ビジネスと生活に変革、インドネシアのスーパーアプリは社会をどう変えたのか

ビジネスと生活に変革、インドネシアのスーパーアプリは社会をどう変えたのか

  • JBpress
  • 更新日:2023/09/23
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IGPI シンガポール CEO 坂田幸樹氏

「DXの最前線」というと米国や中国を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。だが、『デジタル・フロンティア 米中に日本企業が勝つための「東南アジア発・新しいDX戦略」』(PHP研究所)を著したIGPIシンガポールCEOの坂田幸樹氏は、「日本は、東南アジアのDXにこそ学ぶべき」と語る。坂田氏によると、近年東南アジアの国々ではDX化の進展が目覚ましく、社会インフラや経済構造が大きな変貌を遂げているという。東南アジアで一体何が起きているのか、日本にとってどのような点が参考になるのか、坂田氏に話を聞いた。前編、後編の2回にわたってお届けする。

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日本に合うDXは米中型より「東南アジア型」

――著書『デジタル・フロンティア』では、東南アジアのDX事例を紹介しながら、「日本は東南アジアのDXから学ぶべき」と語っています。なぜ、東南アジアのDXが参考になるのでしょうか。

坂田幸樹氏(以下、敬称略) 東南アジアのDXは、各地域に存在する店や人を対象とした「半径5キロ圏内の問題解決」というべき事例が多く、周囲のコンセンサスを取りながら意思決定を進める日本の組織風土とは相性がよいと考えたからです。

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坂田 幸樹 /IGPI シンガポール取締役CEO

経営共創基盤(IGPI)共同経営者(パートナー)、IGPI シンガポール取締役CEO。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)、IT ストラテジスト。大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト& ヤングに入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援に従事。その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPI シンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。

東南アジアでは、身近な問題を解決することで、より上位のオペレーション改善、そして戦略の見直しやイノベーションにまで昇華させるボトムアップによる変革の例が多く見られます。米中のイノベーションの事例の多くはトップダウンで進められることが多く、日本では実現が難しいものもあるため、日本に合ったスタイルを選ぶことが大事だと思います。

今回の著書に記したことは、私が10年ほど東南アジアで暮らしながら、事業を展開する中で感じたことです。東南アジアには日本で生かせる「現場発のイノベーションのヒント」が多数あると感じています。

「どのようにして意思決定が行われているのか」という視点は、DXを進める上で非常に重要です。なぜなら、DXの本質が「トランスフォーメーション=変革」にあるからこそ、デジタル化やオペレーション改善に終止するのではなく、企業や社会の改革を目指す必要があるからです。

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坂田幸樹『デジタル・フロンティア 米中に日本企業が勝つための「東南アジア発・新しいDX戦略」』(PHP研究所)

トップダウンの風土が組織に浸透していれば、「明日からこの方法で進めます」と命令が出ればすぐ変わります。しかし、ボトムアップで物事が進む日本や東南アジアでは、そうはいきません。

トップダウンで進められないのであれば、現場でデータを集めて、そのデータをもとに社会を変えていく、という進め方になります。ですから、米中のようなイノベーションを目指すよりも、東南アジアのやり方を参考にしたほうが、成功に近づけると思うのです。

デジタルの力で「半径5キロ圏内の問題解決」を

――東南アジアでのイノベーションは、実際にどのように起こったのでしょうか。

坂田 東南アジアにおけるDXは大きく分けて3つの段階を経てきました。まず銀行主導での消費者データの収集、次にユニコーン主導でのビッグデータの構築、そして分散データのキュレーションです。わかりやすく解説するために、インドネシアの消費者向けサービスを例に挙げます。

市場を制すには、消費者情報をより多く手に入れる必要があります。そのため、インターネット普及率も銀行口座保有率も低かった2010年代初頭のインドネシアでは、大手銀行による消費者への地道な営業活動が展開されていました。

やがてスマホ革命が起き、大多数の人がインターネットを利用するようになると、それを活用して消費者を取り巻く課題を解決することに成功したプレイヤーが覇権を握ることになります。

例えば、インドネシアを代表するユニコーン企業であるGojekは、まずジャカルタの社会課題の一つである渋滞を回避するために、バイクタクシーの配車サービスを提供するアプリを立ち上げました。その後、消費者の生活に寄り添ったサービスを続々追加し、アプリ一つで様々なサービスを利用できる「スーパーアプリ」へと進化しました。

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Gojekアプリの画面

このアプリを使えばタクシーやバイクタクシーも呼ぶこともでき、消耗品を買ってきてもらうこともできます。また、体調が悪いときには、オンラインで診察を受けて薬を持ってきてもらうこともできるのです。

Gojekは、消費者向けのサービス以外に、加盟店やドライバーへ向けたサービスも展開しています。例えばドライバーに無償で運転技術に関するトレーニングや英会話、オートバイのメンテナンス方法などを教えるサービス、といった形です。

加えて、ドライバーの自立を支援するための起業家精神の養成、資金計画の策定などに関するプログラムなども提供しています。このような仕組みをつくることで、Gojekでサービスを提供する側のドライバーや加盟店の抱える課題も解決することに繋げています。そして、スーパーアプリには、ユーザ、ドライバー、加盟店に関しての多種多様かつ膨大なデータが蓄積され続けます。

現場のデータを生かして「多層化したサプライチェーン」を変革

――蓄積したデータはどのように活用されるのでしょうか。

坂田 このようなデータは、ただ集めるだけでは何の価値も生みません。今東南アジアのDXは、集めたデータを選別、分析し、そして編集して新しい価値を生み出すキュレーションというステージにきています。インドネシアには「パパママショップ」と呼ばれる個人経営の小型店舗が約350万店舗あります。そのパパママショップの仕入れの問題をDXで解決しようとしている事例をご紹介します。

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パパママショップと呼ばれる個人経営の小型店舗

一般的にパパママショップでは、商品が不足すると他の小売店や卸業者から商品を購入します。しかし、そういった仕入れ先の在庫データが共有されているわけではないので、仕入れに足を運んでも在庫がなければ全くの無駄足になってしまいます。そんな非効率なオペレーションが日々展開されていました。

この問題が複雑化する背景には、多層化されたサプライチェーンの存在があります。インドネシアでは中間業者が多く存在しているため、多数の業者が介在する中で中間マージンを取られて最終的な小売売価が高くなる傾向にあります。同時に、品質管理も難しくなります。しかし、小売店も中間業者も長年そのスタイルで商売をしているため、なかなか仕組みは変わりません。

こうした状況を変えるために、データ収集に乗り出した企業がいくつかあります。例えばシンバッドというスタートアップは、パパママショップ向けのEコマースを展開しています。シンバッドはメーカーから直接仕入れたものをパパママショップに販売しており、これまで分散していた各パパママショップの在庫データや発注データを一元管理することで、多層化したサプライチェーンの打破を目指しています。

――多層化していた中間業者を飛び越えて仕入れができるようになったのですね。

坂田 はい。このように、データを集めて選別、分析を行ったうえでシステムを構築、改善することは、社会の構造を変え、変革を実現する力になります。サプライチェーンが多層化している点は、日本と似ています。

日本にもPOSシステムをはじめとするデータ活用のための仕組みこそありますが、多層化したサプライチェーンを打破するところにまでは至っておらず、現場の改善に留まっています。だからこそ、データを集めることから始まったインドネシアの事例を知っていただきたいですね。

スーパーアプリが患者と診療所の双方にメリットを創出

――インドネシアでは、消費者向けサービス以外の分野でもスーパーアプリは登場しているのでしょうか。

坂田 医療についても、診療所向けのソリューションを提供するスタートアップ企業があります。インドネシアには1万8000カ所の診療所があると言われていますが、その多くが独立経営です。そのため、サービスの品質に大きなばらつきが生じています。

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ジャカルタの診療所

その原因の1つとなっていたのが、診療データや経理データが診療所ごとに管理されていたことでした。そこで、こうしたデータを一元的に把握すべく、あるスタートアップ企業が開発したのが、診療所のオペレーション改善に特化したクラウド型のシステム「ドクターツール」です。これにより、患者の予約から診療、医療費の支払いまでを一元化できるようになりました。

ドクターツールを使うメリットは他にもあります。各診療所は「BPJS」という全国民を対象とした公的医療保険制度に保険金を請求するのですが、以前はデータが手作業で作成されていたため信頼性が低く、審査に時間がかかってなかなか保険金が支払われないという問題がありました。

しかし、ドクターツールの登場後には、電子化した診療記録や支払い記録が統一された形式で1つのデータベースに残るため、「信頼性の高いデータ」としてBPJSに認識されるようになりました。

結果として審査がスムーズに進むようになり、保険金も滞りなく支払われるようになっています。診療所での診察の様子こそ変わりませんが、このように診療所内部の仕組みに関しては劇的に変化しています。

――DXによって、診療所の経営者は患者へのサービスに集中できるようになったわけですね。

坂田 はい。こうした事例からヒントを得ることで、日本のビジネスや医療の現場の方々がよりスムーズに仕事を進められるようになるはずです。そして、社会全体に目を向けて不便さや不自由さを解消することで、大きなイノベーションを起こすチャンスを生み出せると考えています。

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■【前編】ビジネスと生活に変革、インドネシアのスーパーアプリは社会をどう変えたのか(今回)
■【後編】DX先進国で進む「リージョン化」はなぜ日本企業にとっての勝機となるのか?(10月2日公開予定)

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三上 佳大

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