反論なり弁明をできれば事態は変わったかもしれない。だが、白鵬の「猫だまし」から3日後、北の湖理事長は病院に救急搬送され、そのまま息を引き取った。直腸がんによる多臓器不全だった。

「猫だまし」は確かに番付下位の力士が使う奇襲攻撃だが、禁じ手(反則)ではない。日馬富士、鶴竜と2人の横綱が誕生し、「一人横綱」の重圧から解放されたこともあり、人一倍研究熱心な白鵬が、実践で試してみようと思ったとしても不思議ではない。白鵬のショックがいかに大きかったか。13日目から3連敗で優勝を逃し、名誉回復の機会も永遠に失った。

見え隠れする外国籍の除外

モンゴル相撲の「大横綱」として国民的英雄だった父ジジド・ムンフバトさんが亡くなったのは18年4月。76歳だった。現役引退後、年寄として相撲界に残るためには、日本国籍の取得が必要になるが、ムンフバトさんは長いこと白鵬の国籍変更には反対していた。亡くなる直前、「わが道を行け」と白鵬に言い聞かせ、日本国籍取得を認めたといわれている。

白鵬は19年9月、日本国籍を取得した。偉大な父を尊敬する白鵬の心中は、複雑だったに違いない。

力士が現役引退後に親方として日本相撲協会に残るために必要な年寄名跡の取得を「日本国籍を有する者に限る」と規定したのは協会の寄付行為施行細則48条だ。ハワイ出身の高見山(元関脇、日本名渡辺大五郎、先代東関親方)が外国人力士として初めて優勝したことから1976年に追加された、いわば「高見山ルール」だ。

関取として長年、大相撲の発展に尽力した外国籍の力士に、親方として後進を指導する権利を与えない国籍条項が、本当に必要なのか。「日本スポーツの多様性に逆行する」と批判する声があることを忘れてはならない。

白鵬が日本国籍を取得すると、今度は特別に功績があった横綱がしこ名のまま定年まで年寄として残れる「一代年寄」をめぐる問題が浮上する。過去、大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花の4人の横綱が現役時代の功績から「一代年寄」の栄誉に浴した(千代の富士は辞退)。明文化されてはいないものの、「優勝回数20回」が目安とされてきた。25回優勝の朝青龍は暴行事件のため、モンゴル国籍のまま相撲界を離れたが、白鵬はどうなるかが焦点だった。

八角理事長の諮問機関「大相撲の継承発展を考える有識会議」(山内昌之委員長)は21年4月、最終報告書をまとめた。「一代年寄」については「協会の定款に、根拠となる規定がない」としたうえで「存在意義が認められない」と結論付けた。露骨な論点回避だった。

異例の条件付き年寄り襲名

白鵬の現役引退届提出を受け、協会は理事会を開き、白鵬の年寄「間垣」襲名を条件付きで承認した。年寄襲名に条件が付くのは極めて異例という。その条件とは「新人の親方として、理事長はじめ先輩親方の指揮命令・指導をよく聞き、本場所等、与えられた業務を誠実に行うこと」「大相撲の伝統文化や相撲道の精神、協会の規則・マナー、相撲界の習わし、しきたりを守り、そこから逸脱した言動を行わないこと」。白鵬は誓約書にサインしたという。

大相撲の過去の記録をことごとく塗り替えたモンスター力士を親方として迎え入れる協会側の警戒感と不安、恐れが露骨なまでに表れている。10年前まで、相撲界に巣食っていた野球賭博や八百長などの不祥事を招く温床を放置していた協会幹部は、きちんと総括し、出直したのか。大相撲の存亡の危機に、土俵上でファンの心をつなぎ留めてきたのは白鵬ではなかったのか。

一方的に白鵬の肩を持つつもりはない。だが、協会関係者がここ数年、お題目のように白鵬批判に使ってきた「横綱の権威」やら「品格」は、白鵬にはすべて承知の上で協会の力量を測るかのように、挑発し続けているように映る。

この10年の間に、大横綱の大鵬や北の湖、千代の富士が亡くなり、貴乃花は協会を離れていった。年寄「間垣」が仮に〝暴走〟を始めたとき、だれが止められるのだろうか。

協会VS.間垣の新たな戦いが始まりそうだ。『相撲よ!』の続編が待たれる。

中島章隆

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