<純烈物語>メンバーの誕生日を祝うときも...... 東京お台場 大江戸温泉物語の距離感<第56回>

<純烈物語>メンバーの誕生日を祝うときも...... 東京お台場 大江戸温泉物語の距離感<第56回>

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2020/08/01

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

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紅白歌合戦出場を終えて凱旋ライブを行った元旦の午前4時すぎ。紅白出場を祝すサプライズを行った東京お台場 大江戸温泉物語のスタッフ

◆<第56回>メンバーの誕生日を祝う時の練り込みっぷり。純烈と東京お台場 大江戸温泉物語の距離感

2020年元日、2度目の紅白歌合戦出場を終えた純烈は渋谷のNHKホールから東京お台場 大江戸温泉物語に移動し、凱旋ライブをおこなった。言うまでもなく、会場スタッフにとってもその日は長丁場となる。

大晦日は朝から純烈のファンと思わしき人たちが徐々に集まり、中村座を休憩所に当て大画面で紅白の模様を流した。そのまま主役の到着を待って、朝方にかけてのステージ(撮影会含む)へと突入していった。

朝までコースとなるのは確実にもかかわらず、純烈から打診された時は「どうぞやってください」と二つ返事。ある程度のスケジュールはもらっていたが、じっさいのところ何時に着いて、ライブ後の撮影会を含めると正確な終了時間はわからない。

それでも「何時ぐらいになるかねえ」などと言いながら、スタッフの皆さんは純烈を待った。そんな凱旋ライブも締めに入ったところで、景気のいいクラッカーが打ち鳴らされた。

これは、東京お台場 大江戸温泉物語側が用意したサプライズ。2度目の紅白出場を祝う意をこめてステージに登場したのが、同スタッフの榎本康太さんだった。

「最初はメンバーの誕生日を祝うことから始まったんです。お客様がどんどん増えていく中で何かコラボレイトできればと、CDを購入いただいた方にノベルティをプレゼントするところから関係性を築きつつ、2019年6月のリーダーの誕生日からサプライズをやろうと、ステージでケーキを渡しました。その役を、今はファンの皆さんと一番近いところにいる彼がやっています」(企画販促マネジャー・平澤誠さん)

コアな純子の皆さんに「エノモっちゃん」と呼ばれ親しまれる榎本さんは、東京お台場 大江戸温泉物語におけるイベントで照明を担当している。照明のオペレーションは未経験だったが、ライブへ携わるようになって一つずつ学んで身につけていった。もともと音楽好きで吹奏楽をやっていたことから、音を聞き分ける耳がこの仕事で役立っているという。

「純烈さんの曲は全部聴いた上で、この曲であればどういう世界観なのかを考えながら照明を決めています。そういうのも音楽が好きだからできているんだと思っています」

東京お台場 大江戸温泉物語における最初のライブのみ、ラウンド中のメンバーをスポットライトで追った。確かにそうした方が幻想的に映る。

だが、ライブ後にマダムから「明かりの色がねえ……」と言われた。写真を撮る側に言わせると、スポットを当てると角度によって顔半分が写っていないような絵になってしまう。

それを踏まえ、よりいい写真を撮ってもらうべく次からは中村座の地明かりをつけるようにした。また、ステージ後方に貼られた“純烈”の巨大文字によるバックドロップも、箕面温泉スパーガーデンでやっていると自分たちで製作し、2回目のライブから使用し続けている。

◆マネジャーの母校の校歌まで覚えて歌う

こうしてともにライブを作る一員となりながら、榎本さんは10月の後上翔太より各メンバーの誕生日に近いステージを迎えると、何も知らせず登場してはバースデーケーキをプレゼントしている。新型コロナウイルスによる自粛前の今年2月10日は、小田井涼平とともにマネジャーの山本浩光もその月ということで祝ったのだが、練り込みっぷりがすさまじかった。

「山本さんの母校である宇部商業高校の校歌が、学校のホームページにあったのでそれを聴いて憶えて、歌ったんです」

この時は、メンバーにあらかじめ作戦を伝えて山本本人にだけ言っていなかった。「えっ、なんでエノモっちゃんが俺の母校の校歌を知っとんの!?」と、2m級の巨体をあたふたさせる様子が目に浮かぶ。

こういう仕掛けには率先して食いつく純烈だ。当然、榎本さんはステージ上でいじられる。そのうち、ファンにも認知されマダム連から声をかけられるようになったのだ。

「声をかけてくださるのはだいたい同じ方なので、顔も憶えています。なぜかメンバーでもない自分を写真に撮ったりと、友達感覚で接してもらっています。最初は、親よりも年齢が上だけにどう接したらいいかとも思いましたが、そのうち慣れてきて今ではいろんなことをライブ前や終わったあとに話しますね」

こうした距離感によって、ファンの間でも東京お台場 大江戸温泉物語が純烈のホームグラウンドとの認識が深まっていったのだろう。サプライズのアイデアについても、純烈が一緒になって面白がるから成り立つと平澤さんは言う。

クラウンレコード・アーティスト担当の新宮崇志が、凱旋ライブでステージ上へ引っ張り出され『プロポーズ』を歌った時と同じように、榎本さんも紅白出場歌手との共演という実感はないらしい。用意したサプライズをちゃんとこなせるかで一杯いっぱいとなり、同僚の今井あきさん(企画販促広報)が見ても「ものすごく緊張しているのがわかる」ほどの状態だからだ。

それでもメンバーの誕生日を祝い、紅白出場も自分のことのように喜べたから榎本さんはステージへと歩を進める。6・23無観客ライブはDVD収録が入っていたため、3日前に45歳となった酒井一圭へ楽屋でバースデーケーキを差し入れた。

酒井に言わせると、こうした関係はかつて窓口を務めた安田拓己元支配人と山本マネジャーの間で築かれたものが、他のスタッフやメンバーに伝播したとなる。

「純烈にとってそういう会場があるとないとでは全然違ってくる。俺の中に、いつかお風呂場でライブをやりたいというのがあるんですよ。スーパー銭湯アイドルと言いながら、今まで湯船に浸かりながらやったことはない。それほど自由が効くのは自前の場所を持つのが一番だから、純烈で健康センターを持ちたいって思うんだけど、大江戸温泉でもやれたらいいよね」

東京お台場 大江戸温泉物語でライブをおこなうと、酒井は必ず風呂に入り垢すりをやってもらう。湯船でたまたま一緒になったファンと話したり、開演15分前までエステを受けてほっかむりをつけたままステージへ上がり、メンバーに突っ込まれたりしたこともあった。時計かと思ったらロッカーキーだったなどというネタもお手のものだ。

そんな純烈も、さすがに風呂にへ入りながらオーディエンスを相手に歌ったことはない。酒井のプランを平澤さんに伝えると……。

「面白いですね! 系列の『浦安万華郷』が水着着用で入る施設なのでいいかもしれないです。そういう企画には便乗していきたい。可能な限り対応します。ふとした会話から生まれたものが軌道に乗って、できることもあると思うんです。

私どもの方として純烈さん関連でやってみたいのは、ディナーショーですね。ここ(座敷形式の中村座)では難しいですけど、これも弊社のグループの施設で可能なところがあれば実現させたいと思います」

コロナ対策で休館していた東京お台場 大江戸温泉物語も、無観客ライブ後の7月17日より営業を再開。とはいえイベント関連はまだ一切予定を立てていない。

休館中も、純烈のファンから「早く再開できるといいですね」と励ましの言葉が贈られた。その声へ応えるためにも、有観客ライブの一発目をやってもらいたいと願っている。

撮影/ヤナガワゴーッ!

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー ~純烈物語」]―

【鈴木健.txt】

(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxtfacebook「Kensuzukitxt」blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』が発売

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