愛し合って結婚したはずなのに、今や「早く死んでほしい」と願うまでに。
『夫は、妻は、わかってない。夫婦リカバリーの作法』(SYNCHRONOUS BOOKS ワニブックス) は、限界に達した「夫・妻」の処方箋。もつれてこじれた夫婦関係を修復に導くのは、夫婦カウンセラーの安東秀海さんです。

夫は、妻は、わかってない。 - 夫婦リカバリーの作法 -(SYNCHRONOUS BOOKS ワニブックス) 安東秀海(著)
◆愛が憎しみに変わるまで
妻とともに夫婦専門のカウンセリングオフィスを主宰する安東さんですが、サポートしてきた夫婦はなんと2000組。
感情のすれ違いや性的な不一致まで、赤裸々ともいえる相談内容を適切に解きほぐしていきます。崖っぷちを飛び越えた先には、新たな夫婦の形がありました。
◆こじれた夫婦の3つの領域とは
「なぜ、夫婦の問題はこんなにも改善が難しいのでしょうか?」。この言葉を、安東さんはカウンセリングの最中に幾度も聞いたそうです。相談の発端は「浮気や不倫、セックスレスからコミュニケーション不足まで」多岐にわたりますが、問題の本質はそこにはありません。
なぜ浮気や不倫をしたのか。なぜセックスレスなのか。「なぜ?」に向き合わず、上辺だけを正そうとしても、また同じことを繰り返す可能性があります。
安東さんは問題となっていることを「コミュニケーション」「価値観」「感情」の3つの領域に分類し、最適な取り組みを探っていています。さっそく領域ごとの実例を見ていきましょう。
◆夫に早く死んでほしい
最初に取り上げるのは、「夫に早くあの世に逝ってほしい妻」。
相談内容をまとめると「夫はマスコミ関係勤務、妻は専業主婦、小4と年長の女の子との4人家族。結婚14年目。育児はワンオペ、コミュニケーションも話し合いもなく、妻は長年孤独を抱えている。子供を思うと離婚に踏み切れない」。
よくある問題ともいえますが、根深く潜む本当の問題は何なのでしょう。

写真はイメージ(以下同じ)
本書は相談者と安東さんとの対話形式で進んでいきます。対話の中で妻は「すごく大好きな人と結婚した」と言いつつ、「今は一緒にいたくない」と苦悶(くもん)しているのです。
「子供がいなかったらずっと楽しい夫婦生活が送れていただろうと思う」とこぼす妻ですが、はたしてそれは真実でしょうか。
◆意思疎通ができないのが問題
安東さんの見解は「感情の問題」。夫は仕事、妻は子育て。お互い忙しい中で言えなかったこと、聞いてもらえなかったことが「わだかまり」となって、大きく膨(ふく)らんでいったのです。
「感情の問題」を子供の存在にすり替えて、つらすぎる本質を無意識に避けていたのかもしれません。夫婦が向き合うべき事実に、妻は気づいたのです。
「夫婦にある問題のほとんどが、愛情が基盤になっている」と安東さん。「死んでほしい」という妻の思いも愛情の裏返しなのです。無関心だったら、憎しみという感情もわきませんよね。
わかってほしい妻とわからない夫。夫婦間で意思疎通ができないのは、相当なダメージです。そこで安東さんが提案するのが「アイメッセージ」。
たとえば「どうしてあなたはわかってくれないの」といった、あなた(YOU)が主語になる「ユーメッセージ」は抵抗感が生まれるといいます。
片や「私はあなたにわかってほしい」といった私(I)が主語になったメッセージは、相手にすんなり伝わるというのです。
今回の場合、現状維持をしつつ、妻自身の心のケアを同時に行う、という結論になりました。夫への愛情とやるせなさで苦しむ妻の心を、安東さんは労(いた)わったのです。
◆セックスレスは本当にそれだけの問題なのか
次に取り上げるのは、「10年間、セックスを拒否され続け心の折れた妻」。相談内容をまとめると「夫は40歳で営業職、妻は38歳で専業主婦。7歳と2歳の子供の4人家族。子づくりのための計画的なセックス以外は10年間セックスレス。育児や家事も夫は不参加で、無視されてきた」。
セックスレス問題は本当によく耳にしますが、問題の本質は必ずしもセックスそのものではなさそうです。今回は、相談者夫婦と安東さんの3人の対話形式で解決策を見出していきます。

妻はすでに夫とのセックスをあきらめており、夫は妻の不機嫌の原因はセックスにあると信じています。ここで夫婦のズレが判明しました。
セックスさえすれば機嫌がよくなる、この主張は妻側、夫側、双方で聞かれますが、夫婦間のセックスってそんなに単純なものではありませんよね。
妻の心の根底にあるのは、「夫の関心の低さ」。10年来続く妻への関心の低さが積もり積もった末に、離婚という終着点を選びかけているのです。妻にとってもはや、セックスレスはきっかけに過ぎないというのに。
◆自分自身を受け入れてもらえていない感覚に
確かに、結婚して数年はセックスレスそのものが問題になっていたのでしょう。しかし年月が経つにつれ、妻の不満は別の問題に入れ替わり、セックスレスは過去の問題となりました。とはいえ、夫は妻の心中は想像もつかず、いまだにセックスレスのみに焦点があたっているのです。
「セックスレスの悩みは、時に自分自身を受け入れてもらえていない、大切に扱ってもらえていない感覚にまで繋がる場合がある」と本書。
夫婦にとって大切な営みであるだけに、セックスだけがクローズアップされてしまい、本質的な問題が隠れてしまう恐れもあるのです。いつも傍にいる、近しい相手だからこそ、セックスが盲点となってしまうのかもしれません。
◆知っているようで知らない夫と妻

好きだから、この人と将来を共にしたいから、年を重ねても一緒にいたいから。人生のパートナーとなるべく結婚したのに、どうして愛する伴侶が悩みの種になってしまうのでしょう。
離婚という選択が悪いのではないのです。でも本書に登場するご夫婦は、愛情が枯渇したわけではないのです。
「夫に借金が発覚」「オンラインゲームに夢中な夫」「不倫をしていた夫」等々、事情を抱えながらも日常生活を平穏な頃に戻そうと努力する妻の叫びに、つい泣けてきてしまいます。
夫婦関係修復か、現状維持か、離婚か。決めるのは本人ですが、「なぜ?」を放置したまま生きていくのはつらいです。
「封印して、我慢して、なかったことにして、ごまかして、問題を遠ざけて歩いていくには、人生の道程は長すぎると思うのです」
安東さんの最後の言葉が、なんとも重く、リアルに刺さります。
<文/森美樹>
【森美樹】
1970年生まれ。少女小説を7冊刊行したのち休筆。2013年、「朝凪」(改題「まばたきがスイッチ」)で第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)を上梓。Twitter:@morimikixxx