石橋凌 ロックバンド「ARB」デビューのきっかけはピンク・レディーの前座「やってみるものです」

石橋凌 ロックバンド「ARB」デビューのきっかけはピンク・レディーの前座「やってみるものです」

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  • 更新日:2022/11/25

俳優でミュージシャンの石橋凌(65)が25日、文化放送「くにまる食堂」(月~金曜前11・00)に生出演。ロックバンド「ARB」のレコードデビューのいきさつを明かした。

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石橋凌

男ばかりの5人兄弟の末っ子で、高校2年生からプロを目指し、オーディションに参加。「アマチュアバンドをやりながらいろいろなアルバイトをやった」と回顧。「海に行って、魚の荷下ろしを手伝ったり、あとはデパートの配送とか、ビルの窓拭きで。今のようにゴンドラだとか、座るやつがまだない時代。窓を手でつかみ、身を乗り出して窓を拭いていたりした。体張ってましたよ、本当に危ない仕事でしたけども、最後に17歳から19歳まで約2年間、続いたのがイタリアンレストランだったんですね」と懐かしんだ。

「アルバイトをやっていて、なかなかプロのチャンスがなかった」と石橋。「イタリアのシチリアで修行したマスターだったんですけど、“もう石橋くん、ミュージシャンはあきらめてイタリアに行っておいで!”と。8割方、コックさんもあるのかなと思っていたところに、福岡のラジオ局のディレクターの方から電話がありまして、“今、東京でARBってバンドができつつあるけど、ボーカルが決まらないらしい。君、オーディションを受けなさい”っていう。これが運命の分かれ道の電話でした。それで、デビューできたんです」とバンド結成のいきさつを振り返った。

そんなARBは当初はアイドル路線だったといい、スーパーアイドルだったピンク・レディーの後楽園球場でのコンサートの前座を務めたこともあったという。「でっかいピンクレディー用のステージがあるんですけど、その横に小さいステージがあったんです。“そこで20分やれ!”って言われまして。目立つように、白い上下を買ってきて、ガムテープで横ジマにして、囚人服を作ったんですよ。ところが、歌っていても、誰一人、こちらを見てない、聞いてないってわかったんです。上半身Tシャツを脱ぎまして、裸になって、3~4メートルあったステージから飛び下りまして、球場を走り回ったんですよ」と回顧。「それで20分(のステージが)終わって、控え室に帰るときに、子ども連れたお母さんが(スタンドの)上から“お兄ちゃんたちよく頑張ってね!”って(声をかけられて)、余計涙が出てきましたよ」と苦笑。「ところが、そのライブをレコード会社の上層部の方が見に来てまして、“あいつらはすごい。数万人いるお客さんが誰一人見てないのに、そこまでやるか!”ってことで決まったんです、レコード会社が。やってみるものです」と笑った。

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