たった1つの誤算で、核の惨禍が現実に

たった1つの誤算で、核の惨禍が現実に

  • CNN.co.jp
  • 更新日:2022/08/06
No image

米陸軍が公開した1945年8月6日の広島への原爆投下の様子を捉えた写真/U.S. Army/Hiroshima Peace Memorial Museum/AP

(CNN) 国連のグテーレス事務総長に対して、パニックに陥りやすい人物という見方はほとんど当たらない。ましてや物事を誇張しがちなタイプでもない。その彼がこれほどおびえた様子を見せるのは異例のことだ。

「人類はたった1つの誤解、たった1つの誤算が生じるだけで核によって滅亡する」。グテーレス氏は今週そう語った。同氏をはじめ、核の問題とそれがもたらす結果とを深く考える人が見るところでは、世界は起こり得る最終戦争に向かって、頭から飛び込もうとしている。自分たちの行動、あるいは不作為の行き着く先がどのようなものなのか、ろくに顧みることもなく。

ペロシ米下院議長はそうした恐怖感をほとんど意に介さず、軽い気持ちで台湾を訪問したように見える。これに対しては中国本土の指導部が、強い警告を発していた。本土の武器庫には350発の核兵器があり、台湾とは狭い海峡1つを隔てただけだ。加えて今回の訪台は、ロシアのプーチン大統領がウクライナを巡って好戦的な言動を示す状況下で行われた。地理的に近い北朝鮮でも、金正恩(キムジョンウン)総書記が核にまつわる言説と活動を継続している。

グテーレス氏の不安は当然ながらより広範かつ深いものであり、現在のアジアで燻(くすぶ)る火種のみにとどまらない。同氏は核不拡散条約(NPT)再検討会議で演説を行った。この会議は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)のため、2年延期されていた。

NPTは1968年7月1日に93カ国が署名し、2年後に発効した。現在は191カ国が締結国に名を連ねるものの、かつてないほど脆弱(ぜいじゃく)に思える。重要性はこれまで以上に高まっていても、なおそうした印象は拭えない。

背景にあるのは、グテーレス氏も見抜いているように、今年の会議が置かれた状況だ。条約の署名から10度目となる今回の会議は、「冷戦の最悪期以来となる核の危機を迎える中での開催」だった。

確かに、世界の安全保障のまさしく基盤となるものが、これまで実質的に平和を保証してきた。戦争中使用された最後の原子爆弾が1945年8月9日に長崎の上空で爆発して以降はそうだった。しかしここへ来てその基盤はひどく揺らいでいる。

米国は依然として、戦争で核兵器を使用した史上唯一の国であり続けている。旧ソ連が最初の核実験を行ったのは、上記の原爆投下から4年後のことだった。

59年7月、当時のフランスのドゴール大統領は、筆者との共著で書籍を出版してもいるアレクサンドル・ド・マレンシュ伯爵をワシントンに派遣した。アイゼンハワー大統領に対し、フランスが核保有国の仲間入りを果たすための秘策を授けるよう頼むためだ。アイクことアイゼンハワー大統領は、丁重ながらも断固とした態度でこれを断った。

しかしそれから1年と経たないうちに、フランスは最初の核実験を実施した。英国でも、その8年前に初の核実験が行われていた。

ロシアは、すでにこの国家間のバランスを均等にする道をたどりつつあった。60年代の初めまでに、クレムリンは後に3000発を超える規模となる核兵器の最初の1発をウクライナに配備した。ソ連の核開発における初期段階の歩みのいくつかは、すでにウクライナにある研究施設が担っていた。こうした施設は、今回激しい戦闘の舞台となったハルキウ、ドネツク両市に位置している。その後、さらに多くの核兵器がベラルーシとカザフスタンに配備された。

60年代半ばまでに、鉄のカーテンの西側には3つの核保有国(米、英、仏)が生まれていた。東側では表向き4つの国家が核武装していたが、これらは完全にクレムリンの支配下にあった。事実上、核の勢力圏は2つしか存在していなかった。

当時を核対立の古き良き時代として振り返る人は多い。それにはもっともな理由もある。両陣営は数十年にわたり、十分な数の核兵器を保有していた。それぞれのピーク時にはソ連に4万1000発、米国に3万1000発の核があった。それだけの核があれば相手国はおろか、地球上の全生命を滅ぼすことができる。この状況から相互確証破壊(MAD)という概念が生まれた。

以降、複数の軍縮合意が成立して核兵器の保有量は劇的に減少したものの、依然として地球を灰にできるだけの水準は維持されており、陣営同士の緊張も大幅に縮小するには至っていない。冷戦以来核兵器の保有量が縮小する一方で、それらを保有する国の数は増加している。

現在9カ国が核兵器を手にした状況で、そもそもどのようにMADが成立し得るのだろうか?(問題の9カ国は米国、英国、フランス、イスラエル、パキスタン、インド、ロシア、中国、そして北朝鮮だ)これらの国々の中では、個別的な相互確証破壊が複数存在することになる。世界の全核兵器1万3900発のうち、93%余りは依然として米国とロシアが握っている。

ある程度において、そこではMADが有効に働く。実際に相互確証破壊という展望が大きく奏功し、パキスタンとインドは互いに核兵器を撃ち合わずに済んでいる。これまで3度の印パ戦争を戦ったほか、恒常的な武力衝突が係争中の国境を挟んで起きているにもかかわらずだ。

とはいえ、より広範な脅威は拡大の一途をたどる。国家の存亡にかかわる課題に直面した時、ロシアが、あるいは64年に核保有国となった中国が、保有する核兵器を展開しない可能性はどのくらいのものだろう? 実際ロシアはそうした脅迫をウクライナでちらつかせた。同国に侵攻するわずか数週間前、ロシアは核戦力を含む軍事演習を行った。この時プーチン大統領は、自らの核抑止部隊が「特別警戒態勢」にあると発表していた。

そのうえで、周辺的な核保有国というものが存在する。世界の大半がウクライナ、台湾、そしてアフガニスタンのテロリストのリーダーにくぎ付けとなる中、北朝鮮は依然としてミサイルを発射し、新たな核実験の脅迫を続けている。朝鮮戦争で勝利したと位置づける先月の記念日には、金正恩総書記が自らの核抑止力を「動員する用意がある」と警告した。

最終的に、情勢は向こう数週間で改めて激化するかもしれない。今回絡むのはイランだ。ブリンケン米国務長官は、協議に復帰して核合意を再建する意欲を示した。その合意によってイランの核兵器への強い野心を抑え込む考えだが、イランがそれに同意する用意があることを示す証拠はほとんどない。

なるほど、バイデン政権は1日、新たな制裁措置を発表し、イランの石油産業への「不法な」支援を標的とする方針を打ち出した。ただ同産業には、すでに過酷な制裁が科されている。また「ブレークアウトタイム」(核兵器のための核分裂性物質をイランが製造するのに要する時間)がゼロに近い水準にまで縮小しているとの見方もある。

もしイランが核実験を行うか、あるいは核実験を行う能力を明示した場合でさえ、主要な敵国であるサウジアラビアはあらゆる手を尽くして独自の核兵器を配備するとの考えをすでに示唆している。実際のところサウジは、パキスタンの核プログラムや中国との間で緊密な関係を育んでいる。こうした国において、海外の石油に対する欲求はとどまるところを知らない。

グテーレス氏が極めて悲観的になるのもほとんど驚くに値しない。NPT再検討会議で同氏の後に続いた一連の演説に、核の魔神を瓶へと戻す意図が感じられるものはまず見当たらなかった。

ブリンケン氏は同会議での自身の演説で、ロシアが「無謀で危険な核兵器による威嚇」をウクライナで行っていると非難。一方で北朝鮮は「7度目の核実験実施に向けた準備をしている」とした。イランについては、「依然として核拡大の道を進んでいる」との認識を示した。

そのうえで「恐怖の論理を脱すること」に言及。それこそが核不拡散に同意した全ての国々にとって最も差し迫った使命となるはずだと結論した。

しかし、どうもより一層価値のある目標は、単に世界が時計を2022年から1962年へと戻す方法を見つけることかもしれない。あるいは82年でも構わない。これらは恐ろしい年だった。我々は何食わぬ顔で毎週、幼稚園の小さな木の机の下に隠れる訓練を繰り返していた。家の庭には放射能から逃れるためのシェルターを掘り、今にも起きるであろう核攻撃に備えた。

しかし、そうした極めて現実味のある切迫した脅威は夜ごとのニュースのトップを飾り、世界中がその話題で持ちきりだった。こうした状況に突き動かされ、ありとあらゆる対策が世界のあらゆる指導者によって立てられた。彼らは核兵器こそがまさに最重要の課題であり、またそうあるべきだと理解していた。今はもう、核兵器がそのように扱われることはない。

この恐怖が、国連事務総長の悲観論の中心にはある。我々全員の中心にも、それはあって然るべきだ。

デービッド・A・アンデルマン氏はCNNへの寄稿者で、優れたジャーナリストを表彰する「デッドライン・クラブ・アワード」を2度受賞した。外交戦略を扱った書籍「A Red Line in the Sand」の著者で、ニューヨーク・タイムズとCBSニュースの特派員として欧州とアジアで活動した経歴を持つ。記事の内容は同氏個人の見解です。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加