「会社の机で死にたい」90歳最高齢の総務部員が、毎日最後に退社する理由

「会社の机で死にたい」90歳最高齢の総務部員が、毎日最後に退社する理由

  • PRESIDENT Online
  • 更新日:2021/04/07

大阪の専門商社サンコーインダストリーに勤める玉置泰子さん(90歳)は、会社の机の上で死にたいと言うくらい、会社が大好きだ。65年間にわたって働きつづけてきた理由は「居心地の良さ」。その居心地の良さはどこからくるのか、社長の奥山淑英さんに聞いた――。

「威張って業績が上がるなら、なんぼでも威張ります」

「玉置さん、サンコーは居心地のいい会社だから長く居られる。社長といると癒やされる、なんて言ってましたよ」

こう伝えると、

「あはは、そんなこと言うてましたか。玉置、僕が子供の頃からおるんでね、その頃すでに婆さんでしたけど」

と言って、からからと笑った。

No image

サンコーインダストリー 奥山淑英社長(写真提供=サンコーインダストリー)

ギネスに認定された「世界最高齢総務部員」が勤めるねじの専門商社、サンコーインダストリーの社長、奥山淑英(47歳)は創業社長から数えて三代目に当たる。

「たしかに、オヤジは威張らない人間ですね。威張って業績が上がるんやったらなんぼでも威張りますけど、業績に関係ないことはオヤジも僕もする意味がないと思ってますんで」

奥山の経営に対する考え方は、大阪的というのかなんというのか、極めて合理的でありながら、結果としては人情味があるという不思議なものである。

「僕も含めて、社員はサンコーのカルチャーにドはまりしてると思いますが、ひとことで言うと『みんなでがんばって、みんなで分け合おう』ということですわ。会社というのはやっぱり集団生活ですから、明日も楽しく会社に行きたいと思えるように、みんなでいい環境をつくっていこうということです」

採用ではスペックの高さを求めない

たしかに、社内の雰囲気は明るいし、職場全体に活気がある。

「このカルチャーを裏返して言えば、スペックの高い人間はあまり求めていないということなんです。スーパー級の人間をたくさん集めたら、おそらく業績はアップするんでしょうが、採用の時もそういうことは求めていない。見ているのは、サンコーに合うか合わないかぐらいです」

個人にスペックの高さを求めないということは、どうやら、玉置の言う「個人が追い込まれない」ことと関わりがありそうだ。

個々のスペックは高くないと自認する集団は、いかにして競合他社と戦っているのだろうか。

チーム力と風通しの良さの両立

「サンコーはチーム力で戦っているわけですけれど、チーム力はあまり強くなり過ぎるとセクショナリズムになる。セクショナリズムになったらあかんのやけど、セクションが完全になくなるのもあかん。この絶妙なバランスを保つことが常に課題なんです」

No image

総務部の玉置泰子さん。社員と家族のように接する。(写真提供=サンコーインダストリー)

営業活動が常に2~3人のチームで行われ、チームごとの目標管理が行われていることは前編で触れた通りである。これが「個人を追い込まない」仕組みのひとつなわけだが、一方で奥山は、チームの結束が強固になり過ぎることも予防しているというのだ。なぜだろうか。

「ねじって特殊な商品で、90万種類もある上に、お客様の業種によって呼び方が違ったり、サイズが変わると名称が変わったりするんで、商売をするには商品知識がとても重要になるんです。しかもそれは、ググって出てくる知識じゃない。知ってる人に聞くのが一番てっとり早いわけですが、セクショナリズムが発生すると気軽に人に聞けなくなってしまいます。

だから、風通しのいい社風が必要なんですが、物理的に風が通らへんかったら風通しのいい会社はできませんから、うちにはパーテーションもないし、目の高さよりも上に物を置かないようにしている。サンコーは、少なくともフロア単位ではセクショナリズムが発生してないんです」

ハイスペック人材に頼らず競合と勝負できる仕組み

これが、会社に足を踏み入れたときに感じた、開放感や活気の背景かもしれない。しかし、パーテーションを置かないだけで十分な情報共有ができるとも思えない。

「そこでITの出番になるわけです。人間の能力の差って、知識が属人化されてるから生じたりするわけで、だったら、個人個人が持っている知識をきちんと収集してデータベース化して、きちんと配布できるようにフォーマット化してやれば、誰でも同じ知識を持てるようになる。サンコーはそれをITで実現しています。うちのITはすごいですよ」

つまり、個人が仕事を通して仕入れた知識をブラックボックスにせず、ITによって全社員の共有財産とすることで、いわば「能力の均質化」を図っているわけだ。そうすることで、ハイスペック人材を採用しなくても競合と渡り合える戦力を備えている。

「そもそも僕自身が中ぐらいの人間なんでね(笑)。僕はサンコーに入る前、DTPを使ってひとりで音楽関係のポスターやHPを制作したりしていたんですが、DTPってひとつ分からんことがあるとまったく先に進めない。2日も3日もヒマかけて、やっと分かってみたらこんなに簡単なことやったんかと。こんなもん、知ってる人に聞けたら秒で解決することやんかと。ところがサンコーに入ったら、コンピュータについてわからんことを周りの人にフッと聞くと、パッと答えが返ってくる。ああ、集団ってこのためにあるんやなと、しみじみ感じたんです」

「誰でも達成できそうな数字」は目標になりえるのか

サンコーは風通しのよさとITの活用によって、集団の強みを最大限に引き出している会社なのだ。それが玉置の言う「居心地のよさ」の内実だろうか。

もうひとつ、謎の言葉があった。それは「達成できそうな数字」である。達成できそうな数字では、普通、目標にならない気がするのだが……。

No image

サンコーインダストリーの本社社屋。(写真提供=サンコーインダストリー)

「多くの企業が設定している目標って、たいていの場合、目標じゃなくて賞罰なんですよ。だから無茶な目標を立てることが正義とされていて、無茶な目標だからこそ、達成できると褒めてもらえるんです。でも、これってすごくおかしな話で、1年かけて3キロダイエットすれば適性体重になる人が、今年はちょっとキツめに5キロ減を目標にしたろって、普通、考えないでしょう」

たしかにそう言われればそうだが、目標を高く設定することによって、潜在的な能力が引き出されるのも事実ではないだろうか。

「急激に業績を伸ばそうとするから、目標を賞罰にすり替えて、達成できない個人を罰し、個人の責任を追及するようになるんです。でも、少しずつ成長していこうと思ったら、賞罰にする必要なんてないんです。

サンコーは誰でも達成できる、『行ける目標』しか立てません。採用担当の社員がいいこと言ってました。『うちには目標はあるけれど、ノルマはない』って。ノルマなんかあったら、社内がピリピリして嫌ややないですか(笑)」

90歳の超高齢者は戦力になっているのか

なるほどと感心しつつ、いくらITを駆使して総合力で勝負しているからハイスペックな人材は求めていないのだと説明されても、さすがに90歳の超高齢者が本当に戦力になっているのかどうか、確信が持てない。

「うーん、僕はギネスに載るって言われても、ああそうなんと、特別なことだとは思いませんでしたけどね。たしかに、高齢になればそれまでやっていた仕事のパフォーマンスは下がるかもしれません。でもそれは、同じ仕事を同じパフォーマンスでさそうと思うから『アカンなぁ』となるわけで、仕事の配分をきちっと見直して最適化してやれば、また同じような結果が出せるんです。それをやるのが、経営者の仕事ではないでしょうか」

全社員に影響のある大きな存在

玉置は現在、経理事務とTQCの事務局を担当している。しかし、それ以外にも重要な“存在意義”があると奥山は言う。ひとつはサンコーの語り部としての活動だ。オイルショックやバブル崩壊といった危機をサンコーがいかに乗り越えてきたかを、主に新入社員に向けてレクチャーする役割を担っている。そしてもうひとつの役割が……。

No image

新入社員研修でサンコーインダストリーの歴史を語る玉置さん。(写真提供=サンコーインダストリー)

「サンコーは商社なんで、男性よりも圧倒的にコミュニケーション能力が高い女性に、なるべく長く働いてほしいんです。だから、産休育休だけやなしに、月に1回社食でスイーツデーを開いたりして女性の福利厚生に力を入れています。それでも、同期入社のひとりが結婚退職してしまうと、ばーっと女性社員がやめてしまうような現象がいまでもあるんで、そこに玉置がいてくれると、彼女の後を追っていこうという女性社員が現れてくる。玉置は、長く働きたい女性社員の心の支えになっているんです。僕は女性社員だけでなく、社員全員になるべく長く働いてほしいと願っているんですけどね」

なるほど、これが「社長が癒やしてくれる」ということかと、ちょっと涙が出そうになった。

総務部長の佐藤は、サンコーは玉置にとって「家族そのもの」ではないかと言う。なにしろ最高齢でありながら、いまだに会社の戸締りをして最後に帰宅するというのだ。奥山が言う。

「だから、若手が帰るときに高いところにある窓とか全部閉めて、玉置がスッと帰れるように配慮しているんです。いつまで働かせるつもりかって? 家族と同じやからね、家族の誰かがトシとったからって家から追い出しますか? 普通はせんでしょう」

玉置は、サンコーの机の上で死にたいと言っているそうだが……。

「まあ、人間、言うてもしゃあないことは、しゃあないですからね。泰子さんのこと、みんなはサンコーのお母さんって呼んでるけど、僕にとってはお婆ちゃんやからね」

いつまでも元気で働き続けてほしいという、奥山の気持ちがにじむ言葉だ。

サンコーインダストリーは極めて家族主義的でありながら、暑苦しさや息苦しさが感じられないのは、大げさに言えば、上から押し付けられた家父長制的な家族主義ではないからだろう。

玉置になぜ毎日戸締りをするのかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「私の子や孫が安心して働けるように、私がしっかり鍵をかけて帰らんとね」

----------
山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。
----------

山田 清機

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加