「血の通った熱い悪口求む」ストレスフルな職場で身につけた“言葉の刃”をはね返す意外な方法

「血の通った熱い悪口求む」ストレスフルな職場で身につけた“言葉の刃”をはね返す意外な方法

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/02/21

「人見知りで話しベタで気弱」を自認する新卒女性が入社し、配属されたのは信販会社の督促部署! 誰からも望まれない電話をかけ続ける環境は日本一ストレスフルな職場といっても過言ではなかった。多重債務者や支払困難顧客たちの想像を絶する言動の数々とは一体どんなものだったのだろう。

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現在もコールセンターで働く榎本まみ氏が著した『督促OL 修行日記』から一部を抜粋し、かつての激闘の日々を紹介する。(『督促OL修行日記』を1回目から読む)

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仕事からもらった武器と盾

毎年4月になると、コールセンターに新卒で入社した数人の新入社員が配属されてくる。けれど残念ながら、ゴールデンウィークを過ぎた頃になると、

「こんな仕事するなんて聞いてない!」

「もう耐えられません!」

と言ってコールセンターを去っていってしまう人もいる。今年もつい先日、一人の女子社員が「もう督促なんて嫌だー!!」と突然退職してしまった。

新入社員の気持ちも痛いほどわかる。コールセンターは業務内容もエグイけど、就業環境がキツいことでも有名、社内での人気も断トツで低かった。

新入社員の配属とは恐ろしい。会社の采配ひとつで、ある新入社員は朝7時に出社して午後9時まで、土日も祝日も関係なくお客さまに督促電話をかける仕事に就く。クレーム対応や事務作業が夜中まで続くことも珍しくなく、残業時間もうなぎ上り。

ところが、別の新入社員は朝9時に出社して18時ぴったりに仕事が終わり、土日祝日はお休みで、一日中机に向かって事務をするような仕事に就いている。「なんで私だけこんな部署なの!?」「やってらんねーよ!」って思うのも無理はない。

ある消費者金融では、入社してすぐに新入社員を研修所に送って泊まり込みで合宿を行い、数週間かけて徹底して貸金業の心構えを叩き込む、通称「地獄の研修」「ブートキャンプ」と呼ばれている研修を行っているらしい。この研修ではとにかくメンタルを鍛えることを強制されるそうだ。人前で恥ずかしいことをさせたり、脱落者が出たら連帯責任を取らせたりする。その徹底した教育は強制的に「プロ意識」を根付かせて、お金を貸すことや督促をすることへの抵抗を消してしまう。研修を終えた新入社員は督促でもお金の貸付でも、どんな部署に配属されても全く辞めないそうだ。

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©iStock.com

合宿中に耐えかねて脱落する新入社員もいるらしいけど、「病む人をはじめからふるい落とす」というのもこの研修の目的の一つなんだそう。研修経験者によれば「苦労から始めれば世界はなにがあっても大丈夫」だと思えるらしい。

一方、私の会社のように、あんまり研修らしい研修を行わずいきなり現場に入れてしまう会社もある。ここでは、見よう見まねで仕事を覚えなければならないために、できないことにぶつかるとその都度苦労をすることになる。でも自分で苦しんで苦しんで、解決方法を模索すると、思ってもみない成長をすることもある。

弱者には弱者の戦い方がある

入社当時、私はお客さまに督促をして入金の約束を取り、その約束を守ってもらえる確率がコールセンターの他の社員に比べて低かった。

私のお客さまの履行率(入金の約束をしたお客さまが約束を守って入金してくれる確率)は5割で、コールセンターの平均の6割を下回っている。お客さまに強く督促できない私に頭を抱えた上司は、私を強く督促できる男性社員二人の席の間に座らせて勉強させようとしたこともあった。オセロじゃないんだから、強く言える人二人で挟んだってそうそう変わらないと思うんだけど……。

たしかに、督促という仕事はコワモテの男性社員の方が向いていると思う。男性社員が強い調子でお客さまに督促をすると、やっぱりお客さまは入金をしてくれることが多い。長年督促をしてきたとある回収のベテラン男性社員の履行率は7割近かった。

でも、私だったらそんなふうに強い調子で督促をされたら、確実にそのカード会社を嫌いになってしまうと思う。二度とそのカードを使う気にならないかもしれない。

督促していると、お客さまはなぜお金を支払えなくなってしまったのか理由を聞かせてくれる。なかには「携帯でゲームしすぎた」といった(それはどうなんだ……?)と思う理由もあるけれど、それもある意味、人間らしいと思う。

そこまで踏み込んで事情を聞かせてくれるお客さまに向かって、厳しく言って督促することは私にはどうしてもできなかった。

改めて基本に立ち返る

(じゃあ、強く言えなくても、督促で成果を出す方法はないのかな?)

ある時私は考えた。いやあるはずだ、正攻法で行けないなら裏道を狙えばいいのだ。

そして私が見つけたのは、基本に戻って電話をかける件数を増やすという方法だった。どんなに交渉技術を磨いても、お客さまが約束を守って入金してくれる確率はコワモテ男性社員の持つ7割が最高だ。平均が6割なので、1割しか伸ばせないことになる。だったら履行率が5割の私でも、入金約束をするお客さまの母数を平均より4割増やせば、履行率7割の長年コールセンターで働いてきた交渉の達人とも回収成績で並べることになるじゃないか!

そうして、どうやったら他人より4割多く電話をかけられるか、という作戦を立てた。

多く電話をかけるためにはお客さま一人一人の交渉時間を短くしなきゃいけないので、時間を取られてしまうクレームはなるべく起こさず、もし起きてしまっても短時間で鎮静化しなきゃならない。その対策として考えたのが、怒鳴られてもすぐに立ち直る方法や、怒鳴られても動じず交渉を続ける方法だった。クレーム対応チームの先輩に聞いて、上手にクレームに対処する方法も勉強した。

経験で身につけた督促術

また、お客さまとの交渉の効率を上げるためにはなるべく使う言葉を決めておいた方が良かった。お客さまとの交渉の中で、一番短く、一番わかりやすい言葉を抽出して付箋を作り、目に見える場所に貼っておいた。焦った時でも付箋を読めばスムーズに対応ができる。

それから、お客さまに聞き返されることがないように、自信があるようにゆっくり丁寧にしゃべることにした。相手にしっかり伝われば、一人にかける交渉時間を短縮することができた。

こうして、自分の頭で考え、人から学んできたことを組み合わせた結果、私はオペレーター平均の倍の数のお客さまに電話をかけられるようになった。履行率が低くても、電話をかける件数を増やせば回収金額は増える。

仕事をしていると、どうしても正攻法では歯が立たない場面がある。だけど、そういう時にも意外と裏道が用意されていたりする。もし、どうしても「ココができない!」という壁を感じているとしたら、その壁を乗り越えようとするのもいい。でも、もしかしたらどこかに穴があるかもしれない。正攻法で行かないのはずるいかもしれないけれど、弱者には弱者の戦い方があるのだから。

最近、すぐに辞めていってしまう新人さんを見ると、もったいないなぁと思ってしまう。たしかに配属された部署に行って「だまされた!」と思うこともあるかもしれないけど、一度、だまされてみるのも実はそんなに悪いことじゃないかも。「この子、督促大丈夫かな?」と思うような子でも、「もう無理です」「嫌です」と言い続けるのをなだめ続けて督促を続けさせるうちに、ものすごい才能を開花させてあっという間に上にあがっていってしまうこともある。打たれ弱かった新人さんでも、督促を続けているうちに別人のように逞しくなることもある。

思わぬ部署に配属されてみるのも、自分の不得意な分野でもがいてみるのも、意外な化学反応につながることがあるのかもしれない。

心の通り魔

私は昔っからコミュ力が低くて初対面の人とはほとんどまともにしゃべれなかった。そして、繁華街を歩くと、なぜか必ずキャッチセールスか宗教の勧誘に声をかけられた。その確率たるや100%である。ただ、何回ひっかかっても断ることが下手だった。

「すいません~いまエステのモニター募集してるんですけどぉ」

(ひっ、きゃ、キャッチセールスだ!)

目の前に茶髪にスーツという、ホストのような男性が立ちふさがる。

「す、すいません、今時間ないんです」

「大丈夫すぐ終わるから~」

「い、いいです」

「景品もありますから、パンフだけでも見て!」

「……え、あ、じゃ、じゃあパンフレットだけ見たら行きますから」

「ほら、このプランなんですけどすごくお得で! いいでしょ~」

「は、はい……」

こんなやり取りの後、数十分説明をされて「もうちょっと詳しく説明させて」と建物に連れ込まれそうになる。

この時点でやっと、やばい! と思い「やっぱりいいです!」と断って逃げようとすると、必ず、「ここまで説明させといて、ふざけんな!」とか「はぁ? こいつ、わけわかんねえ。キモいんだよ!」と最後に思いっきり心に突き刺さるような、捨て台詞を言われる。

こういう人たちを私は心の通り魔と呼ぶ。

歩いてるとすれ違いざまに「ブス!」「デブ!」と罵ってくる男の人たち。お会計を間違えて指摘すると嫌そうな顔をする店員さんたち。インターネットに人の悪口を書きこむ人。世の中、四方八方から心を傷つける言葉の刃が飛んでくる。

涙味のお菓子

社会人になって、コールセンターに配属されてからも、お客さまの罵詈雑言はどこからともなく飛んでくる弓矢のようだった。コールセンターは古戦場で、少し気を抜くととたんに串刺しにされる。目の前で仲間がお客さまの言葉に傷ついてバタバタと倒れていく。私の仕事場はそんなところだった。

それでも、ひどい罵詈雑言を浴びせられながら、夜の10時過ぎまで怒鳴られ続ける時も、上司や先輩は私の電話が終わるのを何も言わずに待っていてくれた。

ところどころ電気が消されてうす暗くなったコールセンターで、K藤先輩は私の隣で電話を聞きながら一生懸命、筆談でクレームの対処法を説明してくれた。遅くまで時間がかかっても、K藤先輩も高田純次課長も嫌な顔一つせず私を待っていてくれた。

先に帰る先輩も、「がんばれ」と書いたメモを残していってくれた。クレームの電話を受けていると、いつの間にか傍らにはメモとお菓子が積まれて小山ができていた。普段はコワモテで厳しい癖に、こういう時だけ優しいのはほんとうにずるい。クレームの電話が終わるといつも泣きながらそのお菓子を食べた。涙味のお菓子、それは今まで食べたどんな食べ物より忘れられない味になった。

督促で学んだことの数々

最近、久しぶりにキャッチセールスに声をかけられた。

「お姉さんちょっと待って! 今そこで化粧品のお試し会をやってるんでぜひ寄ってってくださいよ!!」

不覚にも腕を取られてしまった、どうやら相当押しの強いキャッチらしかった。でもそこで、私の口からは反射的に言葉が出てきた。

「お役に立てなくて本当にごめんなさい! 今ちょっと急いでるんです!」

いきなり謝られたことにびっくりしたのか、声をかけてきたお兄さんに隙ができた。

その隙に、するりと腕をはずして「声かけてくれてありがとう、それじゃ!」と言って走って逃げる。最後に嫌な言葉を浴びせかけられることもなかった。

いきなり謝れば相手は警戒心を解く、謝罪にお礼を挟んで感情豊かに応対する、もちろんここぞといういい声を出した。全部、督促で学んだことだった。

昔の私は口ゲンカが苦手だった。お店でお会計が間違っていても言いだせなかったし、だめんずの彼に一方的にヒドイことを言われても反論できなくて黙って耐えていた。その時の自分の嫌だという気持ちを、どういう言葉にして相手に言えばいいのかわからなかった。

でも今は私にはお客さまにもらった言葉の数々を記録した「悪口ノート」もある。私の悪口のボキャブラリーはここ数年で一気に豊富になった。お店の人への文句だってちゃんと言えるようになった。日ごろ同僚が苦しめられているクレーマーと同じになってしまうから、もちろん理不尽な怒り方はしないけど。

血の通った熱い悪口、求む

督促の仕事を知ってもらいたいと思ってブログを書き始めて、それがきっかけでインターネットでコラムを書かせてもらうようになった。すると、その分ビックリするくらいたくさんの悪口を書きこまれるようになった。最近はSNS経由でわざわざ匿名で悪口を書いたメッセージを送ってくれる人もいる。

以前の、督促の仕事に就く前の私なら確実に心が折れていた。でも、今は大丈夫だ。こんなの直接お客さまに罵られるのに比べたら全然ぬるいじゃないか。私の督促するお客さまはもっと血の通った、熱い悪口を言ってくれる人ばかりだ。

ちなみにインターネット経由で送られてくる悪口ももちろん「悪口ノート」に記録している。たくさん集まったら、ぜひとんでもないご褒美を自分に与えようと思っているので、どんどん送ってほしい。

私は、ある時気がついた。

古戦場のようなコールセンターで働くうちに、いつの間にか自分の体にはたくさんの言葉の刃が突き刺さっていた。でも、その一本を引き抜くと、それは自分を傷つける凶器ではなく剣になった。その剣を振り回すと、また私を突き刺そうと飛んでくるお客さまの言葉の矢を今度は撥ね返すことができた。それから、仲間を狙って振り下ろされる刃からも仲間を守ることができるようになった。そうか、武器は私の身の中に刺さっていたのだ。

仕事をする中で誰かから傷つけられることはたくさんあったけど、そのおかげでできるようになったこともたくさんある。今まで私が先輩やお客さまからもらってきたのは、これからより強く生きていくための武器と盾だったのだ。

◆『督促OL修行日記』を1回目から読む。

(榎本 まみ/文春文庫)

榎本 まみ

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