あなたも「エコ不安」を感じている?「気候変動うつ」の深刻な症状と対処法

あなたも「エコ不安」を感じている?「気候変動うつ」の深刻な症状と対処法

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  • 更新日:2022/09/23
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九州で猛威をふるった台風14号(写真:新華社/アフロ)

(篠原 拓也:ニッセイ基礎研究所主席研究員)

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WHOが公表した気候変動と心の問題に関する「政策要綱」

過去最強クラスの台風14号が日本列島を襲ったばかりだが、最近、世界でも気候変動による被害をニュースで目にする機会が増えている。極端な気象として、「台風や豪雨により土砂災害が各地で発生している」「南極やグリーンランドの氷が解けて、海面水位が上昇している」「ヨーロッパでは、干ばつにより水不足になったり、食糧生産が滞ったりしている」などだ。

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フランスで干ばつ(2022年8月、写真:AP/アフロ)

そんななか、世界保健機関(WHO)は6月に、気候変動問題は人々の心の問題(メンタルヘルス)にも影響を及ぼす、との見解を「政策要綱」*1として公表している。

*1/"Mental health and climate change : policy brief"(WHO, June 2022)

気候変動によるメンタルヘルスへの影響は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第2作業部会が2月に公表した報告書の中でも指摘されている。WHOの政策要綱は、こうした指摘を踏まえて評価や対策をまとめたものとなっている。今回は、その内容をもとに、どのような影響があるのか、具体的に見ていきたい。

政策要綱では、そもそも気候変動がなくてもメンタルヘルスを巡る状況は深刻だとしている。精神障害を抱えている人は、世界全体で10億人いる一方、精神科医などメンタルヘルス関連の従事者は、人口10万人あたりわずか13人しかいない。精神障害の年間費用は実に1兆ドル(約140兆円=2022年9月の為替レートで換算)にのぼるという。

気候変動問題は、こうしたメンタルヘルスの状況を、さらに悪化させることになる。

まず、気候変動に関連する台風や豪雨で、洪水や土砂災害などの災害に遭った人は、そのこと自体に精神的苦痛を感じる。こうした極端な気象は、気候変動リスクのうち「急性のリスク」と言われる。災害を受けた人は、うつ病、不安、ストレス関連状態などのメンタルヘルス不調をきたすことが報告されている。災害で身近な人を失ったり、住み慣れた家屋が損壊したりすることで、メンタル面の影響が出るのは当然と言えるだろう。

避難所などでの生活では、対人関係の緊張が続く。普段と異なる他人と密接した環境では、イライラ感が募りやすい。家族や身近な人などから思わず暴言や暴力を受けることもある。その結果、一時的に転居が必要となり、子どもがいる家庭では、子どもたちが別の学校に通うか、学校を休まなければならないといった事態も生じる。

「災害報道」を目にして二次的にメンタルヘルスを損なう

気候変動の問題は、災害の被害だけではない。気候変動のゆっくりとした影響を目の当たりにすることは、人々の無力感や苦悩を引き起こし、将来への不安が生じる可能性もある。こうした影響は、「慢性のリスク」と位置づけられる。

たとえば、実際に被害に遭ったわけではなくても、テレビなどで災害の報道を何度も目にすることで、将来への不安や無力感など、ストレスが高まる場合がある。そうしたストレスは、体内の免疫系の反応を低下させ、大気汚染や水を媒介とした感染症に対して脆弱な状態を作り出す。

また、慢性的な苦痛は睡眠障害にも関連している。十分な睡眠がとれないと、身体に影響を与えたり、メンタルヘルスを悪化させたりする。さらに、ストレスは、脳卒中や急性心筋梗塞などの心血管疾患や、自己免疫疾患、そして潜在的にはがんの発症リスクを高める可能性もあるという。

気候変動問題として、世界各地で発生している極端な気象がメディアで報じられているが、それらを視聴して我が事のように気に病んだ人々が、二次的にメンタルヘルスを損なってしまうケースも多い。何とも気の毒な話といえるだろう。

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氷が解けて海面水位が上昇しているグリーンランド(写真:ロイター/アフロ)

世界平均気温が上がるごとに自殺者が増える恐れも

さらに、繰り返し深刻な災害のリスクを経験した人は、自殺のリスクが高くなることがあるという。災害で生計に大きな支障が生じたり、人とのつながりが失われたり、社交的な活動をする機会がなくなったりすることで、慢性的な気分障害に陥り、自殺を企図する可能性が高まるという。

これは、コロナ禍で社会的なつながりが失われたことにより、自殺が増加したことにも通じるものといえるだろう。

また、気候変動問題では、多くの国で気温の上昇が自殺率の上昇と関連しているという。

スタンフォード大学(アメリカ)、ブリティッシュコロンビア大学(カナダ)、カトリック大学(チリ)などの学者による共著論文*2によると、月平均気温が1度上昇したら、アメリカの郡で0.7%、メキシコの市で2.1%も自殺率が上昇するという。仮説として、気温の上昇に伴い体内で体温調節をしようとして、脳内の血流パターンが変化してしまうことが、その原因ではないかとしている。

*2/"Higher temperatures increase suicide rates in the United States and Mexico", M. Burke, F. Gonzalez, P. Baylis, S. Heft-Neal, C. Baysan, S. Basu, S.Hsiang, Nature climate change, 2018(8), 723-729

この論文では、もし温暖化対策がとられなければ、IPCCの第5次評価報告書でいう「RCP8.5のシナリオ」(2046─65年の世界平均気温は1986─2005年に比べて2度上昇)が現実味を帯び、2050年までにアメリカとメキシコで9000人~4万人もの追加の自殺者が出ると予測している。

新たなメンタルヘルス症状の概念も出現

WHOの見解では、気候変動問題に関連して、メンタルヘルスで新たな症状の概念が示されている。

【生態学的悲嘆 (ecological grief)】
ハリケーンなどの自然災害により生態系が失われてしまうことの悲嘆をいう。例えば、山岳氷河を愛する登山家が、気候変動により氷河が後退している景色を見て悲嘆して、精神的苦痛を味わったり、周囲の人から引きこもってしまったりすることをいう。生態系の喪失には、現存の生物種が将来絶滅してしまう懸念なども含まれる。

【エコ不安(eco-anxiety)】
将来の環境破壊に対する慢性的な不安をいう。気候変動によって、海面水位の上昇や砂漠化の進行などが避けられないと観測することで不安が生じる。環境保護の意識を強く持つ人ほど、エコ不安に陥りやすいとされる。

【ソラスタルジア(solastalgia)】
「慰め(solace)」と「郷愁(nostalgia)」を組み合わせた造語。気候変動に伴う環境破壊等により、住み慣れた土地の風景が変貌してしまうことの苦悩をいう。環境破壊には、自然災害の他、鉱物の採掘や道路・ダム建設といった人為的なものも含まれる。

もしかしたら、将来、精神科医の書く診断書には、「生態学的悲嘆を原因とする躁うつ病」や、「ソラスタルジアを原因とする抑うつ症」などといった診断が記載されるようになるかもしれない。

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WHOが示した国家レベルでの「5つの対処法」とは?

WHOの政策要綱は、気候変動がメンタルヘルスに与える影響への対処法を5つ示している。

(1)気候変動への検討をメンタルヘルス計画の中に統合する
(2)気候変動問題の緩和策や適応策の中に、メンタルヘルス支援を組み入れる
(3)SDGsやパリ協定など、国際公約に基づいて対処する
(4)災害等の緊急事態への備えとして、地域社会の気候変動対処行動を促進する
(5)現在メンタルヘルスサービスが抱えている、医療費と生産性喪失の資金ギャップを埋める

いずれも、国全体での取り組みが必要な項目といえる。対処には多くの資金と時間がかかる。気候変動がメンタルヘルスに与える影響を軽減するためには、国家レベルでの息の長い取り組みが求められるということだろう。

「コロナうつ」から「気候変動うつ」へ

日本でも、近年毎年のように台風や線状降水帯による降水や土砂災害が発生している。こうした災害の発生時には、被害に遭った人の救助や避難に目が向きがちだ。だが、それに関連したメンタル面の影響、特に自殺のリスクにも注意していくべきだろう。

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気候変動で夏の猛暑が続く日本(写真:つのだよしお/アフロ)

2年半にわたるコロナ禍により自粛生活が続いたことで、「コロナうつ」が問題になった。昨年5月に経済協力開発機構(OECD)が公表したペーパー*3によると、コロナが人々に与えた精神的苦痛は大きかった。抑うつ症の有病率をコロナ前後で比較すると、欧米各国で倍以上に伸びている。日本もコロナ前の7.9%から2020年には17.3%へと、倍以上に上昇した。

※3/"Tackling the mental health impact of the COVID-19 crisis: An integrated, whole-of-society response"(OECD, 12 May 2021)

今後、社会経済活動の再開とともに、こうした症状が解消していけば幸いだ。しかし、それに代わって新たに「気候変動うつ」が待ち受けているかもしれない。

いま日本では、洪水に備えて堤防を整備したり、住民にハザードマップを周知させて災害発生時に円滑な避難を促したりする取り組みが進められている。

気候変動問題の慢性リスクを考えると、人々の心のなかに洪水が発生してメンタルヘルスが損なわれることがないように、精神医療の面からも対処をしていくべきだろう。

篠原 拓也

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