小林繁伝 「辞めてやる」...再就職はプロゴルファー 虎番疾風録其の四(74)

小林繁伝 「辞めてやる」...再就職はプロゴルファー 虎番疾風録其の四(74)

  • 産経ニュース
  • 更新日:2022/06/24
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秋季練習で走り込む小林(先頭)。隣は高橋一、右端は新浦=昭和50年11月、多摩川練習場

「放任主義」から一転、昭和50年オフ、巨人軍は11箇条の〝長嶋憲法〟を制定した。

①グラウンドでは禁煙

②練習中は座らない

③グラウンド内は常に駆け足

④道路を横切るときは横断歩道を渡る

⑤練習中は声を出す

⑥あいさつの励行

⑦練習中は歯を見せない

⑧グラウンド内での私語厳禁

⑨車の運転には注意する

⑩集合は練習開始30分前

⑪ユニホームの裾はヒザまで上げる

なんだか可愛い。もともと2軍の合宿組を対象に作られた規則を、2軍監督から1軍打撃コーチとなった国松が提案し、1軍でも採用されることになったのだ。

10月、雪辱への厳しい秋季練習が始まった。そして「大事件」が起こった。雨が降ったある日、練習の途中で緊張をほぐそうと小林は1歳年上の新浦とふざけ合った。2人の笑い声が室内練習場に響く。とたん杉下コーチの怒鳴り声。

「ふざけるな、この馬鹿者が! オレがよしというまで外で走っとけ!」

小林と新浦は雨の中を走った。

「長い練習の途中でほんの一瞬、気が緩んだのかな。叱られて当然と思って走ったよ」

雨の中、1時間、2時間とずぶ濡れになって走った。3時間がたった。もうそろそろ許してもらえるかな…と練習場へ戻ると、コーチも仲間たちも誰もいない。「どういうこと? 今度のコーチはこんなひどい仕打ちをするの」。小林はドクン、ドクンと自分の心臓の鼓動が高鳴るのがわかったという。

「完全にブチ切れた。とてもじゃないがこんなコーチとは一緒に野球をやっていけない。ユニホームを脱ぐ。辞めてやる―と腹をくくったんだ」

すぐにカーッとなり、一度こうと決めたら一直線。それが小林のいいところでもあり悪い癖。宿舎に戻ると宮田コーチに電話をかけた。

「お世話になりました。辞めます。再就職先を探します」

もちろん翌日の練習にもでない。

「プロゴルファーになろうと思った。プロの知り合いもいたしね。栃木県佐野市にあるゴルフ場の〝研修生〟になる段取りをつけたんだ」

自室でクラブを磨く小林に一本の電話がかかってきた。(敬称略)

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