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死後の世界は近くにある... 津波の犠牲者に「憑依」された女性の体験

死後の世界は近くにある... 津波の犠牲者に「憑依」された女性の体験

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/07/22
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宮城県の古刹・通大寺では、人間に「憑依」した死者を成仏させる「除霊」の儀式が、今もひっそりと行われている。震災後、30名を超える霊に憑かれた20代の女性・高村英さんと、その魂を死者が行くべき場所に送った金田諦應住職。彼女の憑依体験から除霊の儀式まで、一部始終を取材した大宅賞作家・奥野修司氏が、このたび単行本『死者の告白 30人に憑依された女性の記録』を上梓した。今回は、高村さんの「憑依」体験の一つを紹介する。

兵隊の「除霊」が終わると、また次の霊が……

高村さんはといえば、読経が終わった頃からすでに体に異変が起きていた。下半身がない兵隊が彼女の体から出て行ったのと入れ替わるようにして、別の霊が彼女の体に侵入しようとしていたのだ。憑依されて体を乗っ取られないようにと必死に抵抗していたが、もう無理だとわかると、金田住職に向かって「次の人が出てきます!」と叫んだ。

儀式が終わったのだから帰るものと思っていた金田住職らは、一瞬何が起こったのかわからず、茫然としていた。

事前に聞いていなかったから、これは予想外の展開だった。

「震災関係で亡くなった人かと思います。お願いします。出します!」

ゆっくりと説明している余裕はなかった。

映画館で映画を見終わって、さぁ帰ろうと立ち上がったら、突然、新たな映画が始まったようなものだと、彼女は言う。

「兵隊さんを送り出して、自分の魂を体に戻してホッとしたと思ったら、いきなりでした。体を鷲摑みにされて、ベリベリと剝がされるような感覚というか、強い力でドンと押されて心臓が飛び出したような衝撃というか……」

金田住職は、誰が出てくるのかわからず、慎重に見守った。そうしているうちに、彼女は意識を失ったかと思うと、断末魔のような声を上げて喉元をかきむしったり、畳の上をのたうち回ったりし始めた。息苦しいのか何度も咳き込み、よだれを垂れ流していた。何かを吐き出そうとしているらしく、何度もえずいた。

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金田諦應住職

死者の「死」を追体験する

住職は彼女の肩を摑むと、「英ちゃん、大丈夫か!」と、住職夫人とかわるがわる声をかけながら、必死に状況を把握しようとしていた。

彼女は溺れかけていたのだ。もちろん実際に溺れていたわけではないが……。

「突然でした。口の中、耳の中、穴という穴に泥水が入ってきたんです。息ができないどころか、吐き出すこともできない。周囲は真っ暗な水の中で、最初は水の中にいることさえもわかりませんでした。突然、わたしが地上から瞬間移動したみたいに、水の中で溺れているんです。自分に何が起きているのかわからなくて、とにかく必死に手足をばたつかせていました。あれが、初めての溺死体験でした」と高村さんは言う。

「憑依されたら、いきなり水の中ですか? それも溺死中?」

「ええ、溺れているところからのスタートでした。皆さん(津波による死者の霊)、何が起きたのかわからないうちに死んでいるので、亡くなる寸前の場所からスタートしたり、いちばん印象に残っている場面からスタートしたりします。人によって違うんです。この方(高村さんに憑依した霊)は、自分が死んだこともわからない状態だったので、溺れ死ぬところからスタートしたようです」

憑依した霊は津波に吞み込まれたのだろう。死者の霊とリンクする彼女も、同じように津波に吞まれて溺死する場面で幕が上がったのだ。

もちろんこれは彼女の視点からのストーリーであって、金田住職とは時間軸も空間軸も違っているそうだから、2人が見た世界は異なっていたはずだが、ここでは高村さんの体験を中心に物語をすすめる。

「わたしが溺れて死ぬと、少し経ってからわたしの体に別の魂が入りました。そしてわたしの魂が追い出されたのです。肉体を失うと、真っ先に何を失うかというと、声を失うんです」

見たり聞いたりはできるが、自らしゃべることができなくなるのだという。

「死者の霊が憑依するには、(高村さんが)死ぬことが必要なんですか?」

「おにぎりが食べたいと言った男の子の場合は、そういう体験は一切ありませんでした。ある人とない人の違いは……、わかりませんね」

「死後の世界」の身近さ

憑依が完了したのだろう。それまでの荒々しかった呼吸が落ち着いたと思うと、突然、本堂中に響くような野太い男の声で叫び始めた。

「ワカナ! ワカナぁぁ〜〜!」

その叫び声は彼女にも聞こえていたが、溺死体験の後だからフラフラで集中できず、ただ見ているだけで精一杯だったと高村さんは言った。

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3・11の後、金田住職は他の宗教者らとともに三陸海岸を行脚した

「口の中に入った泥や砂を吐き出したくって、何度も空えずきを繰り返していました。耳や目にも泥が入っていて、そのうえ冷たくて重たくて、今にも死にそうでした。いや、わたしは溺死したんでしたね。死後の世界はあると知っていましたが、こんな近くにあったのかと驚きました」

死後の世界で溺死とは理解しかねたが、もう一つわからないことがあった。

「こんな近くにあった? どういう意味ですか?」

「昔からわたしは、亡くなった方たちの魂と共存しているのが当たり前だったので、死後の世界はないと思っていたのです。だって死者がそばにいるわけですから。つまり、死後の世界というのはなくて、単純に肉体を失った人がこの世にいて共存していると思っていました。ところが、亡くなり方によっては……、たとえば自殺するとか、殺されたとか、何らかの理由で亡くなった方たちがとどまる死後の世界があることに気づいたのです」

「どういう世界なのですか?」

「ひと言でいうとカオス的な世界でしょうか。『あいまいな世界』のことです。自分の死を受け入れてない人、殺されて血を垂らしている人、自殺した人、死刑になった人……、血まみれの子供もいました。あまり思い出したくない場所ですね。理由があるとはいえ、そういう世界に来るしかなかった人たちもいるんですね。それまで、そういう場所とつながったことがなかったので、こんな近いところにあったのかと驚いたのです」

「その時の高村さんも、その死後の世界にいたというわけですね」

「そうです。寒くて寒くて、全身が濡れていました。服は濡れて重く、体も鉛のように重たかった。何が起きたのかわかりませんでしたが、なぜかこれからも同じことが続くんだと思いました」という。魂が寒いと感じるというのが、僕にはちょっと意外だった。重いというのも不思議だ。死後の世界に行っても重力があるのだろうかと思ったが、慌てて頭の中から思考のかけらを消した。

いずれにしろ、彼女にすれば、これをとば口にして震災の霊たちが次々とやってくるという、そんな予感でいっぱいだったのだ。

そして、それは現実になった。

若い男の霊が憑依

金田住職が、野太い声で叫ぶ男に向かって、「あなたは誰ですか!」と尋ねた。

彼女は、暗闇の中を浮遊しながら状況を眺めていたが、見えているのは「ワカナ!」と叫ぶ男だけで、金田住職の姿は見えていない。ただ男の声も住職の声も聞こえていた。おそらく男も同じように金田住職の姿は見えないが、自分に尋ねられていることはわかっているので、声は聞こえたはずだという。

前出の下半身がない兵隊も、金田住職の問いに対して「あなたは誰ですか」と尋ね返したのは、姿が見えていなかったからだと彼女は言う。

「お前こそ誰だ! ここはどこだ?」と男が問い返した。

まさしく即興の物語のスタートである。

「ここは栗原市の寺だ。私はそこの住職だ」

「なんで俺は寺にいるんだ。あん? 住職だと? なんで俺の前に坊主がいるんだ。ワカナはどうした?」

「ワカナとは誰なんだ? あなたはどこにいるんだ?」

「ワカナは俺の娘だ。俺がどこにいるかって……」

男はあたりを見回す。真っ暗で寒く、自分の身体がびしょ濡れになっていることに初めて気づいたようだった。

「ここはどこだ……、何も見えない。暗い……」

「地震が起きたことはわかってるな?」と金田住職は確かめるように言う。

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photo by gettyimages

津波で死んだことがわからない霊

男ははっと気づいたように声を荒らげた。

「そうだ! 地震が来て、妻から『ワカナを迎えに行けない。渋滞にはまった』とメールが来たんだ。その時、防災無線で津波が来るって放送があったのを覚えている。だから、だから俺は慌ててワカナを迎えに海沿いの道を車で走っていたんだ。ああ、娘のいる学校へ迎えに行くところだったんだ。俺を迎えに行かせろ!」

金田住職は「それは無理だ」と静かに言った。

「なんでだ! 行かせろ!」

「その地震も津波も、もう1年前のことだからだ」

「え⁉ いちねん、前……」

下半身のない兵隊と違い、彼は自分が死んだことを知らなかった。地震も津波も1年前の出来事だということを、この時初めて知ったのだ。

金田住職の言葉に、男が膝からくずおれるようにへたり込むのを彼女は見た。しかし彼女は、口の中に入った泥や砂利を吐き出したくってもがいていた。耳や目にも泥が入っていて、体は凍りそうなほど寒かった。初めて体験する溺死は衝撃的で、意識はあったものの、立っていられなかったという。

金田住職らは、彼女がいきなり畳の上に倒れたので心配そうに見守っていた。

「本人は津波から1年経っていることを知らなかったのですか?」

「だから溺死からスタートなのです。下半身がない兵隊さんの場合は、自分の死を納得していましたが、心残りがありすぎたので、やはり死ぬところからスタートしたんですね。この男性は、そもそも自分が死んだのを知らないから、死を受け入れていません。それが1年も経っていることにようやく気づき、急に現実が襲ってきたみたいです」

娘のワカナは小学生だった。男は若かったような気がすると彼女は言う。体格が良くて強面で、ちょっとやんちゃな雰囲気があり、まだ二十歳になるかならないかの若い時分に結婚した印象だったそうだ。

「納得できない」霊との対話

「苦しくないか? 私の言う意味がわかるか?」と金田住職。

「わからない、暗い……」

津波に吞まれて海中にとどまっているのだろうか。

「ここはどこだ? 俺は死んだのか?」と男は矢継ぎ早に尋ねる。

「あなたは死んでいる」

「そんなはずはない! 俺には体がある、手足がある。ワカナを迎えに行かせろ!」

「その体はあなたの体ではない。その体から出て行きなさい」

「うるせえ! ワカナはどうなった? 死んだのか? 生きてるのか?」

金田住職はじっと聞いていた。男は「俺を迎えに行かせろ」と何度もしつこく言った。

それを聞いていた高村さんは、溺死体験でぐったりしていたせいか、一時は自分の体をくれてやろうかと思うほど投げやりになっていたという。そこへ、金田住職の毅然と言い切る声が聞こえてきた。

「あなたは死んでいるのだ!」

男は黙った。

「他にもたくさんの人が死んだのだ」

「本当に死んだのか? じゃ、今こうやって話しているのは何だ!」

そんな押し問答が続いたあと、男はようやく観念したかのように声を落とし、「俺はやはり死んだのか? 津波で? 他に何人死んだのだ?」と弱々しく尋ねた。

金田住職が「2万人が死んだ」と言うと、男は「なに2万人⁉ そ、そんなに死んだのか」と絶句したあと、「俺のワカナはどうなった?」とすがるように言った。

「わからない」

「俺はそれさえも知ることができないのか」

「そうだ、受け入れなさい!」

男はそれを聞くと号泣した。「なんでだよ、俺を行かせろよ! 娘を迎えに行かなきゃいけないんだ。この体があるなら行けるだろう! ああぁぁ〜」と、あたりかまわず悲愴な声を上げたが、もう以前の勢いはなかった。

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儀式が行われた通大寺の本堂

「親ならわかるだろう。この人(高村さんのこと)にも親がいるんだ。自分の娘がこんなことになったと知ったら、どんな気持ちになる? あなたも親なら、わかるだろ? この人を親の元へ返しなさい」

男はただただ「わあぁぁ〜」と泣き続けた。

住職から、光の世界に導くと言われたのだろう。泣くだけ泣いたらおとなしくなり、諦めたようにその場に正座する姿が見えたと彼女は言う。

「納得」ではなく「諦め」

「この人は、娘のところに行けるから納得したというわけではないのですね」と僕が尋ねると、「全く納得していません」と高村さんは言った。

死に臨んだ時、死を覚悟できるかどうかは「納得」できたかどうかだといわれるが、大半は「諦め」なのかもしれない。がんで死に逝く人を見ても、死ぬのは嫌だ嫌だと死を受け入れようとしなかったのに、体力が奪われていくにつれて、最後は生に執着する力も消えて諦めの境地に入っていく。そんな状態だったのかもしれない。

「受け入れるしかなかったのでしょうね。津波から1年も経っていることや、自分が死んでいることを知って、『あなたも親なら』と言われたら、やはり諦めて受け入れるしかなかったのだと思います」

高村さんは言った。とはいえ、金田住職から、「あなたは死んでいるのだから受け入れなさい」と言われ、霊が、まるで裁判官に判決を言い渡されたかのように、この世への執着を捨てて光の世界に行こうとするのが不思議だった。東北では、まだ僧侶に対する敬意の念が薄れていないということなのだろうか。

「死者の魂」を押しのける感覚

「光は見えないか? 光をさがしなさい」と金田住職が言った。

男は必死に光をさがしているが、「見えない。人が多すぎて何も見えない。真っ暗だ」と困ったように言った。

「これから、あなたと娘と奥さんのことを思ってお経を読むから、光をさがしなさい」

しかし光は見つからず、「ワカナ、ワカナ〜」と、まるで迷子になった子供のように名前を叫んでいた。そのたびに住職の読経が止まり、男に語りかける。

高村さんも立ち上がって一緒に光をさがし始めたが、その時、初めて自分がいた世界を見て「地獄か!」と思ったという。

「よく目を凝らすと、あたり一面が人の海でした。いわば、満員電車の中にいるみたいに、死んだ人たちがひしめき合っているのです。泣き声、叫び声、すすり泣く声、ヒステリックに叫ぶ声、ぶつぶつとつぶやく声、声、声、声……。人間ではない声も聞こえてきました。彼ひとりでこの人垣をかき分けながら進むのは並大抵ではないと思い、手助けするつもりでその男性の横に並びました。そして一緒に人を、というか浮遊する(死者の)魂を押しのけたんです。その感触は今も残っています」

「男がいたという海の中をかき分けて進むのですか?」

「溺死したあとは、別に海の中にいるわけではないんです。溺死した時は海の中にいましたが、それが終わるとチャンネルを変えたみたいに瞬間移動して次のステージに移ります。それが真っ暗な世界なのです。そこを必死に……」

「必死に、ですか?」

「ボーッとしてたら、いきなり光をさがしなさいと言われたんです。自分自身が生き返る確証もない。だったら、自分の体を奪い返すしかないと思ってがむしゃらでした。

真っ暗な中で必死にかき分けていたら、何かにつまずいた気がしたので見ると、泥だらけのベビーカーが転がっていました。それを踏みつけるようにしてしばらくすすむと、ようやく風を感じる場所に出たのです」

「風を感じる場所?」

「ええ、どう表現したらいいのか、たとえるなら、暗闇だった地下を通り抜け、ようやく地上に出たという感じでしょうか。そこは明るくて、風が感じられる場所でした。そうそう、追い風でしたね。そこに出ると、男性はその風に押されるようにして、光の方へ、光の方へとすすんでいったんです。それを確認すると、わたしは急いで自分の体に戻りました」

彼女が意識を取り戻すと、その場にいた全員が無言で彼女を見つめていた。予想もしなかった展開と、無事に戻ってきたことに安堵したのだろうか。

憑依していた霊が消えたというのに、泥臭いような生臭いような何ともいえない臭いがいつまでも残った。口の中にまだ泥が入っている感覚があり、しばらく口の中でジャリジャリと音を立てているような気がした。

通大寺からの帰り道、喉が潰れたように声が出なくなっていたので、なんとか水を飲もうとしたが、逆に咳き込んで戻してしまった。喉から出血していたらしく、吐いた水の中に血がまじっていたという。

その後、彼女は数日間、熱を出して寝込んだ。

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