内村航平3月12日に引退試合 「痛い体にムチ打って」最後の6種目

内村航平3月12日に引退試合 「痛い体にムチ打って」最後の6種目

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2022/01/14
No image

現役引退会見を終え花束を手にする内村(撮影・河野匠)

異例の引退試合でフィナーレを迎える。体操ニッポン男子のエースとして12年ロンドン、16年リオデジャネイロ両五輪で個人総合金メダルの内村航平(33=ジョイカル)が14日、都内で引退会見に臨み、3月12日に引退試合を行うと発表した。世界の体操界に君臨し、先駆者にもなった「キング」。この2年は鉄棒に専念してきたが、最後は6種目を演じ抜いて、長き戦いを終える。

最後の最後、信念をよみがえらせる場が準備されていた。「本当の引退は3月12日なんで…」。会見の冒頭、内村が照れたように、引退会見が終わりではないと明かした。「この全身痛い体にムチを打って、6種目やろうと思ってます」。

鉄棒だけではない。床運動、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒まで。「体操は6種目やってこそ」。この2年は両肩痛などで種目を絞らざるを得なかったが、「最後、鉄棒だけやって終わるのも、自分じゃない気がする」。16年に日本初のプロ体操選手になるなど、結果とともに開拓者でもあった。終幕も同じ。「最後の舞台をやった選手はいなかった。目標にしてもらいたい」と後輩に伝えたい。東京体育館で、仲間も呼ぶ。リオ、東京の代表選手などを募る。採点なしのエキシビション方式だが、「美しい体操」ここにありを体現する。その名も「KOHEI UCHIMURA THE FINAL」。

競技者として最後の試合は昨年10月の世界選手権になった。生まれ故郷の北九州市で、決勝の鉄棒は6位。ただ、「世界王者、五輪王者として決めて当たり前と思ってきた」と誇る、ぴたりと止まる着地で会場を沸騰させた。「これが最後かな」と引退を決めて臨んでいたという。昨夏の東京五輪で予選落ち。その後に「このままだと先が見えない」「もう世界一の練習をやるのは難しい」と心身の限界を感じた。

「今後は競技者ではなく演技者として、体操に関わる全てのことをやっていけたら」。普及活動など、全てが新たな挑戦になる。そしてその第1歩が、引退試合にもなる。「終わりでもあるし、始まりでもある」と楽しみにする。

両親が体操の指導者で実家の体操場が遊び場だった。3歳で始めて約30年。「これだけ体操というもので内村航平が作られて、人間性もそうだし、競技も結果としてすごく残せたし、感謝している気持ちを返していかないといけない」と今後も、体操と歩む。

いまも新たな技を試み、その魅力を感じ続けている。競技者の終わりは、終わりではない。「極めるとかいう次元より、もっと上の所までいきたい」。人生が続く限り、追い求めていく。【阿部健吾】

◆内村航平(うちむら・こうへい)1989年(昭64)1月3日、福岡県生まれ。3歳から両親が運営する長崎県諫早市の「スポーツクラブ内村」で体操を始める。東京・東洋高から日体大に進学し、11年にコナミスポーツ入り。16年12月にプロ転向。五輪は08年北京大会で個人総合と団体で銀、12年ロンドン大会で個人総合金、団体と種目別床運動で銀、16年リオデジャネイロ大会では個人総合で2連覇、団体で金。世界選手権は09年から個人総合6連覇。162センチ、52キロ。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加