朝ドラ「おかえりモネ」が震災の直接的描写を避けることで表現した「大切なものを失う痛み」

朝ドラ「おかえりモネ」が震災の直接的描写を避けることで表現した「大切なものを失う痛み」

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/06/10
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繊細な描き方だった

NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』(月~土曜午前8時)の放送開始から3週間が過ぎ、全体像やテーマがあぶり出しのように浮かび上がってきた。

この朝ドラは東日本大震災の被災地の今と未来を見つめる作品である。6月3日放送の第14話と翌4日の第15話では、ヒロインのモネこと永浦百音(清原果耶、19)の震災当日の様子が描かれた。

ただし、激しい揺れも大津波も出てこなかった。それでも途方もない被害をもたらした震災が画面内から十分に伝わってきた。

脚本を書いている安達奈緒子さんは放送前にこう語っていた。

「『東北を舞台に現代の朝ドラを』というオファーでしたので、震災を描くんだろうとまず覚悟しました」(※1)

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NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」宮城版ポスタービジュアル (c)NHK

確かにあの震災を描くのはどんな脚本家でも覚悟が要るはず。なにしろ同胞1万5899人が亡くなり、2526人の行方不明者の捜索活動が今も続いているのだから。

遺族や家族の人生を一変させた。多くの日本人の価値観まで転換させてしまった。現実があまりに大きすぎると、ドラマや文章にするのが難しくなる。なにより、誰かが傷つくことは避けなくてはならない。半端な気持ちでは書けない。

安達さんは最終的に震災を直接的に描かない方法を採った。考え抜いた末のことだろう。視聴者に対し、記憶の想起を促し、同時に想像力を求めた。

震災を初めて正面から描いたドラマは2013年度前期の朝ドラ『あまちゃん』だったが、やはり直接的には表現していない。脚本を書いた宮藤官九郎氏(50)はジオラマ(立体模型)で津波などを再現した。こちらも見る側に想像力を要求した。

くしくも現代を代表する2人の脚本家は根源的には同じ方法を選んだのである。目に映ることだけが表現ではない。

第14話は午後2時46分を表示するデジタル時計で終わった

安達さんの描き方を振り返りたい。まず第14話。2011年3月11日のモネは地元の同県気仙沼市亀島を離れていた。父親の耕治(内野聖陽、52)と一緒に仙台市内へ高校の合格発表を見に行っていたからだ。

モネは中学生の時までは大の音楽好きだった。幼なじみたちと吹奏楽部に入り、アルトサックスを吹いていた。受験したのも高校の音楽科だった。

結果は不合格。その足で仙台市内のジャズクラブに立ち寄る。耕治が誘った。意気消沈するモネを慰めようとしたのだ。

この寄り道が運命を左右する。第14話は午後2時46分を表示するデジタル時計で終わった。あの時だ。

第15話。時間は3月11日午後10時にジャンプしていた。その間の説明は一切ない。

耕治はモネを乗せた車を亀島へ向けて走らせたが、道路は渋滞し、前へ進まない。

カーラジオがこう伝えた。

「気仙沼市では市街地を含む広い範囲で火災が発生しています。海面からも火の手が上がり、真っ黒な煙が上がっています・・・」

モネは無言のまま瞬きを何度も繰り返し、視聴者側はあの日の記憶が蘇った。

そのまま夜が明けた。モネと耕治は対岸から島を見た。火と煙が至るところから出ていた。モネの顔には突然突き付けられた現実への怒りや驚きが浮かんでいた。目からは大粒の涙がこぼれた。

一方、耕治は無精ヒゲが伸びた顔で、たった一言、「島が・・・」と呻いた。茫然自失していた。父娘の尋常ではない様子で、震災に直面した人々の衝撃が十分に表された。
渡船が運休したため足止めを食った父娘は数日後、やっと亀島に戻れた。するとモネは別の衝撃を受ける。家族も幼なじみも無事だったものの、幼なじみたちの目つきが震災前と少し違った。輝きが失せていた。また全身から強い疲労感が浮かび上がっていた。

モネは繰り返し「何も出来なかった」と、つぶやいていた

トランペットのりょーちんこと及川亮(永瀬廉、22)もトロンボーンの後藤三生(前田航基、22)もユーフォニアムの早坂悠人(高田彪我、19)もフルートの野村明日美(恒松祐里、22)もそうだった。

やはり安達さんは描かなかったが、モネが帰るまでの間に味わった恐怖や苦難が並大抵ではなかったのだろう。モネは強烈な後ろめたさを抱く。

見る側は答えに薄々気づいてはいたものの、これで第1週からの謎が解けた。モネは繰り返し「何も出来なかった」と、つぶやいていたが、それは震災当日に島に不在で役に立てなかったことを指していた。

耕治の反対も聞かず、高校を出ると島を出て、同県登米市の森林組合で勤め始めた理由もはっきりした。何も出来なかった後ろめたさから逃れたかったのだ。

モネは震災後にアルトサックスをやめた。これも負い目があったからにほかならない。音楽科を受験していなかったら、ジャズクラブに寄らなかったら、自分一人が苦難を免れることはなかった。音楽から離れたのはモネの贖罪なのだ。

モネとは対照的に震災の被害をまともに受けて苦しみ続けているのが、亮の父親で漁師の新次(浅野忠信、47)である。大切なものを失ったらしい。あの日から3年が過ぎたものの、酒に溺れている。第13話で描かれた。

震災によって何も失わなかったように見える人も、多くのものを奪われた人も、同じように痛んでいる。この朝ドラはそれを静かに訴えている。

若者たちの等身大の青春群像劇

震災から3年半が過ぎた2014年8月、モネが登米市から帰省したため、幼なじみがそろってモネの家に泊まることになった。家が古刹の三生は「寺を継ぎたくない」と嘆き、明日美は恋の思い出話に興じた。この朝ドラは東北で暮らす若者たちの等身大の青春群像劇という一面を持つ。

一方、亜哉子は幼なじみを泊める許しを得る電話をそれぞれの家に架けるが、新次のところだけは会話の中身が違った。新次とは旧知の間柄である亜哉子は彼の現在を心配していたからだ。

亮の外泊を許した新次は「んで」と言い、すぐに電話を切ろうとした。だが、亜哉子は切らせず、温かい声で「新次さん、お元気ですか?」と続けた。新次は10秒ほど沈黙した後、「ふっ」と笑い、「元気ですよ。んで」と言い、今度こそ電話を切った。

安達さんの脚本が2人の機微を表していた。その脚本を鈴木京香と浅野忠信が名演し、見る側の胸を突いた。

亜哉子はもっと踏み込み、新次を励ましたかったのだろう。でも、大人同士だから、その言葉が逆に相手を傷つけかねない。だから控えた。

一方、生活が荒んでいることが一目で分かる新次は人情に触れ、うれしかった。一瞬、表情が緩んだ。亜哉子ともっと話したかったの知れない。だが、やはり大人同士なので、それは難しい。甘えられない。酒をあおるしかなかった。

この朝ドラは震災に襲われた大人たちの癒えぬ哀しみを繊細に描く作品でもある。あざとい表現をしない安達さんの脚本は見事としか言いようがない。人間の美しさや愚かさ、強さや脆さを淡々と描く山田太一さん(86)の系譜に属する人だろう。

モネが見つけた誰かの役に立つ方法

モネの話に戻る。このヒロインには「何も出来なかった」以外にも口癖のような言葉がある。

「誰かの役に立ちたい」

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清原果耶アミューズ公式HPより

震災で役に立てなかったことの代償行為だろう。モネは今、どうすれば役に立てるのかを懸命に考えている。この朝ドラは少女の成長記の色合いも濃い。

そしてモネは自分がやりたいことを見つける。既に繰り返しヒントが出されている通り、気象予報士の仕事だ。気象災害から人々を守ることが出来る。役に立てる。

これから先、モネはおそらく立派な気象予報士となり、島の人たちから「おかえり」と迎えられるのだろう。その時には再びアルトサックスを手に取るはずだ。

この朝ドラは2011年3月11日に重い荷物を背負い込んだ少女が、それを下ろすまでの物語である。

※1「連続テレビ小説 おかえりモネパート1」(NHK出版)

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