一芸に秀でずとも、多芸で勝負

一芸に秀でずとも、多芸で勝負

  • JBpress
  • 更新日:2021/02/22
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これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)

前回の記事はこちら(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64063

平成19年:60歳

還暦を迎えた年、恭平は一念発起してトライアスロン大会に初挑戦した。

と言っても選手としてではなく大会実行委員長としての挑戦だったが、トライアスロン大会の開催を通じての新たな出会いは、予期せぬ感動と勇気を与えてくれた。

「なぜ、こんなに過酷なスポーツを選んだのですか?」

恭平の問いに上位入賞したアスリートが答えた。

「それぞれは一流でなくても、三種目総合すれば、一流になれるチャンスが魅力かな…」

(成程!)

妙に納得させられる一方で、確かにトライアスロンのレースは過酷だけれど、その大会運営も競技に負けず劣らずタフなことに、少なからぬ自負を抱いていた。

大会開催の第一関門である道路使用許可に次いで、資金調達という最大のハードルが立ちはだかっていたが、実はここでも恭平は、密かな勝算を胸に秘めていた。

一つは、山上五郎市長から「市政20周年記念事業の一環とすることで、1000万円は出そう」との約束を取り付けていた。

さらに、寿建産業の中沢会長からも「美術館をゴール地点にしてもらうのだから…」と協賛金1000万円の内諾をもらっていた。

資金調達に一応の目途を立て、本格的に活動をスタートさせて1年数カ月、やっと道路使用許可の認可を得た恭平は意気揚々と中沢会長を訪問した。

中沢会長は胃癌の手術を機に、商工会議所では名誉会頭、会社では名誉会長に退くなど一切の役職の第一線を退いていた。

「いやぁ、役職に名誉が付くほど不名誉はないなぁ。名前だけの肩書だけを与えられ、権限は全て剥奪されてしもうた。済まんが、例の協賛金は100万円で勘弁してくれ」

「えっ、いきなり100万ですか…」

「申し訳ない。本当は100万円すら儂の勝手にはならんのじゃ。勘弁してくれ」

「いえ、ありがとうございます。足らずは何とかして、必ず成功させます」

痩せ細り背を丸め車椅子に座る中沢名誉会長に心配かけまいと、虚勢を張りながらも途方に暮れた恭平だったが、ふと連想ゲーム的に小さな光明を見出し目を輝かせた。

10年程前、ある投資会社の主催で、これから上場を目指そうとする経営者へのセミナーが広島で開催されたことがある。

そのセミナーの講師が、東証1部上場企業のトップである当時の中沢社長だった。

上場に殆ど関心は無かったが、中沢会長の講話とそこに集まる10人足らずの経営者の顔ぶれに興味を惹かれ、誘われるままに恭平は参加した。

そして、マンションの販売事業で躍進するシティーコーポレイションの森園博之社長と隣り合わせに座り、住宅販売に革命を起こすと気負いもなく語るストイックな経営姿勢に感服させられ、一回り以上の年齢差をも超えた友だち付き合いが始まった。

当時、ダイナーウイングとシティーコーポレイションとの売り上げは共に100憶円足らずだったが、その後のシティーコーポレイションの成長ぶりは凄まじく、あっと言う間に東証1部上場を果たし、経済界の寵児ともてはやされるまでになっていた。

中沢名誉会長の部屋を出てエレベーターに乗り込んだ恭平はポケットから携帯電話取り出し、森園社長の電話番号をプッシュして面会のアポを取った。

「甘宮市で開催されるビッグイベントに、広島に本社を置く会社がしゃしゃり出たりしたら、弊社が嫌われてしまいますよ」

初のトライアスロン大会へのメインスポンサーを懇願する恭平への返答は、当然ながら乗り気薄のつれないものだった。

「そんなことはない。好感を持たれこそすれ、嫌われる訳がない。それは私が保証する」

「それでは、弊社にとって1000万円を出すことのメリットは何ですか」

「う~ん。正直言って特別のメリットはない。1000万円ではメリットは小さいが、1500万円出してもらえば、大きなメリットがある」

「500万円追加するメリットって、何ですか?」

「御社の提供で、テレビ番組を放映する。過酷なレースに果敢に挑戦するアスリートたちの姿とシティーコーポレイションの企業イメージが重なり、きっと共感を呼ぶはずだ」

「解りました。その線で取締役会に懸けてみましょう。でも、結果は約束できませんよ」

「ありがとうございます」

「礼を言うのは早過ぎますよ」

簡略な企画書を手渡した数日後、森園社長から電話があった。

「テレビ番組付きでお願いします」

「有り難い。必ず成功させ喜んでもらいますから、期待してください」

飛び跳ねたい程の気持ちを抑え、電話を強く握り締めたまま恭平は深々と頭を垂れた。

大会前日の夕刻、宮島の対岸にある競艇場を借り切って、開会式と前夜祭が開催された。

山上市長をはじめ来賓の挨拶の後、実行委員長として恭平は登壇しマイクを握った。

「誰もが無理だと言ったトライアスロン大会が、甘宮市で開催されるなんて殆ど奇跡です。この奇跡を起こしたのはほかならぬ皆様です」

「市街地を駆け抜けるコース設定…膨大な運営資金の調達…2000人以上のボランティア確保…300人近くの選手登録…数多くのハードルをクリアできたのは、県警や海上保安庁、シティーコーポレイションをはじめとする協賛各社、各方面からのボランティア、そして参加選手の皆様、全ての皆様のお陰です」

「何しろ初めての試みですから、未だ懸念事項が数限りなくあります。そこで一つだけ選手の皆様にお願いです」

「明日、皆様に飲料やバナナなどをお渡しするボランティアは、誰もがトライアスロンを見るのも初めてです。1カ月前から練習して参りましたが、きっと力走する皆様にご迷惑をお掛けすると思います」

「でも、誰もが一生懸命ですから、たとえ上手く渡せなくても、決して叱ったり舌打ちしたりしないでください…」

言わずもがなの先走った老婆心を訴える最中、突如として選手の一群から湧き起こった拍手と「大丈夫だよ!」「心配するな!」の掛け声に恭平は目頭を熱くし、絶句した。

(こいつら、好い奴だな!)

大きく深呼吸して続けた恭平の言葉は、選手たちの雄叫びで掻き消された。

「ありがとう!皆さんの力で、この大会を日本一の大会に育てましょう!」

大会当日、旧5市町村を一本の線で結ぶ沿道には、予想をはるかに超える4万とも5万とも言われる観客が集い、熱い声援が飛び交った。

入賞者の表彰式と閉会式は、続々と後続の完走者がフィニッシュする中で挙行された。

タイムリミットの10数分前、閉会式で講評を述べるため仮設ステージに上がった恭平の目に、両手に杖を突きながら片足で懸命に走るアスリートの姿が飛び込んできた。

「皆様ご注目ください!地元甘宮市から参加された片足のアスリート、安本さんが間もなくフィニッシュされます!」

絶叫する恭平に促された観客が環視する中、フィニッシュのテープを切った安本さんが杖を投げ出して倒れ込んだ瞬間、嵐のような拍手と大歓声が湧き起こった。

大会の翌日、ハワイ島のコナ商工会議所から1日遅れで木製の盾が届いた。

全ての表彰が終わった後の栄冠を誰に贈ろうかと思案するまでもなく、多くの人に感動と勇気を与えた「片足の鉄人」安本さんに贈ることで衆議一決した。

マスコミを招待しての授与式での目撃談。

「あなたの信条は何ですか?」

インタビュアーの問いに答えた安本さんならではの言葉は、珠玉のメッセージだった。

「信条は『ネバー・ギブ・アップ!』です」

「私の考える『ネバー・ギブ・アップ!』とは、途中で投げ出すな!の意ではなく、何かを始める前から『できはしない』と諦めてはいけない!と言う意味です」

19歳の時に交通事故で左足の太腿から下を切断しながらも、スキーや水泳に挑戦し続けた安本さんの言葉だけに、胸に響いた。

数か月後、小学6年生が書いた『二十歳になったぼくへ』と題する作文が届けられた。

「前夜祭での掛け声」「片足での挑戦」「少年の作文」それらの一つひとつが、大会を継続、発展させていく使命感とモチベーションになった。

20歳になった今も、泳ぎ続けていますか。走り続けていますか。

安本さんや小田さんのように、強じんな体と心を持つ人間に成長していますか。

ふるさとを代表するような鉄人になることができましたか。

そして、何より、苦しい戦いの中でも「がんばります」「ありがとうございます」と感謝の言葉を言える、心の深い人間になっていますか。

ぼくの町では、今年からトライアスロンの大会が行われるようになりました。

父がボランティアで参加し、ジュースやバナナをバイクの選手に渡していました。

その父のそばで、選手たちの息づかいを感じながら応援することができました。

地元の鉄人と言われる安本さんや、水泳のコーチをしてくれている小田さん。

そして自分の限界に挑戦している他の選手にも、「がんばって」と声援を送ると、「がんばります」「ありがとうございます」などと声を返してくれ、疲れているだろうにすごいなぁと心で感じながら、とてもうれしかったです。

この時、ぼくの中で、温かくそして太いものが、ゆり動かされたのです。

これまで習ってきたあまり好きでなかった水泳もがんばり、中学生になったら陸上部に入り、長いきょりでも早く走れるように、長きょり走をがんばっていきたいです。

そして、20歳でトライアスロンに挑戦できるよう、一歩一歩前進していきます。

これまでの連載一覧:https://jbpress.ismedia.jp/search?fulltext=%E4%BB%8A%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B9

惣才 翼

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