
別荘地に家を買った
AさんとMさんは子供のいない共稼ぎご夫婦。夫婦共通の趣味は山歩きで、良く訪れたN県が大好き。登山帰りに電車でビールを飲みながら「老後はN県に住もうか?」と言い合っていた。
そして迎えた定年(Aさん60歳)、思い切って自宅マンションを売却し、N県の山の中にある別荘地に夫の退職金をつぎ込んで土地を購入し、念願であった薪ストーブのある家を建て移住した。お金は2300万円ほどかかった。

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別荘地を選んだ理由は隣近居のつき合いが煩わしいのと、管理がキチンとしていることだった。近隣のトレッキング、山並みを見ながらの朝晩の散歩。近場に温泉地もあり、買い物は週に1回のまとめ買い、雪かきや薪割りなど多少の不便はあったが楽しい老後だった。
しかし、その3年後、二人は思わぬ災難に巻き込まれてこの家を手放さざるを得なくなるのだった。
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最近、週刊誌のトップ特集に「老後の住み替え」が大きく取り上げられていることが多い。私は新聞の広告で読むくらいなのだが、世間の関心事ではあるのだろう。かなりパターン化していて「何々してはいけない」という論調で「自宅は売るな」と言ったり「住み続けるな」と言ったり、「荷物は捨てろ」と言ったり、「荷物は捨てるな」と言ったり真逆の事がいろいろと書いてある。読者はきっとその中から自分の意に沿う記事だけを読んでうなずいているのだろう。
老後といっても人それぞれだが、65歳から介護が必要となるまでの20~30年を「自立期の老後」と言う。この老後のために納得できる住まいに住み替えること自体は良いことだ。でも失敗したくない、誰かに強く勧めてほしいという不安の表れがこのブームとなっているのだと思う。
小さな家に住み替えよ
私はファイナンシャルプランナー(以下FP)になって12年になるが、FPを始めたのが52歳と遅かったので、お仲間だと思われるのか「老後の相談」が多く、もちろん住み替えの相談も良くある。それぞれ事情を良く聞いて、ケースバイケースで対応する。
しかし、基本となる私のスタンスはかなりハッキリしていて、2015年に出した「老後のすまい ─老後の自立は小さな家から」(電子書籍 キンドル版 300円)で書いたとおり、老後の住まいとして便利な場所の小さな家(マンション・戸建て)への住み替えをお勧めしている。
FP相談における「老後の住み替え」というと、そろそろ「老後」を意識する50~60歳ぐらいの方たちからの相談がメインだ。独身の方や子供のいないご夫婦、子供のいる方もこの年齢になると子育てが終わり、ほとんどの方が単身か2人、そしてまだ年金生活ではないから働いている。持病はあってもまだまだ気力・体力・財力が充実している世代だ。住み替えの希望を聞くと、大別して2つに分かれる。ひとつは「自己実現型」、もうひとつは「現実型」である。
自分も親の介護(8年間の遠距離介護)と死別を経験する前は、老後のイメージはかなり漠としたものだったので無理もないが、「自己実現型」の希望を聞くとかなり楽しげである。「釣りが好きなので海の近くに住みたい」「山小屋みたいな家に一度住みたい」「子供や孫、友達が気楽に泊まれる広い家がいい」「老後はのんびり農作業したい」「海外移住したい」など。
もう一方「現実型」は親の介護や自分自身が大病したなど、老後の意味や体が弱った現実を知っている方たちだ。もちろん混在している場合もある。
どちらが良いとか悪いとかいう問題ではない。「自己実現型」の方のお話は本当に楽しそうで、きっと釣りや農業や田舎暮らしの雑誌をパラパラめくりながら、厳しい仕事に堪えているのだろうと思うとつい応援したくなる。
でもそこはFPなので「住み替えでやりたいことがありそれができるのなら、後で悔やむよりやった方がいいですよ。でも必ず『撤退準備』もしてくださいね。特に撤退できるだけのお金は残さないと大変なことになりますよ」とアドバイスし、キャッシュフロー表(年ごとの収支を一覧にした100歳ぐらいまでの資金繰り表)を作って撤退後の見通しをつける。
何故こんなアドバイスするかというと、こうした「自己実現型」の住み替え先の多くは、自分で運転できなくなると生活できない土地が多いからだ。どんなに自然が豊かで素晴らしい環境でも運転ができなくなれば買い物、病院通いが出来ず生活が暗転する。だから撤退は自分で運転できなくなってからになる。厳しいけど現実だ。
そこで今回は今までの相談の中から、この「自己実現型」と「現実型」の住み替えを取り上げよう(FP相談は守秘義務があるので内容はかなり変えてあります)。
冒頭でご紹介したAさんは「自己実現型」の典型的な例だが、冒頭で予告した通り、その後、思わぬ事態に見舞われる。
その詳細については【後編】「2300万円で「地方移住」した夫婦、二人を襲った「思いがけない悲劇」」でお伝えしよう。