五輪の強行開催にはらむ「グロテスクな矛盾」とは? 武田砂鉄×安田菜津紀

五輪の強行開催にはらむ「グロテスクな矛盾」とは? 武田砂鉄×安田菜津紀

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  • 更新日:2021/07/22
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これから始まるスポーツの祭典。華々しさに覆われて、根底にある大事な問題を忘れてはいけない(撮影/写真部・張溢文

緊急事態宣言下で東京オリンピックが開幕する。感染拡大防止と五輪開催という矛盾。私たちはこの五輪をどう捉え、今後にどう生かせばいいのだろうか。AERA 2021年7月26日号で、フリーライターの武田砂鉄さんと、フォトジャーナリストの安田菜津紀の二人が語り合った。

【写真】武田砂鉄さんと安田菜津紀さんはこちら

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武田:空気は確実に変わっています。夜のテレビニュースなんて顕著ですね。「果たしてこのような感染状況でオリンピックができるんでしょうか」と言いながらニュースを続けた後、「大谷翔平選手がホームランです」と大谷選手の活躍を挟み、その後にオリンピック関連のスポーツニュースに続ける。6:1:3くらいの編成です。

安田:大谷選手が、クッション代わりにされているということですね(笑)。

武田:オリンピック本番になったら、この順番が、オリンピックすごかった→大谷ホームラン→コロナ心配です、という流れになるんでしょうか。メディアの役割が今こそ問われています。メディアが「もう反対しても始まっちゃうから無理だよね感」を出しているというのはいただけません。

安田:順番を小手先で変えながらも、オリンピックのメダルの数と重症者の数を報道するというのは、ある種グロテスクな世界だと思いますが、そのことにメディアが加担してしまうという問題があるんですよね。

コロナ禍前から私はオリンピックには否定的だったのですが、大きな理由の一つとして、足元で外国籍の人たちを虐待している国で本当にオリンピックやるんですかということです。3月6日にスリランカ出身のウィシュマ・サンダマリさんが名古屋出入国在留管理局で亡くなられましたが、まったく真相解明ができていません。これまでにも2007年から17人が入管の収容施設で亡くなっているんです。うち5人は自殺です。それなのに、一回もまっとうな検証ができていない。

国の施設で人が亡くなるということは国の責任なわけです。国の責任で亡くなった方のご遺族が5月1日に来られた時は、自主隔離ですが2週間待機しました。一日でもはやくご家族としてはウィシュマさんのご遺体に会いたいのに。一方、今回オリンピックの選手は事実上2週間の待機が免除になりました。この理不尽な差異というのはなんだろうか。これだけ人権侵害をしておきながら、オリンピックのためにどうぞ関係者の方々来てください、難民選手団も受け入れますって、華々しいところだけは多様性を掲げている。すごい矛盾だと思うんです。挙げていけばきりがないですが、そのグロテスクさというものにメディアも敏感にならなければいけないと思います。

武田:7月23日に「東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート」という映画が公開になります。国立競技場の隣にあった都営霞ケ丘アパートに住む人々を追ったドキュメンタリーですが、新国立競技場をつくるから出てってくれと言われた人たちは、何十年もそこに住み、住民同士で助け合いながら小さなコミュニティーを守り抜いてきた。そういう場所を「でっかいお祭りやるのでアパート潰します」と一方的に通達して追い出した。こういった無慈悲な行為を改めて考える必要がある。

■「復興五輪」名目が奇妙

武田:「復興五輪」という名目自体、奇妙です。東北が復興するためには東北にお金をかけなければいけない。東京でお金をかけたお祭りをやるので、東北の人たち、それで元気になってください、というのはおかしい。オリンピック開幕というスタート地点に強引にたどり着くまでに、どういった強引な動きがあったのか、誰がどう痛んできたのかを振り返らないといけない。この10年、東日本大震災があって、長期政権が続き、コロナ禍になった。人の営みがガリガリと削られていると感じることばかりでした。

安田:オリンピック招致が決まった時に、家族の縁で通っている岩手県陸前高田市の仮設住宅にいたんです。ちょうどそのニュースを仮設住宅で暮らしている人と見ていたのですが、ある年配のおばあちゃんが「オリンピックなんて外国のことみたい」っておっしゃったんです。その言葉がすごく象徴的で。誰の何を置き去りにしてまでこのオリンピックをやるのかということが浮き彫りになった言葉だと思いました。

武田:どうしてもやりたいんだったら、「いろいろ無茶だってわかってるけど、オレ、どうしてもやりたいんだ」って言った上で、反論を受け付けるならばまだいいと思う。そういうことさえしないわけです。安倍(晋三)さんと菅(義偉)さんの共通点だと思っているのは、とにかく一問でも少なく質疑応答を終わらせたいという姿勢です。ぶら下がり取材でも、自分の話が終わるか終わらないかのタイミングで、体を90度曲げて立ち去る。その反射神経はなかなかのものです。

■メディアの切り込み力

安田:「更問(さらとい)に答えてください」という記者からの要望もガン無視したり、結局答えをはぐらかしたもん勝ち、という状況ですよね。記者クラブ側も許してしまっているという面では、メディアの問題でもあると思います。

武田:菅首相は、10の質問を受けるより9の方がいいし、8の方がいいし、できれば3に済ませたいという考え方です。「オレ、やりたい」って言うんだったら、10を20や30にして、その質問に答えた上でやりたいことを敢行するというなら、まだわかる。それをしないで、とにかく逃げ切ることで大きなことをやろうとしている。これが不信感の増大に繋がるんです。

安田:今日話していることって、そもそも政権や組織委員会が人間を大事にできていないよねってことだったと思うんです。ウィシュマさんのこともそうですし、赤木ファイルにしてもそうです。人が亡くなっているのにもかかわらず、真相の鍵となるものを開示してこなかった。オリンピックで関連することであれば、長年住んだ場所を追われてコミュニティーがバラバラにされてしまう人たちがいる。

このオリンピックの正当性を担保するためにアスリートが引き合いに出されていましたが、人間を大事にできない政権や組織にアスリートを大事にできるわけがないと思うんです。単なる建前にされているのがそういう姿勢の中だけでもわかりますし、それはアスリートの尊厳も傷つけることだと思うんです。「アスリートに罪はない」「アスリートのために」という言葉に惑わされがちだと思いますが、それって本当にアスリートのことも考えているのでしょうか。

アスリートのためにという強く響くパワーワードに惑わされないこと、その言葉の裏側に何を彼らははぐらかしたいのかということまで目を向けること、まさにメディアの切り込み力が問われることだと思いますが、情報の受け手としても強く響く言葉にこそ、注意深くいるべきだと思います。

武田:オリンピックというのは成功・失敗の判断基準があるわけではない。開催した人が成功しました、って言えば成功になってしまう。オリンピックを開催することで、積み上がった諸問題をなかったことにしたいという思いがあるのは明らかです。今後も、大阪・関西万博だのリニア開通だの、ビッグビジネスが続く。大きなことで、未解決の問題を漂白してしまおうとする国の体質があります。

■問題の再陳列が大事

武田:だからこそ、オリンピック終了後に、問題を再陳列する行為が大事になってくるのではないかと思っています。「ところで、東京五輪招致を巡って問題になった、あの2億数千万円のペーパーカンパニーへの賄賂疑惑はどうなったのか」って聞けばいい。「ところで、なんでこれだけお金かかったんですか」「ところで、福島原発はアンダーコントロールされているってあの時点で言ったの、嘘でしたよね」って問えばいい。これはオリンピックだけじゃなくて、どんな社会問題であっても同じことだと思います。「華々しいお祭りをやって、根底にあった問題を忘れる」、これを繰り返しては絶対にいけないのです。

(構成/編集部・三島恵美子)

※AERA 2021年7月26日号より抜粋

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