みんな仮面をつけた私しか知らないから、誤って外してしまったときの周りの反応が怖い

みんな仮面をつけた私しか知らないから、誤って外してしまったときの周りの反応が怖い

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2021/05/02
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春、歩くだけでお花の匂いがしそうな女性。周りの人の注目を集めながら、それに気づいていないふりをして歩く姿。

夏、ミルクティーみたいな女性。大人っぽくもあり子どもの甘さも兼ね備えて、駅のホームで電車を待つ姿。

秋、金木犀の香りの漂う中で散歩をして、お洒落なカフェで読書をする女性。きっと店内にはドライフラワーがたくさんある。

冬、寂しそうな女性。黒い服を全身にまとい、強そうに見えるけど儚さをも兼ね備えてイヤホンをしながら歩く姿。耳を通じて脳に届くのは失恋ソングばかりで、仮想失恋を楽しむ。

これは私がなりたい自分。

「頑張りましたね」の一言に救われた。救急車に乗るまで気づけなかった

季節とともに「こう見られたい」と理想が変わりゆくが、追いつかない

春、特に変わらない環境に全く戸惑うことはないけれど、漠然とした不安を感じる。夏、周りの友人は恋人とデート。お祭りに花火大会。でも、私は…。でも、楽しいからいいか…。なんの意味もない会話を一人で展開する。秋、出かけたいけど、面倒くさい時期。冬、寒いから外に出たくない。クリスマスもバレンタインも、ケーキ屋でバイトをしている私にとっては地獄。これは、私がありのままだと思う自分。

よく見られたい。綺麗だって思われたい。「勉強もできるらしいよ」って噂されたい。人生楽しそうって誰かの憧れの対象になりたい。自分の見られ方をよくイメージする。

でも、季節とともに“こう見られたい”が変わりゆく。理想の自分には追いつけない。姿のない彼女は、いつも私の先を行くのだ。

それに対して、ありのままの自分はいつも不変だ。それなりに友達もいるし、たまに嬉しいことだって起きる。でも、寝る前に嫌なことを思い出して一人で布団の中で泣いたり、これから何が起こるかわからなくて、どうしようもなく不安になることもある。

初めて会う人の前では、自分を偽ったほうが楽かもしれない…?

「君って悩みなさそうだよね!いつも元気だし」と私に言ってきた男性は今、何をしているのだろうか。私は常に“理想の自分”に、手が届かないことに悩んでいるのに。見られ方と本当の自分にギャップを感じたから、私はその男性がいる前では悩みがなさそうで、少しバカっぽい子を無意識的に演じるようになった。

そして、気づいた。この人の前では、自分を偽った方が楽かもしれないと。その日から、初めて会う人には仮面をつけて接することにした。そうすれば、多少傷つけられることがあっても、傷ついたのは仮面であって、本来の自分ではないのだから擦り傷で済む。

学校の先生にも、授業でたまたまグループが同じになった子にも、バイト先のお客さんにも仮面を外さずに話をする。

周りから本来の自分が見えていなくても、自分で認めて愛してあげよう

最初はうまくいっていた。でも、だんだん本当の自分を受け入れてくれる人はいないのではないか? と不安に思うようになった。

だって、みんな仮面をつけた私しか知らないから。それを誤って外してしまったときの周りの反応が怖い。自分は、承認欲求の塊であることに遅ればせながら気づいたのである。

だから私は、自分をたくさん愛することに決めた。自分の承認欲求は、自分で満たそうと。周りから本来の自分が見えていなくても、自分が見えていて愛せたらそれでいい。見られ方を気にする労力の代償に、自分を大切にする力を手に入れたとポジティブにとらえている。

こんな考え方は、ただの強がりなのでしょうか。一般的に嘘をつくことはよくないこととされていますが、自分を偽ることは悪いことですか? 今、これを読んでくださったあなたは、どう思いますか?

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ぽんぬ

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