
広告業界では従来、メディアエージェンシーが先頭に立ってペースを決める役割を果たしてきた。そこへGoogleが登場して影響力を広げ、業界の勢力図を塗り替えて、いまでは主導権を握っている感がある。
オンライン広告最大手として君臨するGoogleも、調査会社アダリティクス(Adalytics)による報告書で傘下のYouTubeにおけるメディアバイの透明性問題を指摘されて以来とくに、各方面から批判を浴びている。しかし、大手エージェンシーの情報筋によると、以降、変革の試みがなされたが、業界のエコシステム全体への影響は限定的だった。これは事業者間の関係が機能不全に陥っている兆候だと指摘する者もいる。
あるメディアエージェンシー幹部は、匿名を条件に取材に応じ、「業界のシステム全体が機能していないのだから、YouTubeの不適切な慣行を非難して責任を取らせようとしても難しい」と認めた(ちなみに、米DIGIDAYが今回取材したメディアエージェンシー幹部はほかに4人いるが、YouTubeまたはGoogleの広告ポリシーについては全員、コメントを差し控えるとした。調査会社とアドテク企業の幹部も同様だった)。
前述のメディアエージェンシー幹部によると、自社のクライアントにとって、YouTube広告配信の利用は全体的にみれば「うまくいっている」という。しかし、YouTubeのポリシーを強く批判すれば、「バタフライ効果」でGoogleと取引のあるほかの分野に悪影響が及ぶおそれがある。「Googleはアクセス解析ツールで確固たる地位を確立しているし、当社のクライアントとも複数のプラットフォームで密接な関係にあって、縁を切れない。YouTubeとの取引が動画広告サービスだけだったら、事情は違ったかもしれないが」。
依存性のあるドラッグのような存在
エージェンシー幹部は続けて、「Googleは、自社が提供するすべてのサービスにおいて業界各社を囲い込んでおり、やめたくてもなかなかやめられないドラッグのような存在だ」と語る。これは数年前、ダイレクトレスポンス広告が登場したころ、ケーブルネットワークでテレビCM放映料金が下がり、広告収入が容易に得られた状況と似ているかもしれない。
「我々のジレンマは、Googleに改善を促すべく圧力をかけたいと思いながらも、できるレベルに限界があることだ」とあるメディアエージェンシー幹部はいう。「以前からGoogleは、つねに自社が有利になるように物事を進め、つねに自社提供のサービスをクライアントに強く推奨してきた。たとえばこんなふうだ。『デマンドサイドプラットフォームなら、GoogleのDV360をお使いなさい。そうすればYouTubeとも、アドレサブル動画配信サービスとも連携できますから機能は万全です。それに当社からは、施策の効果分析データをお渡しできますよ』という具合にうまく働きかける。だから多くの広告主やエージェンシーが飛びつく。複雑なビジネスの世界において、物事が簡素化できるから便利だと感じるわけだ」。
Googleの広報担当者にコメントを求めたところ、「当社では広告ソリューションを含む全商品を、顧客企業とユーザーのニーズを考慮に入れて開発している。商品の改善にあたっては、つねに、お客様と緊密に協力しながら進めている」という回答があった。
アダリティクスの調査部門は2023年6月に発表した報告書で、YouTubeを利用する広告主のブランドセーフティをめぐる懸念を取り上げた。とくに、本来YouTubeに出稿したはずの広告がGoogle動画パートナー(GVP)のサイトで配信されるリスクを指摘し、多くの業界関係者に不安を抱かせた。
Googleは、アダリティクスの報告書の内容は事実無根だとして反論したが、広告主の代表は、米英などの業界団体を通じて、関連の問題についてGoogleからの説明を求める構えだ(業界団体との協議は進行中)。一方、Googleの広報担当者が米DIGIDAYに語ったところによれば、同社は広告商品などの改善に向けて、引き続き顧客企業と協業するという。
それ以降、YouTubeが一部の広告主に返金したという後追いニュースが流れたが、Googleは、返金はアダリティクスの調査結果とは無関係であると主張した。しかし、2人の情報筋がDIGIDAYに語ったところでは、アダリティクスが6月に発表した報告書を受けて、それぞれ自社アカウントへの広告費の返金をYouTubeに要請したという。
共視聴測定の導入を急いでいるが
今回取材したもうひとりの幹部の勤務先では、YouTubeが最近打ち出した方針に異議を唱えた。YouTubeは2023年4月、複数人で同じ画面を視聴する「共視聴」について自社独自の測定方法を2024年1月から導入すると発表した。これは同社が販売する広告在庫の収益増を狙った施策だろう。
「こんなふうにいきなり方針を変更すれば、かならず反動がくる。我々はYouTubeに対し、共視聴についてはサードパーティによる測定結果の保証を要求した。この要求が受け入れられない場合、当社はほかのパートナー同様、広告費を引き揚げるつもりだ」と企業幹部はいう。「YouTubeにはこう伝えた。サードパーティによる認定という形で、測定方法の可視化が必要だとね。もしYouTubeが自社内で測定した数値を使いたいなら、サードパーティに測定方法と結果の認証をしてもらわなくてはならない、と」。
この点に関しGoogleの広報担当者はDIGIDAYにこう語った。「共視聴のデータ測定は、以前から従来型TVで使われてきたが、最近は家庭のリビングルームに集まった家族や友人と一緒に、コネクテッドTVの画面でYouTubeを視聴するパターンが増えている」。
担当者はさらに続けて、「共視聴の測定結果は、Googleのアズデータハブ(Ads Data Hub)経由でサードパーティによる検証が可能だ」と述べた。「当社では広告主クライアントに対し、請求処理の開始前にテストを実施し、結果を比較検討するよう奨励している」。
在庫は増えるが質は低下するだけ?
共視聴についてGoogleは、測定方法の健全性を検証し認定できる監査機関であるメディア・レーティング・カウンシル(Media Rating Council、以下MRC)から認定を受ける予定だといわれる。
MRCに取材したところ、Googleが視聴者測定方法の認定を申請中かどうかの確認は取れなかった。MRCのCEO、ジョージ・アイビー氏とデジタル研究/規格部門のシニアバイスプレジデント、ロン・ピネリ氏の説明では、同社はすでにGoogleのリサーチ商品を複数認定し、定期的な監査を実施しているというが、共視聴関連の認定・監査活動はこれまでと違ってはるかに複雑になり、時間もかかると予想される。
「この種の監査には多くの要件が求められる」と、ピネリ氏はいう。「Googleの従来商品に対する典型的な監査とは異なり、配信された広告の共視聴が対象で、同じ画面を一緒に見ている人々の視聴行動の測定を評価する活動だ。測定データをもとに、果たして具体的なオーディエンス像を作成できるのか? Googleにも、ほかの業界関係者にも、ハードルは高いと伝えてある」。
ピネリ氏とアイビー氏は、共視聴の測定方法認定プロセスの一環として、ビューアビリティの情報が欠かせないと説明する。関連データをフィルターにかけてボットや不正トラフィックをふるい落とし、「質の高い有効トラフィック」を特定する必要があるが、何よりも重要なのは、コンテンツを閲覧している視聴者の存在と属性の確認だという。アイビー氏は、「もっとも重要な『未知数』は、Googleによる基礎的な作業の質であり、共視聴プロセスに対応した実証研究の証拠だ」とつけ加えた。
前述のエージェンシー幹部はMRCによる測定方法の認定に同意して、エージェンシーが共視聴データに予算を投入する前に必要になるプロセスだと主張する。「もし、利益を上げたいがために(データを操作して)広告在庫の供給量やインプレッション数を増やす者がいたらどうなるか。我々は広告を買いつけるが、供給が潤沢に見えても、実際には広告メッセージの一部は消費者に閲覧されず、結果としてクライアントの事業にマイナス影響が出るかもしれない。広告の売り手は在庫を増やしたがるが、我々は在庫増により、広告の閲覧が商品の購入につながることを期待する。供給増が実際のオーディエンスの行動に反映されるのを確認するため、共視聴のデータの正確性は非常に重要だ」。
公の場での広告主の反応は
今回DIGIDAYの取材に応じた情報筋の多くは、全米広告主協会(Association of National Advertisers、以下ANA)主催、Google協賛で2023年8月に開催されたカンファレンス(2023 ANA Data, Analytics, & Measurement Conference)に参加した人々だが、彼らは講演やパネルディスカッションの際にYouTube問題への言及がまったくなかったと語った。
しかし、情報筋のうち数人は、公の場以外で交わされたこんな会話を耳にした。YouTube広告のブランドセーフティ問題への補償として、対象者が支払った広告費が返金されるかもしれないというのだ(Googleは返金の可能性を否定している)。
メディア業界で支配的地位にあるGoogleだけに、傘下のプラットフォームに対するボイコットを仕掛けても効果がないというのが情報筋の大方の意見だ。第一、広告主にとって、オーディエンスのエンゲージメントがGoogleほど高いプラットフォームがほかにあるだろうか?
ただし、一部の人々の見解では、政府が介入してくれば話は別で、Googleの事業活動に大きな影響が及ぶはずだという。
[原文:With lingering YouTube issues, Google battles broader reputational challenges from agencies]
Ronan Shields and Michael Bürgi(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)