若松勉は「周りに耳を貸しすぎた」。楽天監督説が流れた八重樫幸雄にショックなひと言

若松勉は「周りに耳を貸しすぎた」。楽天監督説が流れた八重樫幸雄にショックなひと言

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  • 更新日:2021/04/08
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【どんなに故障していても、常に万全の準備をしていた】

◆大打者・若松勉は広岡達朗に認められず。「しばらくの間、一緒にいたくない」

――今回も若松勉さんについて伺っていきます。前回は、入団当時について尋ねました。若い頃から体も丈夫で、才能に溢れていたとのことでしたね。

八重樫 若松さんは19年間の現役生活で、力を抜く、手を抜くことは一度もなかったですね。ベテランに差しかかって故障がちになった時も、晩年の代打生活でも、若松さんは決して手を抜かなかった。その姿はほかの選手たちに、ものすごくいい影響を与えていたと思います。

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1999年からヤクルトの監督を務めた若松勉(左)と、一軍打撃コーチの八重樫幸雄(右)

――確かに、常に全力プレーを心がけていた姿は、ファンにもよく伝わっていました。

八重樫 少しずつ出番が減ってきた時期でも、「いつでも先発出場できるぞ」という準備をしていました。自分がどのように起用されるかは、その時々の監督に任せてはいたけど、それでも準備は常に万端でした。

――晩年は故障に苦しめられていた印象がとても強いです。

八重樫 最初は外野フライをダイレクトキャッチしようとして肩を負傷して、それ以降は、いちばん厄介だったのが腰でしたね。それまで、「痛い」なんてひと言も口にしなかった若松さんが、代打専門になる頃から「痛い」と口にするようになっていた。腰の骨、あるいは背骨がズレていたのかな?

――どういう意味ですか?

八重樫 バッターボックスに入った時、いつもと動きが違っていたんです。だから、「若松さん、どうしたの?」って聞いたことがあったんだよね。そうしたら、「うまくハマらないんだ」と言うんです。バッターボックスに入ってバットを構える。そして、スイングをする。この一連の動作がスムーズにできなくなっていたようなんです。あれは、かなりつらそうでした。

【奥ゆかしすぎる姿勢が、とてももどかしい】

――若松さんは「ミスタースワローズ」と言われていましたが、リーダーシップはどうだったんですか?

八重樫 僕からしたら、「もっと言っていいのに」と思っていました。あれだけ実績があって、練習態度もよくて、プライベートでも後輩たちから慕われているんだから、若松さんの言うことならみんな何でも聞いたと思うんですよ。でも、若松さんは決して前に出ようとしなかったな。

――八重樫さんからすれば、見ていてもどかしかったんですか?

八重樫 もどかしいですよ。僕らが、後輩に対して「おいお前、それは間違ってるぞ」って強めに言ったあと、「若松さんからも言って下さいよ」と頼んでも、「いや、オレが言っても......」とか、「もう十分わかったんじゃないかな......」という感じなんです。遠慮して何も言わない。それは本当にもどかしかった(笑)。

――でも、その奥ゆかしさこそ、若松さんだという気もします。

八重樫 そうなんです。それが若松さんなんですよ(笑)。持って生まれた性格は変わらないんだろうね。だから、僕らは現役を引退して首脳陣になった時でも、「若松さんに恥をかかせないように」とか、「若松さんのために」という思いで頑張れたんだと思います。

――似たようなことは、かつて古田敦也さんが言っていました。「若松さんは、みんなが勝たせたくなるような監督なんです」って。

八重樫 まさに、そんな感じでしたよ。みんなが「若松さんのために」という思いになる監督でした。その点は、いい悪いじゃなくて、前任のノム(野村克也)さんとはまったく逆のタイプだった。だけど、せっかくそんな思いで若松さんを支えていたのに、一度だけショックだったことがあるんだよね......。

【「楽天初代監督」報道の際のやり取り】

――それは一体、どんな出来事なんですか?

八重樫 2005(平成17)年に楽天ができた時のことです。

――あぁ、「楽天初代監督に八重樫氏?」みたいな報道があった時のことですね。

八重樫 そう。その頃、ヤクルトは若松監督時代で、僕は打撃コーチだったんだよね。「楽天監督就任報道」が出た時のことなんだけど、若松さんに呼ばれて、「実際どうなんだ?」って聞かれたんです。

――実際のところ、監督オファーはあったんですか?

八重樫 全然、ないですよ。根も葉もないウワサ話だったんだけど、若松さんに「実際はどうなんだ?」と聞かれたのはショックだったな。だって、もしもそんな話があったら、真っ先に若松さんに報告していますよ。「信頼されていなかった」とは思わないけど、ちょっとだけ寂しかったな。

――長年、若松さんの近くに仕えていて、「監督・若松勉」というのは、どんなタイプの指揮官だったんですか?

八重樫 やっぱり、監督になってからは厳しくなりました。「優しすぎる監督」というのは難しいから、それは当然のことだと思います。ただ、ちょっと残念だったのは、周りの意見に耳を貸しすぎること。監督になると、付き合いが広くなるので仕方ない部分もあると思うんだけど、いろいろな人が寄ってきて根も葉もないことを言ったり、人の悪口や陰口を吹き込んだりするヤツが、たくさん周りに出てくるんですよ。

――そういう人たちがやっぱり登場するんですね。

八重樫 若松さんは気が優しいタイプだから、「そんなこともあるのか」と耳を貸して信用することもあるんです。そうなると、決断力も鈍ったり、誤った判断をしてしまったりするから、シャットアウトすべき意見はシャットアウトしなくちゃいけなかったと思います。

――当然、判断力、決断力に影響が出るでしょうね。

八重樫 野村さんのもとで「監督学」を勉強してきた若松さんだけど、決断は遅かった。慎重派だったし、心配性でもあったから、どうしても決断は遅くなるのもわかるんですけどね。でも、選手思いのいい監督だったし、僕たちコーチにも気を遣う監督でした。すごくやりやすい監督でしたよ。

――現在は若松さんも、八重樫さんもすでにユニフォームを脱いでいます。2人の関係性に変化はありましたか?

八重樫 今は年に1度か2度くらい会う程度だけど、長い関係だからまったく変わらないですよ。以前、沖縄キャンプで会った時、若松さんは臨時コーチだったんだけど、僕の姿を見つけて「おいハチ、お前も手伝ってくれよ」と言われました。僕はあいさつに顔を出しただけだったので、「僕はお金をもらってないんだから、ワカさんが責任を持って教えなよ」と返しました(笑)。年齢は若松さんのほうが上だけど、まったく偉そうな態度をとらない、とても気さくな先輩ですね。

(第61回につづく>>)

長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

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