
「台湾有事は日本有事」の危機が叫ばれる中、中国軍の本当の実力を解明することは喫緊の課題であり、中国の各種工作やマスコミなどの極端な論調に惑わされない冷静な判断が必要である、と元陸上自衛隊の樋口氏は言います。日本が直面する危機にどう備えるべきか、日本の安全保障・防衛体制強化の観点から考えます。本連載は、樋口譲次氏の著書『中国軍、その本当の実力は』(国書刊行会)を一部編集したものです。
「軍事活動への非公式の軍事編成及び民間軍事会社の関与」について
中国は、2010年7月に国防関連法制の集大成となる「国防動員法」を制定した。同法は、有事にあらゆる権限を政府に集中させるもので、民間の組織や国内外に居住する中国公民に対して、政府の統制下に服する義務を課している。国防動員の実施が決定されれば、公民と民間組織は、国防動員任務を完遂する義務を負い、軍の作戦に対する支援や保障、戦争災害の救助や社会秩序維持への協力などが求められる。
同法は、日本国内で就職している中国国籍保持者や留学生、中国人旅行者にも適用され、突発的に国防動員がかかった場合は、中国の膨大な「人口圧」がわが国の安全保障・防衛に重大な影響を及ぼさずには措かないため、これを深刻に受け止め、有効な対策を練っておかなければならない。
また、同法は、国が動員の必要に応じ、組織および個人の設備施設、交通手段のほか物資を収容及び徴収することができると定めており、その際の徴用の対象となる組織や個人は、党政府機関、大衆団体、企業や事業体などで、中国国内の全ての組織と中国公民、中国の居住権をもつ外国人をも含む全ての個人としている。
つまり、同法は、中国に進出している日本企業や中国在住の日本人をも徴用の対象としている点に注意が必要である。コロナ禍によって、マスクをはじめとする薬や医薬品、医療機器など、日本人の生命や国家の生存に関わる生活必需品や戦略物資が不足したことがある。
その原因は、例えば、中国でマスクを生産していた日本企業が中国の国防動員の徴用の対象となったことにあり、医薬品などを極度に中国に依存し、脆弱性を露呈した厳しい現実を決して忘れる訳にはいかない。
中国の「軍国主義化」について
他方、中国は、2017年に軍隊と民間を結びつけ、軍需産業を民間産業と融合させる「軍民融合」政策を国家戦略として正式採用した。
その狙いは、軍の近代化のために民間企業の先進的な技術やノウハウを利用することにある。中でも、最先端の軍民両用(デュアル・ユース)の技術を他国に先駆けて取得・利用することを重視していることから、民間セクターと軍事の壁を曖昧にし、あるいは排除して軍事分野に活用する動きを強めている。
このため、国有企業と民間企業の相互補完的な関係作りに取り組みつつ、米国の軍産複合体を目指すとともに、国有企業の規模・シェアの拡大と民間企業の縮小・後退を意味する「国進民退」を積極的に推進し、政府の官僚を「政務事務代表」としてアリババやAI監視カメラメーカーのハイクビジョン(海康威視)などの重点民営企業に駐在させ、政府官僚による民営企業の直接支配を進めている。
このような共産党一党独裁体制下での軍民融合は、軍事力の近代化・強化がすべてに優先する「軍国主義」化に拍車をかける危険性がある。
軍民融合政策と同時に警戒しなければならないのが、「国家情報法」である。同法は、「国家情報活動を強化及び保障し、国の安全及び利益を守るため」(同法第1条)、国内外の情報工作活動に法的根拠を与える目的で作られた。
その第7条では「いかなる組織及び国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助及び協力を行い、知り得た国家情報活動についての秘密を守らなければならない」と定め、国内外において一般の組織や市民にも情報活動を義務付けている。
つまり、中国は軍民融合政策と国家情報法を一体として運用しており、そのことは、日本や台湾の企業や研究者が意図せずして、あるいは気付かないうちに、中国軍によるドローンや人工知能(AI)などに係る民間の最先端技術や専門知識の取得を助け、新たなリスクを生み出す危険性があることを意味する。
このように、中国は、軍事活動に民間の組織や公民を動員する体制を敷き、また、軍の近代化のために民間企業の先進的な技術やノウハウを利用しようとして、民間セクターと軍事の境界を曖昧にし、あるいは排除して軍事分野に積極的に活用する動きを強めている。
樋口 譲次