自閉症の息子が「困った行為を繰り返すワケ」を考えて分かった、意外なこと

自閉症の息子が「困った行為を繰り返すワケ」を考えて分かった、意外なこと

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/02/21
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第1話はこちら→IQ30、会話のできない自閉症の息子が「グーグルマップ」で伝えた、驚きの能力

ピザを天井に投げる息子

我が家に生まれてきた長男のがっちゃん(楽音・現在19歳)の子育てはかなり大変だ。なぜかというとバリバリの自閉症だからだ。しかもただの自閉症ではなくスーパー多動症で、我が家では奇想天外な日常を繰り広げてくれる。

このがっちゃんがIQテストを受けると、質問にまったく答えず走り去ってしまうので「測定不能」。というわけで現在も暫定的に「IQ30」と書いてある。最初この記載をみた時に奥さんのさっちゃんと「30だってー、かわいいー!」と大笑いしていた。

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4歳のころのがっちゃんと筆者

そんながっちゃんは、普通の人には想像がつかない高度なレベルの「想定外」をしかけてくる。拙書『療育なんかいらない!』にも書いたのだが、7歳の頃のがっちゃんは何か気に食わないことがあるとピザを天井に投げる癖があった。

食事中に何か気にさわること(大抵、がっちゃんの予想できないことが引き金になる)がおきると、ダイニングテーブルからピザをもってリビングルームに走っていく。リビングルームに到着すると、そのまま下から上に向かって「ウォッ!」とまっすぐ両腕を振り上げる。

私たち一家は当時はロスアンゼルスに住んでいた。日本の住宅よりも高い天井に三角の大きなピザが「ビタッ!」と張り付く。とうてい手の届かない天井から、何日かするとそのピザがゆっくり剥がれて「ボトッ」と落ちてくるのだ。

そんなわけで我が家の白い天井にはチーズとトマトソースがこびりついていた。そこへ時々やってくるロシア人の大家さんが天井をみて「Oh my god, what’s this!」と驚く。私はちょっと困って「Pizza……」と答えると、当然ながら「Why??」と呆れられた。

ほかにもある。9歳の頃には、どういうわけか部屋の真ん中にウンチをするというマイブームが訪れそれが続いた。部屋の真ん中に、しかも白いカーペットの上に、大きくて立派なウンチがデンと構えている。

「あっれー! がっちゃんまたやったのかなー?」というと階段の上で愉快そうにケタケタ笑っている。さも「これほど最高のギャグがあるのか!」とでも言いたげな感じだ。

一般的に言えば、こんな度を超えた「いたずら」は叱られて当然だ。しかし自閉症の子にはそれはかえって逆効果だ。なぜなら、自閉症は大人が怒っているとその反応がおかしくて、同じことを繰り返すようになるからだ。

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スクールバスから降りてきたがっちゃん

こういう時はキツく叱っても効果がない。だからこっちは冷静に普通のごとく「ウンチはトイレだよー」と一言だけいってウンチを撤去する。

もちろんこの注意がその場で効くわけもなく、この場面は繰り返される。だからとにかく感情的にならずにさらりと言い続けることが大切だ。

どこかのタイミングで本人が「何回も言われているからそろそろ辞めてやるか」というモードになるのを待つしかない。こんな感じで我が家にはいつも珍騒動があって、それは現在の今日でも続いている。

車中でオシッコをしたワケ

「自閉症」は何かの一つの行動パターンにこだわるのが特徴だ。とにかく儀式が多い。

がっちゃんが幼稚園生の時には、家を出る前にテーブルのまわりをグルグルと何周も回るという「儀式」があった。出がけにこれをやらないと気がすまない。朝、急いでいるので玄関から「はやくー!」と声をかけるのだが、一生懸命テーブルのまわりをグルグルと回りつづける。

しかしこれよりももっと手強い儀式がさらにあった。幼稚園での1日を終えたお迎えの車の中で、必ずオシッコをするのだ。

お迎えには、私か奥さんのさっちゃんのどちらかが行っていたのだが、ベビーカーの上で普通にするから、そこからオシッコが漏れて車の椅子が洪水になる。だから車にはいつも大量のタオルが積んであった。

最初は教室でトイレにいけていなくて我慢できなかったのかな、と思っていた。しかし途中で気づいた。

「これは車の中でオシッコしないと気がすまないんだ…」

多分、がっちゃんにとって幼稚園はかなり我慢の時間だったんだろう。だから帰りの車の中でオシッコをするのが精神的な安定剤になっていたのだ。そんなわけでこの「儀式」もやめさせるのは無理だと悟った。

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最初は車の椅子を文字通りビシャビシャにしていたので、途中からオムツの中にするように仕向けていった。5歳のがっちゃんはもうオムツをするのは嫌がった。どうしても体をしめつけるオムツが許せないみたいだった。

実はがっちゃんは、下着も嫌いで履くの拒否していた。だから幼稚園に行く時はいつもノーパンにズボンだった。車に乗ったがっちゃんのズボンをすぐに脱がせて、オムツを渡す、を繰り返した。するとなんとかオシッコをベビーシートの上ではなくオムツの中でしてくれるようになった。

とはいってかなり大量のオシッコをするのでオムツも膨らむ。しかもがっちゃんは、用を足すとすぐにオムツを脱いで車の中に「ポイッ」と投げ捨てる。

私が後ろを振り向くと、用済みの膨らんだオムツが座席の真ん中に「ポン」と置いてあり、家に帰るまで車の中はプ〜ンと臭った。

特にこれが日差しの強い夏のロスアンゼルスでは強烈な状態になった。家に着き、片方の手でかなり重みのあるオムツを、もう片方の手で鼻をつまみながら処理をするのである。

自閉症には感覚過敏な子が多く、どうも服というものの居心地が悪いらしい。

がっちゃんも服を着るのを避けた。車でオシッコをしていた幼稚園時代を経て10歳の頃になると、車の中でも服を脱いで全裸になってしまう。つまり車の中ではお尻丸出し、すっぽんぽんのおサルさん状態だ。

多動症であったががっちゃんはシートベルトも嫌がった。

座席の上によじ登ったりして、当時乗っていたSUV車の後部を活発に動き回っていた。つまりがっちゃんが座席をよじのぼると、後ろの窓からお尻がプリンと丸見えなのだ。後ろのドライバーは、前の車の窓からずっと見えるお尻にさぞ驚いていたに違いない。

自閉症の「問題行動」は治らない

発達障害の児童の業界では、がっちゃんのような自閉症の特有のこだわり儀式を「問題行動」と呼んでいる。そして「療育」と呼ばれる訓練を施せば、自閉症の問題行動がなくなると思われている。だから福祉施設の療育担当者と親は、この問題行動をつぶそうとして躍起になる。

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2歳の頃のがっちゃん。当時は散歩が好きで、どこにでも一人で行ってしまうから追いかけるのが大変だった

しかし、これまでの経験から言わせてもらうと、がっちゃん本人はピザを投げたり、車内でオシッコをしたり、体を締め付ける服を脱ぎ捨てることは理由があってのこと、彼にとってはちっとも問題行動ではない。

つまり自閉症の子が「問題行動」を起こしているのではなく、親や先生が問題と思える行動こそが「問題行動」になっているのだ。だから親が神経質であればあるほど、子供の「問題行動」が増えてしまう。

「普通だったらピザを天井に投げるべきではない」なんていうふうに「べき論」が多い親ほど、自閉症の問題行動にこだわる。だから私は保護者にいつもこういっている。

「普通ができていれば最初から自閉症やっていないですよ」

つまり親から見た「問題行動」をやめさせようと思うのは不毛なのだ。自閉症の儀式はただすものではなく、こっちが付き合うものである。自閉症の子を持った限りは、一生なんらかの儀式に付き合うのだと思っておいた方がよい。

自閉症の子は親が怒る反応をおもしろがって繰り返す傾向がある。親が問題視する行動が増えれば、それだけ子供の問題行動が増えることになる。当然親はそれら全部を解消させなければと必死になり、ストレスが増えていく。

親のこだわりが強いと、それが子育てノイローゼにつながってしまう。ここまでくると、親自身の持っているこだわり思考そのものがけっこう閉鎖的なんじゃないかな、と思ってしまう。

だから自閉症の問題行動を減らしたかったら、子供を無理に直そうとしないで、親の方が開き直って割り切ってしまうしかない。「それほどの問題じゃないな」と思えれば、問題行動は減る。

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3歳のころのがっちゃん

つまり逆のアプローチで、自閉症の行動をいちいち問題視しなければ、問題は減るという話なのである。

奥さんのさっちゃんは、こんな私の考えに「あなた神経図太くてお気楽でいいわね」と言う。でも私は「自閉症の子育ては図太くないと長く持たないよ」と伝えている。

がっちゃんは中学生の頃まで、レストランに入ると空いているテーブル全てをぐるぐる回る儀式があった。だから高級レストランではなく、あまりさしつかえない(と思える)レストランにしかいけなかった。行動が止まないなら環境を選ぶしかない。

さっちゃんはそんながっちゃんとは絶対に外食にいけないと言っていた。一方、私はがっちゃんと二人でランチにも行く。

チョロチョロ動き回るがっちゃんに注意を払いつつも、見て見ぬふりをしながら本を読んでいた。周りに若干迷惑をかけていたとは思うが、「それぐらいお互い様」と思わないとやっていけないのも事実だ。

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とはいっても、がっちゃんの儀式を問題視しないからといって子育てが楽になったわけではない。ロスから日本に引っ越し、マンションに住むようになると、がっちゃんの儀式は形を変えた。イライラした時にピザを天井に投げるのではなく、窓から生卵を投げるようになった。

これはさすがに大問題で、なんとか生卵は投げないように説得したのだが、今度はティッシュの箱を投げるようになった。

がっちゃんのイライラのポイントはこうだ。例えばご飯を食べている時にうっかり「これ食べる?」とがっちゃんに聞くとスイッチが入ってしまう。

赤ちゃんの時からそうだ。「美味しい?」とか「ほしい?」と聞くと癇癪がはじまってしまう。なぜそうなるのかの理屈はわからないのだが、多分「そんなあたりまえな質問でボクに干渉したな!」と思っているに違いない。

そう聞かれて突然走り出し、ティッシュの箱を掴んで窓をあけて「エイッ!」と投げてしまう。ティッシュの箱が空中を弧を描いて飛んでいく。5階の窓からなので、紙の箱とはいえ角張っているからさすがに危険だ。

そんなわけで我が家には箱型のティッシュは存在しない。すべてビニールに入っているものを保管している。投げる衝動を抑えられないのであれば、せめて出来る限り安全なものに変えないといけない。

そんながっちゃんも19歳になって少しばかり成長してきた。ティッシュでなく小さくて安全なものを窓から投げるようになったのだ。え、何を投げているのかって? チーズですよ……。

深刻になるより、笑い飛ばそう!

こんな調子だから自閉症の子育ては結構大変である。まともに考えていちいち反応していたら親の方がやられてしまう。だから私たち親の考え方を変えるしかないわけだ。

しかしだからといって私たちは不幸なわけではない。大変なんだけど、結構おもしろいともいえる。がっちゃんの珍行動はその時は大変なんだけど、あとで思い返すとマンガみたいなおもしろさがある。

私とさっちゃんも、がっちゃんの珍プレイをいちいち深刻に捉えないで、笑い話に転換できたところがプラスになった。いちいち一つ一つの出来事に悩んでいたらノイローゼになるだろう。

子育ては何十年と続くものだ。だからあまり力みすぎて、最初の数年で燃え尽きてしまっては元も子もない。

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アインシュタイン放課後にて。ブルーのパーカーを着たがっちゃんと、スタッフとして手伝っているさっちゃん

だから私はしょっちゅう飲み会でがっちゃんハプニングを笑いネタとしてよく話す。すると一同がドッと笑う。テレビの『すべらない話』で披露したら勝てるのになぁ〜とよく思うぐらいだ。

普段から周りに明るく周知しておくことは大切だと思う。そうすれば後日友達の前でがっちゃんが思いがけないことをしても、誰も慌てない。普段からお笑いネタとして聞いているので、「あ、出た出た!」で軽く流せてしまう。

ある時のこと、長年付き合いのある友達がカミングアウトしてきた。

「実は私のお兄ちゃんが重度の知的障害で実家にいるの」

「え!?そうなの? そんな話一度も出たことないのでびっくり」

「なんか今まで身内に発達障害がいるって、なんとなく隠さないといけないことだと思っていたから。

でもノリさんがいつも飲み会の時に笑いながらがっちゃんの話をしているので、あ、それって普通に人に話してもいいことなんだって気づいたの。」

というわけでその友達も普通にお兄さんの話ができるようになった。

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がっちゃんと「株式会社アイム」顧問の福田さん

親族に障害者がいることに対して勝手に罪悪感とか恥ずかしいという感覚を持つ必要はない。こっちがオープンになれば相手もオープンになる。こっちが深刻になれば、相手も深刻になる。

だったら深刻に自閉症を悩むよりも、それをお笑いに転換して笑い飛ばせるようになった方が勝ちだと思う。

そんなわけで、今日もがっちゃんは珍騒動を起こしては、私の家族と友達と職場仲間を笑わせてくれている。本人は気ままに生きているだけで、周りにお笑いの福をもってきてくれる。

「がっちゃんは、なんてお得な人生なんだろう」と私は今日も思いながらこの原稿を書いている。

発達障害の子育てで奮闘している家族がいたら伝えてあげたい。

「大変と不幸はイコールではないですよ」

<次回へつづく>

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