人工子宮での妊娠、出産はすでに起こっている......遺伝工学研究者が「大学は役に立たない」に反論する理由

人工子宮での妊娠、出産はすでに起こっている......遺伝工学研究者が「大学は役に立たない」に反論する理由

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/08/02

未来 というと何を思い浮かべるだろうか?

人によって、『ドラえもん』のヒミツ道具があふれる世界だったり、シリーズ最新作として近日公開予定の『シン・エヴァンゲリオン』のような荒廃した世界で人型決戦兵器が駆け回る世界だったりを思い浮かべるのかもしれない。綾波レイがガラス張りの液体が満たされた機械のなかでぷかぷかと浮いているシーンを見て、人工的な機械のなかでクローンなどの人体が育つ世界に未来を見出した人も少なくないはずだ。

そのクローンという言葉を作ったとされる生物学者のホールデン(J. B. S. Haldane)は、現代の漫画やアニメ、小説に出てくるようないわゆる「人工子宮」を用いたヒトの体外発生技術が2074年までに普及すると、1924年に発表された著書『ダイダロス あるいは科学と未来』のなかで想像している。

2074年というとあと50年かそこらしかないのだが、今回はそのようなテクノロジーがどの程度進んでいるかを紹介しようと思う。

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©iStock.com

人工子宮技術は2種類あり、それぞれで最近大きなブレークスルーがあった

人工的に子宮あるはそれに類似する構造を作りだし、動物の胎児を育てるための人工子宮技術(artificial womb)には大きくわけて2つの技術が存在する。

一つは、胎児を母親の身体とは別の人工の容器に入れ、栄養と酸素を送り、不要な物質を取り除きながら、体外で育てる技術で、子宮外環境システムとも呼ばれている。この技術は、通常生存率が著しく低い妊娠23週よりも早くに出産した超早産の新生児を救うための技術として研究開発が進められている。

2017年にフィラデルフィア小児病院研究所のPartridgeらは、バイオバッグ(Biobag)と呼ばれるプラスチック容器に無菌的な人工羊水を充填させ、その中にヒトの妊娠23週齢に相当する日齢の羊の胎児を置き、4週間体外培養した後で、自発呼吸できる子羊が「出産」されたことを報告している(参考文献1)。

人工の羊膜、羊水、胎盤を用意して、羊の胎児を体外で4週間培養、成長させることに成功した……と要約するとわかりやすいかもしれない。

この子宮外環境システム・EXTEND(EXTra‐uterine Environment for Neonatal Development)は、閉鎖系での人工羊水の循環の他に、心臓や血管などへのダメージを防ぐために、ポンプを使用しないガス交換システムが特徴となっており、彼ら以外にもいくつかの研究機関で実施され、その効果が確かめられている(参考文献2、3)。

10匹中4匹のウサギが妊娠、出産した技術

一方、もう一つの方法は遺伝的、あるいは事故など後天的な要因によって子宮を失った患者さんのために子宮を人工的に再建(復元)するための技術である。こちらは子宮の外科的な移植という方法で、すでにヒトでもいくつかの成功例が存在する。しかし、子宮の移植ではドナーを必要とすることから、どうしても実施できる数が少なくなるのと、移植手術が成功して出産できる確率がそれほど高くないことがわかっている。

ごく最近、ウェイクフォレスト大学再生医療研究所のMagalhaesらは、子宮を切除したウサギの元の子宮の形に合わせて、2種類の生分解性ポリマーを組み合わせた「足場」を作り、そこにウサギ自身の子宮内膜由来細胞を生着させ、元の子宮と同じように働くバイオエンジニアリング子宮(bioengineered uterine)を作製することに成功した(参考文献4)。

こちらは、子宮を失ったウサギの子宮を、生分解性ポリマーとウサギ自身の細胞を使い、ウサギの体内で復元し、交尾、妊娠、出産が可能となったと要約しよう。

彼らは、この再建されたバイオエンジニアリング子宮を持つ雌ウサギと、雄ウサギを交尾させると、10匹中4匹が妊娠し、正常な子ウサギを出産することができたと報告している。通常のウサギと比べると妊娠・出産の成功率は低下しているものの、ドナーを必要としない点、患者自身の細胞を利用して子宮を再建できるという点で、実用化が非常に期待でき、実際、論文中で臨床試験のための研究を継続していると記述している。

ちなみに、このウェイクフォレスト大学再生医療研究所は他にも人工膣など様々な再生医療技術の開発に成功している。

このように、現状としては私たちがSF的に想像する「人工子宮」は“まだ”実現しそうにはない。しかし、最近の研究成果は十分に私たちを期待させてくれるものであるといえるだろう。

人工子宮の実用化には倫理的な問題がある

これらの人工子宮の研究には予想していなかったような倫理的な問題が発生する可能性があることが報告されている(参考文献5)。もちろん、それぞれの研究は各研究機関や管轄の行政機関の倫理審査を受けて、厳しくチェックされながら実施されている。しかし、バイオバッグのように、これまでとはまったく異なる生殖の様式を提示する可能性がある場合(例えば、バイオバッグからの出産など)、ヒトへの応用は慎重に行う必要があるとRomanisは論じている。また、EXTEND の開発者であるPartridgeらも論文のなかで、バイオバッグ中の胎児を見ることによる母親の心理的な影響について考察しており、こちらの面での検討も必要になるだろう。

コールドスリープはどうだ?

人工子宮の他に、SF作品によく出てくる未来のテクノロジーといえば、宇宙探索時の液体窒素を使った長期人体保存技術「コールドスリープ」ではないだろうか。

ごく最近、筑波大学医学医療系/国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の髙橋・櫻井らと、理化学研究所生命機能科学研究センターの砂川らのグループは、体温と代謝を制御する新しい神経細胞群(Q神経)を発見し、それを人為的に興奮させることで通常冬眠しないマウスやラットを、冬眠によく似た低代謝状態(QIH)にすることができる「人工冬眠」についての研究成果を発表した(参考文献6)。

この研究については、私の文章よりも筑波大学の日本語プレスリリースが充実していて、とても分かりやすいのでそちらを参考にして欲しい(参考文献7)。

彼らはそのプレスリリース記事のPDF版で、この人工冬眠を宇宙探索へ応用する図を記載している。もうここでSFファンなら興奮するのではないだろうか?

私は遺伝子工学の他に、受精卵や卵巣組織を液体窒素下で保存するという低温生物学(cryobiology)がもう一つの専門領域なのだが、細胞や組織を液体窒素下で保存しようとすると、細胞内あるいは細胞外に生じた氷により、細胞や組織が物理的に破壊される凍結傷害(cryoinjury)が発生する。これを防ぐために、ジメチルスルホキシドやエチレングリコールといった凍結保護物質を使うのだが、これらの物質は保存しようとする細胞や組織が大きくなればなるほど細胞のすみずみまで浸透しないため、現状では大きな組織や生体などの液体窒素下での保存は不可能である。

一方で、髙橋らの示した人工冬眠による方法であれば、このような物理的な細胞傷害は起こりにくい。ひょっとしたら、本当に……と妄想するとワクワクが止まらない。私は常々「最新の科学技術研究は、それ自体が最高のエンターテイメント」と主張しているが、これらの研究はまさにそれであろう。

大学などの研究機関の研究に期待するものは25年後、50年後の未来

最近、「大学の研究が役に立たない」や「大学の講義がつまらなくて眠たくなる」といった実業家による大学や研究機関に対する辛辣な意見をいくつか目にすることがあった。

前の記事でも書いたように、私自身は民間企業で働いたり、短期間とはいえ自分の会社の経営を経験したりしたこともあるせいか、彼らの言っていることが100%間違っているようには思っていない。ただ、攻撃性の高い言葉を使って、多くの人の反感を買ってしまうのは、正直なところ上手な方法とは思えない。

今回紹介した技術は大学や病院の研究所などで行われてきた基礎研究をベースにヒトへ応用しようとしているものである。

世界的に有名な生物学者であったホールデンが、自身がそれまでに得た研究成果や知見から、150年後の未来に期待して『ダイダロス あるいは科学と未来』を記したように、現行で研究されている基礎研究や応用研究が普及するまでには、とにかく時間がかかる。

それでも100年前の彼らの時代よりは幾分その期間も短縮されているだろうし、おそらく、現代では25年後とか50年後の未来のテクノロジーを大学や研究所で作っている……と考えれば、そう遠くないのではないだろうか。

政治家や実業家とは、現状の維持のための施策と未来の事業発展のための投資の両輪を回すことのできる人間であると考えているが、その際に次々と未来の種を生み出していく大学や研究機関へ一方的に敵意を向けていくのは、「もったいない」とは言えないだろうか。政治家や事業家の諸氏には、「金の卵を産む鶏」をいかに育てる環境を作っていくかという本来の専門領域で十二分に能力を発揮していただきたいと思っている。

……え? この記事がもう「眠たくなる」? なるほど、一理ある。

参照文献:
1. Partridge EA, Davey MG, Hornick MA, et al. An extra-uterine system to physiologically support the extreme premature lamb [published correction appears in Nat Commun. 2017 May 23;8:15794]. Nat Commun. 2017;8:15112. Published 2017 Apr 25. doi:10.1038/ncomms15112

2. Usuda H, Watanabe S, Saito M, et al. Successful use of an artificial placenta to support extremely preterm ovine fetuses at the border of viability. Am J Obstet Gynecol. 2019;221(1):69.e1-69.e17. doi:10.1016/j.ajog.2019.03.001

3. Rossidis AC, Baumgarten HD, Lawrence KM, et al. Chronically Hypoxic Fetal Lambs Supported by an Extra-Uterine Device Exhibit Mitochondrial Dysfunction and Elevations of Hypoxia Inducible Factor 1-Alpha. Fetal Diagn Ther. 2019;45(3):176-183. doi:10.1159/000488283

4. Magalhaes RS, Williams JK, Yoo KW, Yoo JJ, Atala A. A tissue-engineered uterus supports live births in rabbits. Nat Biotechnol. 2020;10.1038/s41587-020-0547-7. doi:10.1038/s41587-020-0547-7
5. Romanis ECArtificial womb technology and the frontiers of human reproduction: conceptual differences and potential implicationsJournal of Medical Ethics 2018;44:751-755.

6. Takahashi, T.M., Sunagawa, G.A., Soya, S. et al. A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents. Nature 583, 109–114 (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2163-6

7. 筑波大学プレスリリースhttp://www.tsukuba.ac.jp/attention-research/p202006111800.html

(トクロンティヌス)

トクロンティヌス

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