貧困から絶望の淵まで追い詰められたミアとフミコを生に引き留めるのは、この世の「美しさ」〜『両手にトカレフ』【中江有里が読む】

貧困から絶望の淵まで追い詰められたミアとフミコを生に引き留めるのは、この世の「美しさ」〜『両手にトカレフ』【中江有里が読む】

  • 婦人公論.jp
  • 更新日:2022/09/23
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今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『あのこは美人』『両手にトカレフ』(ブレイディみかこ著/ポプラ社)。評者は女優で作家の中江有里さんです。

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愛情、お金、教育……持たざる子どものゆくえは

イギリスの「元・底辺中学校」に通う息子の日常を通して差別や貧困、イギリスの教育事情を描いた優れたノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者による本作は、小説だから描けた少女の物語。

ドラッグとアルコールに溺れる母にネグレクトされている中学2年のミアは、弟のチャーリーの世話をする「ヤングケアラー」。毎日の食事にも事欠く中、図書館でカネコフミコの自伝と出合う。

カネコフミコとは大正期の活動家、金子文子のことだ。国も時代も違うが、ミアとフミコの置かれた状況は似ている。ミアは本という扉から違う世界へと誘われていく。読書はある種の逃避だ。ミアの読書は現実から離れる手段であると同時に、フミコの人生に自らの行く末を見出そうとするようでもある。

本文に「子どもであるという牢獄」というフレーズがあるが、子どもは居場所が限られる。家や学校に安心して居られないとしても、子どもはどこへも逃げられない。

どんな子どもも平等に教育と愛情を受けて育つのが理想だ。しかし現実はミアやチャーリー、あるいはフミコのように最初から持たざる貧困層がいる。交互に語られるミアとフミコの行く先はどんどんと狭まって、やがて生死の間を揺れ動く。

絶望の淵まで追い詰められたミアとフミコを生に引き留める何か……それは特別なものではない。見渡せばすぐに見つかりそうな、この世の「美しさ」。

ミアやフミコが見つけた「美しさ」は違う。幸せが人の数だけあるように、生きる理由もそれぞれに探していかなければならない。自分だけの美しいものを見つける長い旅が人生となっていくのだろう。

読後、子ども時代の自分を抱きしめて「頑張れ」と声をかけたくなった。

中江有里

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