金メダリストの常人離れの精神力 バドミントン高橋礼華の“強さ”支えた座右の銘とは?

金メダリストの常人離れの精神力 バドミントン高橋礼華の“強さ”支えた座右の銘とは?

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  • 更新日:2021/01/14
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リオ五輪で金メダリストとなった高橋礼華(奥)と松友美佐紀(手前) (c)朝日新聞社

日本バドミントン界初となる金メダルを『タカマツペア』(ダブルス・パートナーは松友美佐紀)として2016年リオデジャネイロ五輪で獲得した高橋礼華。2度目の五輪出場を目指し、2020年3月まで東京五輪代表レースに挑んでいたが、五輪開催延期の決定を受けて現役引退を決意。「ここでやめたら『逃げた』と思われるかもしれないけれど、私自身はやりきった」と8月の引退会見で語り、昨年末には結婚を報告した。めまぐるしい1年を経て、高橋が改めて振り返る現役生活とはどんなものだったのか? 金メダルを獲得した強さの裏側に存在していたもの、コートを離れて垣間見えた横顔を追った。

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高橋の名が一躍世間に広まったきっかけは、2016年リオデジャネイロオリンピック決勝戦の大逆転劇だろう。デンマークとの最終セット16―19という崖っぷちからの勝利。その瞬間、床に倒れ込んだ高橋の姿は印象的だった。逆転の引き金になったのは何だったのろうか。

「16-19になった時、ふとレスリングの伊調(馨)さんのことを思い出しました。選手村で決勝戦の前日に伊調さんが残り4秒の大逆転で金メダルを獲った試合を見たんです。大舞台でこうやって勝てたらヒロインになれるんだなって思っていました。その光景を試合中に思い出して、伊調さんはこういう場面から勝ったんだなと。ここで逆転したら私もヒーローになれるかも、1点ずつ行こうと……。18-19になった時、相手の顔を見たら引きつっていたので、とにかく攻めることだけ考えて気づいたら21点になっていました」

この戦いを制し、高橋は一夜にして念願のヒロインになった。その強さの裏側にあったのは強靭なメンタル。しかし当の本人は「メンタルが特別に強いと思ったことはないし、ただ当たり前のことを積み重ねてきただけ」と話す。どうやら強さの秘密は、この「当たり前」の裏に隠れていそうだ。

2012年ロンドンオリンピックで『フジカキ』(藤井瑞希・垣岩令佳)ペアがオリンピック史上初のメダル(銀)を獲得したとき。高橋は迷いひとつなく真っ先に「次は自分たちが金メダルを獲る」と思ったという。

「獲りたいとか、獲れるとか、そういう感覚ではなく『獲る』。そう思ってすべての時間をバドミントンに全力で費やしてきました。どんなに疲れていても練習で手を抜くこともないし、自分たちの都合で休んだこともない。自分たちはそれが当たり前だと思ってやってきました。強くなってくるとそれをやらなくなり、わがままを言う選手もいます。もちろん自分のコンディション管理は大切ですけど、強いからといって何をしていいというわけではない。特別扱いされるとそこに甘えも出てくると思うし。私自身は他人に迷惑をかけない、助けてもらわないという気持ちで練習に取り組んできました」

当たり前の積み重ね。まさにそれが金メダル獲得への信念だった。そう信じてやまずに突き進んできのたは、父親の言葉が背中を押してくれたからだ。

「昔からとくに憧れたり、影響を受けたりしたプレーヤーはいないんですけど、唯一座右の銘にしてきたのは、『試合では自分が一番強いと思ってやりなさい。練習では一番下手だと思ってやりなさい」という父の言葉でした。本当にそのとおりだと思います。試合では負けたらどうしようという気持ちでは勝てないし、練習中ライバルは自分よりたくさん練習しているかもしれない。自分たちはこれだけ練習してきたから、試合でも大丈夫だと思えました」

約13年間ペアを組んだ松友とのダブルスにおいても、コートの中でどっしり動じない雰囲気を漂わせ精神的支柱だった高橋。ネット型の対人競技であるバドミントンは、相手の心理を読んで駆け引きしながら、パートナーとも心技体をぴたりと合わせていかないと戦えないスポーツだ。「松友だからこそ勝てる」とパートナーを尊重してきた自身の想いと表裏一体で存在していたのは、自らの個のチカラを自立させることだった。

「現役時代を振り返ってみても、2人が一緒にすごく調子がいいというときはなかなかありません。たいていはどちらか1人の調子がよければ、どちらかは調子が悪いことが多い。そんなときは無理に合わせようとせず、調子がいいほうがカバーする。だからダブルスとはいえ、1人のプレーヤーとして成長していかないといけない。私自身は『高橋礼華』という1人のプレーヤーとしても『すごいプレーヤーだね』と言われるようにやってきました」

高橋は「誰とペアを組みたいか?」という質問の回答について、「高橋礼華のコピーと組みたいとずっと思ってきた」と明かす。自身のパートナーも含め他人に依存することなくバドミントンに熱中してきたことが、この言葉からよくわかる。

ラケットを置いてからは、試合解説や講習会の講師などバドミントンの伝道師として充実した日々を送っている。そんな生活の中でも現役時代に見せたメンタルコントロールは健在。初めて経験する試合解説においても、自分のできることに徹しているという。

「昨年末の全日本選手権で解説をやらせてもらいましたが、私はまだ2回目。一緒にやらせていただいた大先輩の小椋(久美子)さんはうまいのは当たり前で、私は当たり前に下手くそです。そこで比べて落ち込むよりも、私の視点や感想を楽しんでくれる人もきっといるだろうから、自分が思ったことを素直に伝えればいいのかなと思ってやらせてもらいました」

「自分にしかできない」という切り口では、高橋にはいずれやってみたいと思っていることがいくつかある。そのひとつが「カフェのプロデュース」だ。

「バドミントンの大会が開催される会場の近くに飲食店がないことが多いんです。周りに何もないと試合時間が長い中でお客さんも大変ですよね。今は無観客で開催されているのでいずれになりますが、試合を見に来てくれた方のために会場内にカフェやキッチンカーを出店したい。息抜きでいる空間をプロデュースして楽しませたいですね」

そしてもうひとつは、「バドミントン以外のことをやりたかった」という心が変化し、行き着いた「指導者」という仕事だ。高橋のバドミントン魂が、再び燃え上がろうとしている。

「あるテレビの番組で子どもたちを指導しました。それまで指導者になりたいという気持ちはなかったのですが、初めてジュニア世代の指導に関わりたいと思うようになりました。私が中高生だった頃とは強化の環境もすごくよくなっています。子どもたちからしたら、金メダリストに教えてもらえるのはうれしいと思うし、時には熱く、そして選手たちの心に寄り添える指導者になれたらいいなと思っています」

バドミントンの「タカマツペア」から「タカハシアヤカ」へ。新たなチャレンジは、金メダルに匹敵するほど高橋を輝かせるかもしれない。(文・吉田亜衣)

吉田亜衣

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