「人権」対「賠償金」トランプの新たな選挙戦略

「人権」対「賠償金」トランプの新たな選挙戦略

  • WEDGE
  • 更新日:2021/06/10
No image

演説するトランプ前大統領(REUTERS/AFLO)

今回のテーマは、「『人権』対『賠償金』トランプの新たな選挙戦略」です。ドナルド・トランプ前大統領が6月5日(現地時間)、南部ノースカロライナ州の共和党大会で演説を行いました。同州は20年米大統領選挙で激戦6州の1つでした。24年大統領選挙でも激戦州になることが予想されます。

トランプ前大統領は演説で、中国に対して新型コロナウイルが米国と世界にもたらした代償として賠償金を請求しました。本稿ではその意図を中心に述べます。

20年米大統領選挙の「復讐」

トランプ氏は冒頭からバイデン批判を展開して、「選挙演説」を始めました。まず、ロシアのハッカー集団「ダークサイド(DarkSide)」が米石油パイプライン企業コロニアル・パイプラインにサイバー攻撃を仕掛け、業務停止に追い込み、その結果ガソリン価格が高騰したことを取り上げました。

そのうえで、ロシアがサイバー攻撃を行うのは、「米国とリーダー(ジョー・バイデン大統領)に敬意を払っていないからだ」と主張しました。「自分はバイデンと違ってプーチン大統領と良い関係を保ち、彼から尊敬されていたのでサイバー攻撃を受けなかった」と、言いたかったのでしょう。声のトーンも完全に選挙モードに入っていました。

次に、トランプ前大統領は米国とメキシコとの国境における移民政策に関してバイデン氏を批判しました。MS13という中米系のギャング組織のメンバーが不法に入国していると言うのです。トランプ氏がバイデン氏を移民問題で攻撃する背景には、共和党支持者の移民問題に対する関心の高さがあります。

ロイター通信とグローバル・マーケティング・リサーチ会社イプソスの共同世論調査(21年5月26~27日実施)によれば、「米国が直面している最も重要な問題は何か」という質問に対して、23%の共和党支持者が「経済・失業と雇用」と回答しました。次いで、19%が「移民問題」と答えました。

一方、18%の民主党支持者が「経済・失業と雇用」、15%が「不平等と差別」と答えました。

党派別にみると、政策の優先度に相違があることが分かります。共和・民主両党の支持者は1位に「経済・失業と雇用」を挙げましたが、2位は「移民問題」と「不平等と差別」に分かれました。前回の同調査(同月19~20日実施)においても、この傾向は顕著に表れています。

2022年米中間選挙で共和党を勝たせて勢いに乗り、24年大統領選挙で同党から指名を獲得して、20年大統領選挙の「復讐」をする意欲にあふれたトランプ氏の演説でした。

「ワクチン開発加速」は自分の手柄

トランプ前大統領が演説した中で言及をしなかったことにも注目してみましょう。今年1月6日に発生した米連邦議会議事堂乱入事件について直接触れませんでした。トランプ支持者による民主主義に対する破壊行為だからです。ただ、トランプ氏は「私は民主主義を弱めることはしない。民主主義を救おうとしているのだ」と述べました。議事堂乱入事件を正当化したと解釈できます。

演説の中でトランプ氏が力説した箇所がありました。「ワクチン開発を加速させたのは自分だ」というメッセージを繰り返し発信したときです。なぜ、ワクチン開発は自分のクレジット(手柄)だと強調したのでしょうか。

バイデン大統領は7月4日の独立記念日までに、70%の成人が少なくとも1回目のワクチン接種を行うという野心的な数値目標を設定しました。米ABCニュース及びワシントン・ポスト紙は、ワクチンの接種者数が鈍化しているので、バイデン政権はこの目標を達成できないと報道しました。

そうはいっても、63.5%の18歳以上の成人が少なくとも1回分の接種をしました(21年6月6日現在)。一方、接種完了者は52.8%です。65歳以上の高齢者に限れば、すでに86.3%が少なくとも1回目を接種し、75.5%が完了しました。

「ワクチン接種加速」はバイデン大統領のクレジットであり、新型コロナウイルスが収束すれば成果になります。22年中間選挙と24年大統領選挙で、バイデン氏はワクチン接種の成果をアピールすることは間違いありません。トランプ氏はこの最悪のシナリオを是が非でも阻止したいのです。演説ではその思いが色濃く出ていました。

「中国は賠償金を支払え!」

トランプ前大統領は6月3日、「米国を救え(Save America)」という政治団体を通じて、「中国は米国と世界に自分たちが招いた死と破壊の代償に10兆ドル(約1093兆円)を支払うべきだ!」と、声明を出しました。

米疾病対策センター(CDC)によれば、米国内の新型コロナウイルスによる死者数は、59万4381人に達しました(21年6月6日現在)。また、世界保健機関(WHO)によれば世界の死者数は371万8683人です(同月6日現在)。厚生労働省の発表によると、日本の死者数は1万3574人です(同月7日現在)。言うまでもありませんが、新型コロナウイルスによって世界経済が大打撃を受けました。

演説でもトランプ前大統領は新型コロナウイルスが中国の武漢ウイルス研究所から流出したと主張し、「中国は少なくとも10兆ドルの賠償金を払わなければならない」と語気を強めました。10兆ドルは中国が米国と世界にもたらした「死と破壊」を考えれば、決して高額な請求ではないと言うのです。トランプ氏は「10兆ドル以上だ」と強調しました。

加えて、中国によって債務漬けなっている国々に対する復興の頭金として、「債務帳消し」を強く求めました。このとき、トランプ氏は会場の支持者から拍手喝さいを浴びました。

バイデン氏が中国新疆ウイルグ自治区及び香港における「人権」に焦点を当てているのに対して、トランプ氏は対抗軸として「賠償金」を出してきたのです。中国を巡り「人権」対「賠償金」という新たな対立構図を設定し、中間選挙を戦う狙いがあるのでしょう。中国に対してバイデン氏よりも強硬な姿勢で臨み、支持基盤を超えて、新型コロナウイルスの犠牲者の家族や親戚、友人等を幅広く獲得する意図が隠れています。ここは看過できない点です。

ただ、本来であればトランプ前大統領はツイッターとフェイスブックを活用して、「人権」対「賠償金」のメッセージを支持者に拡散できたはずです。しかし、フェイスブックは2023年1月までトランプ氏のアカウントを凍結しました。ツイッターのアカウントも使用できません。

そこでトランプ前大統領は今後、支持者を集めた大規模集会でメッセージを発信することになります。トランプ氏の中間選挙におけるSNS戦略は明らかに制限を受けます。

調査報告書の行方

バイデン氏は90日間で、新型コロナウイルスの発生源に関する調査報告書をまとめるように米情報機関に指示を出しました。期限は8月下旬です。

仮に米情報機関が、新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所から流出した確固たる証拠を見つけた場合、トランプ氏の「賠償金」のメッセージの強さは、バイデン氏の「人権」を上回る公算が高まります。逆に、情報機関がウイルス流出の「証拠がない」と結論づけた場合、トランプ氏は報告書を「フェイク・ニュース」だと批判して、信頼度を下げるキャンペーンに出るでしょう。いずれにしても、「真実」と「政治」のせめぎ合いになります。

海野素央

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加