モナコのシャルレーヌ公妃を苦しめる、何世代にもわたる「グリマルディの呪い」とは?

モナコのシャルレーヌ公妃を苦しめる、何世代にもわたる「グリマルディの呪い」とは?

  • フィガロジャポン
  • 更新日:2021/11/25

スペインの雑誌「バニダーデス」によると、グリマルディ家は13世紀に恐ろしい呪いをかけられてから「結婚したら必ず不幸になる」運命にあるそうだ。

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モンテカルロでのガラパーティに出席したシャルレーヌ公妃とアルベール2世。(モナコ、2020年9月24日)photo: Abaca

「グリマルディ一族は結婚したら必ず不幸になる」という呪いがひとりの娘によって13世紀、当時のグリマルディ家当主、レーニエ1世にかけられたとされる。800年経っても、呪いは消えていないようだ。モナコのアルベール2世とシャルレーヌ公妃が離婚するうわさは途絶えない。アルベール2世によれば43歳の公妃は最近「専門施設」に入院したとのことだが、そもそもこの9ヶ月間、モナコにいないことが噂されていた。今年3月にズールー族の王の葬儀に出席するために南アフリカに飛び立って以来、「深刻な耳鼻咽喉科領域感染症」のために11月初めまでアフリカ滞在を公式に延長していたからだ。

アルベール2世の不倫疑惑

今年の6月、モナコ公宮はシャルレーヌ公妃がアルベール2世と結婚10周年を一緒に祝わないことを発表した。7月中旬、ドイツの雑誌「ブンテ」は、離婚発表が「間近に」迫っているらしいことを報じた。2020年秋、イタリア在住の34歳のブラジル人女性が16歳の娘の認知をアルベール2世に求めたことがシャルレーヌ公妃には衝撃だったらしい。11月初旬になり、シャルレーヌ公妃はモナコに戻ったものの、それで一件落着となったわけではない。大公夫妻は依然として離れて暮らしており、アルベール2世は「ピープル」誌のインタビューで、シャルレーヌ公妃の不在について聞かれ、離婚の噂を懸命に打ち消した。「何度も言わざるをえませんが、それはふたりの仲と何の関係もありません。はっきりさせておきましょう。夫婦(中略)関係の問題ではないのです」

レーニエ1世にさらわれた娘

残念ながら大公がいくら打ち消そうとも離婚疑惑はいまだに晴れない。それにしても、夫婦問題が実は……先祖代々の呪いによるものだとしたら? 今年の8月、スペインの雑誌「バニダーデス」はグリマルディ一族にかけられた呪いについて報じた。それによれば13世紀のグリマルディ家当主、レーニエ1世は、フランドル地方出身のある娘の美しさにのぼせ上がり、その娘をさらってきてしまった。娘は腹立ち紛れにグリマルディ一族が決して結婚で幸せにならないことを告げた。偶然かどうかはともかく、以来、一族は恋愛面で不幸続きだ。アルベール2世夫妻の破局の噂はさておき、過去のグリマルディ一族の結婚生活は決してうまく行っていない。

レディ・メアリー・ヴィクトリアの逃亡

例えばアルベール1世(在位1889年−1922年)は1869年、ナポレオン3世の遠縁にあたるレディ・メアリー・ヴィクトリアと結婚した。当時19歳だったメアリー・ヴィクトリアはすぐに妊娠。だがその一年後、自分に構わない夫に嫌気がさし、宮殿を去ってしまった。残された息子、ルイ2世(在位1922年―1949年)も愛に恵まれなかった。正妻に子どもができず、キャバレー歌手のマリー・ジュリエット・ルヴェとの不倫で出来た娘を養子に迎え、この娘シャーロットが産んだ子が公位継承権を受け継いだ。シャルロットもまた不幸な結婚生活だった。ピエール・ド・ポリニャック伯爵と結婚して10年後、夫がホモセクシャルであることを知り、1930年に離婚したのだ。

奔放な恋愛遍歴

シャルロットの息子、レーニエ3世の妻であった元女優のグレース・ケリーは、なじめない宮殿での生活や夫の浮気、映画の夢を捨てたことで悩んでいたようだ。1982年に交通事故で亡くなった。その娘のステファニー公女は奔放な恋愛遍歴の持ち主だ。1991年、ステファニーが元ボディガードのダニエル・デュクレと付き合い始めたことは格好のゴシップネタとなった。ふたりの間にルイとポーリンというふたりの子どもが生まれた後、1995年に結婚。しかし1年後には不倫の噂が流れて離婚した。1998年、ステファニー公女は警備員のジャン=レイモン・ゴットリブとの間に娘のカミーユを出産するも、彼が子どもの父親であることを公に認めようとはしなかった。2003年にはポルトガル人アクロバットパフォーマーのアダン・ロペス・ペレスと結婚するが、翌年に離婚している。

亡くなったステファノ・カシラギ

ステファニーの姉カロリーヌ公女の恋も波乱に満ちている。1978年、両親の反対を押し切ってフランス人のフィリップ・ジュノと結婚。2年後、ふたりは離婚した。1983年にはイタリアの実業家の御曹司、ステファノ・カシラギと再婚し、2人の間にはアンドレア、ピエール、シャルロットと、子供が3人生まれた。しかし1990年にステファノ・カシラギはボート事故で亡くなる。その後1999年に結婚した3番目の夫であるエルンスト・アウグスト・フォン・ハノーファーとの間に娘のアレクサンドラが生まれるが、夫妻は現在別居中だ。こんな状況の中でも、ふたりの姉をよそ目にアルベール2世はシャルレーヌ公妃との夫婦関係のイメージを守るために戦っている。ようやく呪いが解かれることを期待しているのかもしれない。

text: Chloé Friedmann (madame.lefigaro.fr)

フィガロジャポン編集部

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