「社会人になり趣味の映画やカフェへ 行かなくなって」『家が好きな人』 井田千秋がイラストの世界に進むまで

「社会人になり趣味の映画やカフェへ 行かなくなって」『家が好きな人』 井田千秋がイラストの世界に進むまで

  • CREA WEB
  • 更新日:2023/05/26

累計発行部数10万部の人気コミック&イラスト集『家が好きな人』。著者の井田千秋さんは、美術系の学校へは進学せず、会社員を経験した後にイラストレーターになりました。これまでの道のりについて伺います。

家族の影響を受けながら、漫画が身近な環境で育った

――井田さんは、昔からイラストを描くのが好きだったんですか?

井田 そうですね。家族が漫画やアニメ好きだったから自然と好きになって、気が付いたら絵を描いていました。少し上の世代で流行った漫画も読めたのは贅沢でしたね。

一番上の姉と私は、5歳ほど離れています。そして、母は『ベルサイユのばら』(集英社)や『日出処(ひいづるところ)の天子』(KADOKAWA)などのほかに児童文学全集も集めていて。住んでいた埼玉県の実家には、階段をあがったところに本がいっぱい積んでありました。

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『家が好きな人』より。

――美術館などにもよくいらしたんですか?

井田 頻繁ではないですけど、たまに。といっても、中高生のころは行きませんでした。アートというよりは漫画やイラストが好きで、描くのもかわいい女の子のバストアップや顔ばかりでしたから。

中学ではバドミントン部、高校では合唱部に入部しました。高校は特に忙しい部活だったこともあり、部活が生活の中心のような日々を送っていたので、絵を描くのが好きだったのに少しずつ離れてしまいました。

――描かなくなった時期もありますか?

井田 全く描かなくなったのは、社会人になってからですね。IT関係の会社に就職して、家と会社を往復する毎日。休日は疲れてクタッと寝ていました。そのうち、好きだった映画やカフェへ行くこともなくなって、どんどん無趣味になっていったんです。

20代後半になるとその後の人生について考えるようになりました。「趣味がないのに、将来は楽しいのかな」って考え始めて。「これはまずいな」、と。まずは自分が何を好きだったのかを思い出すために、絵を描き始めました。

20代後半で突然仕事を辞めて無職に

――最初は何から始めたのですか。

井田 休日にイラストを描くところから始めました。画材を手放していたから、手元にあったコピー用紙にミリペンで描き始めたんです。だから、初期の作品はモノクロ作品ばかりが並んでいます。

――描いたイラストはどうしたんですか?

井田 完成したらpixiv、その次にSNSでもアップするようになりました。少しずつ活動の幅を広げていたら「展示してみませんか」と声をかけてもらえて。それでコミティアなどに参加するうちに欲が出てきて「もともと私、絵を描く仕事に就きたかったんだよな」って。イラストレーターでも漫画家でも、「なれるかわからないけど、やっぱりなりたいな」という気持ちが膨らんでいったんです。

退職を意識するようになり、絵の時間をもっと作れないかと転職活動も始めたころが、会社で参加していたプロジェクトが終わった時期で。面談で「来期からこのプロジェクトに参加してください」と言われた時に、「今辞めないと、辞めるタイミングを逃してしまうな」と思って、退職を願い出ました。

――イラストレーターとしての仕事が決まる前に、退職されたのでしょうか。

井田 そうです。20代後半で無職になりました。

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『家が好きな人』より。

――ご家族が心配したのでは?

井田 心配したと思います。でも絵に関わる仕事がしたいというのは幼いころからの夢だったので、何も言われなかったですね。

会社を辞めてからは1年ほどかけて作品数を増やして、いろんな人に自分のことを知ってもらおうとイベントや展示会に積極的に出展しました。そうしているうちに新宿のThe Artcomplex Center of Tokyo(アートコンプレックスセンター)での個展のお話をいただいて。個展を機に開業届を出して、イラストレーターとして営業を始めました。

比較的安定して絵のお仕事をいただけるようになったのは、ほんの数年前のことです。

これからも自分が好きなモチーフを追い続けたい

――夢を叶えていったところがすごいです。イラストレーターとして目標にしている方はいますか?

井田 たくさんいるんですが、改めて絵でやっていこうと決意した時に影響を受けたのは、『赤毛のアンの手作り絵本』(白泉社)の挿絵を担当された松浦英亜樹さんですね。この方の作品は少ないので、ご存じの方は多くないかもしれません。

もともと幼いころから大好きな絵本で、母の蔵書でした。今は譲ってもらって私の本棚にあります。部屋のこまごました描写、きれいな配色。生活に密着したものを表現する面白さが感じられます。

――読んでみたいです。ほかのイラストレーターさんたちと差別化するために、井田さん自身が心がけていることはありますか?

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『家が好きな人』より。

井田 私は何でも描けるわけでもないし、美術系学校の出身ではなく専門的な土台もないので、好きなものを突き詰める方が強みになると思っています。だから自分が好きだと自覚した生活回りのモチーフを今後も大切にしていきたいですね。それがきっかけで、今作のような機会もいただけたので。

その上で、イラストに描かれた世界が遠い存在ではなく、読者の生活と近い距離で観ていただけるバランスを目指したい。モチーフに対して、「かわいいな」という憧れだけじゃなく、読者が自分の生活と重ね合わせた時に「私の生活もいいもんだな」と思えるような作品にしていきたいです。

――ありがとうございます。最後に、読者にメッセージをいただけますでしょうか。

井田 コミック&イラスト集『家が好きな人』では、大きな事件は起こりません。だからこそ、疲れている時も、眠る前も、元気な時も、サラッと読んでもらえる作品です。生活の傍らに置いていただけると嬉しいです。

井田千秋(いだ・ちあき)

書籍の挿絵、装画などを手掛けるイラストレーター。2023年2月に上梓した『家が好きな人』(実業之日本社)が累計発行部数10万部のベストセラーとなる。著書はほかに『わたしの塗り絵BOOK 憧れのお店屋さん』(日本ヴォーグ社)など。児童書では『へんくつさんのお茶会』(学研プラス)、『ぼくのまつり縫い』(偕成社)シリーズなどの挿絵を担当する。自主制作では、架空の部屋・生活シーン・家具などのモチーフを好む。
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文=ゆきどっぐ

ゆきどっぐ

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