山本昌氏殿堂入り「球が遅いは“褒め言葉”」、持ち味貫き努力し続けてつかんだ栄誉

山本昌氏殿堂入り「球が遅いは“褒め言葉”」、持ち味貫き努力し続けてつかんだ栄誉

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  • 更新日:2022/01/15

◇野球殿堂入り発表

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野球殿堂入り通知式で星野仙一さんのレリーフと記念撮影する山本昌氏

野球殿堂博物館は14日、今年の殿堂入りを発表。競技者表彰のプレーヤー部門ではヤクルト監督の高津臣吾氏(53)、元中日投手の山本昌氏(56)が選ばれた。

吉報が届いた際は混乱するほど大喜びしたという。「鉄腕」の称号は、この男のためにある。32年間のキャリアで多くの最年長記録を樹立した山本昌氏は「プロでも初勝利は5年目。野球が上手なわけではなかったが周りに助けてもらった」と感謝を忘れなかった。

83年ドラフト5位で中日に入団。左投げで直球の大半は140キロにも届かなかったが、通算219勝を挙げた。飛躍の要因はある人物との出会い。プロ4年間未勝利で参加した88年のフロリダ州ベロビーチでの春季キャンプに、当時ドジャースの球団会長補佐として日米間の野球交流に尽力していたアイク生原氏がいた。チームが帰国後も自身は現地に残留。「野球留学というと格好いいけど戦力外みたいな感じ」とふてくされたが、同氏の指導で右打者の外に沈むスクリューボールを覚えプロでの活路を見いだした。恩師は02年に殿堂入り。「一緒に入れたのはうれしい。自分の口で報告したかった」と感慨に浸った。

山本昌氏は「球が遅いは“褒め言葉”。球が速くない少年たちは希望を持って頑張ってほしい」と力を込める。中日時代の監督で恩師の星野仙一氏からは「お前はここまで野球にお世話になったから最後まで野球に貢献しなさい」と言われたという。すでにアマチュアの指導資格も取得。プロでの指導についても「声が掛かれば喜んで」と意欲を見せる。

チームのために左腕を振り続けた現役時代。史上初の50代(50歳1カ月)での登板は「中年の星」として全国に勇気を与えた。「行き詰まっている若い選手も辞めたらそこで終わってしまう。努力し続けることの大切さを知ってほしい」と山本昌氏。エリートでも天才でもなかった男は、少しだけ胸を張った。

◇山本 昌(やまもと・まさ=本名・山本昌広)1965年(昭40)8月11日生まれ、神奈川県出身の56歳。日大藤沢から83年ドラフト5位で中日に入団。15年に現役引退するまで中日一筋で歴代1位タイの23年連続勝利をマークし、49歳で迎えた14年9月5日の阪神戦でNPB史上最年長での白星を挙げた。最多勝3度、沢村賞、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率がそれぞれ1度。通算成績は581試合で219勝165敗5セーブ、防御率3.45。左投げ左打ち。

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