宮内庁御用達のアンパンに凝らされた工夫とは?/日本の食べものクイズ<雑学大王 日本史編>

宮内庁御用達のアンパンに凝らされた工夫とは?/日本の食べものクイズ<雑学大王 日本史編>

  • ダ・ヴィンチニュース
  • 更新日:2021/07/21

食通だったら全問正解!? おなじみの食べものや食習慣にまつわる意外な雑学をクイズ形式で紹介。『雑学大王 日本史編』(雑学総研著)から学ぼう!

次の質問の答えとして、正しいものを選んでください。

【問い】アンパンの生みの親として知られる「木村屋」。明治天皇に献上される際に凝らした工夫とは?〇 薄皮にして餡を増量した〇 桜の花の塩漬けをのせた〇 餡に桜の花を混ぜ込んだ

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【答え】桜の花の塩漬けをのせた

【解説】日本初のパン屋が開かれたのは横浜。横浜開港の万延元年(1860)だった。ところで、美味しく、食べやすいアンパンは誰が発明したのだろうか。アンパンが誕生したのは明治7年(1874)で、木村屋がつくりだした。木村屋は明治2年に東京の芝にパン店をオープンしていたのだが、木村屋の祖、木村安兵衛が思いついたのが、アンパンだった。これは、日本古来の酒まんじゅうから考案されたという。ところで、木村屋のアンパンが定評を得るキッカケになったのは、明治8年に明治天皇が小石川の水戸藩下屋敷に出向かれたときだった。このとき、接待のお茶菓子として、山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)のすすめで、木村屋のアンパンが出されることになった。これに感激した木村屋は、それまでのアンパンに工夫を加え、まんなかをへこませ、日本の国花である桜の花の塩漬けをのせたのである。さて、このアンパンを召し上がった明治天皇は大変お気に入りのご様子だった。それ以来、木村屋のアンパンが宮内庁御用達となったといわれる。また、木村屋はこのチャンスに、チンドン屋を使って大宣伝作戦をやり、アンパンを日本中に定着させてしまったというわけだ。

雑学総研

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