河野翔太「奇跡起こしたい」京都工繊大初のプロ挑戦

河野翔太「奇跡起こしたい」京都工繊大初のプロ挑戦

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2020/09/16
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NPB入りを目指す京都工芸繊維大・河野翔太

国立大の京都工芸繊維大(京都工繊大)から初のプロ野球選手に挑戦しようとしている投手がいる。最速145キロ右腕の河野(こうの)翔太投手(4年=四條畷=しじょうなわて)だ。

同大学は京滋大学リーグの2部に所属。03年春に2部で優勝して以降は低迷しているが、1950年(昭25)のリーグ創設時から所属している。京都市内の学校内のグラウンドが狭く、昨秋からはフリー打撃、ティー打撃、外野ノック禁止という厳しい練習環境になっている。

新型コロナウイルスの影響で3月19日以降、現在も活動停止が続いている。「コロナで考える時間も自分を鍛える時間もあった。4月までは就活もしていたが、あと1、2年野球で勝負してみたい」と、プロ野球選手を目指すことを決めた。近くのトレーニングジムに毎日通い、主務の下村幸平捕手(3年=福知山)を相手に危なくない場所を探してキャッチボールや投球練習を続けてきた。

自粛期間のトレーニングの成果もあり、8月に計測すると球速は3キロアップし145キロになった。「球質には自信があります。計測した回転数は2370回転だった」と話し、キレのある直球を軸にカーブ、スライダー、チェンジアップを投げる。

大学受験するために1年浪人している。大学1年の時はタイに短期留学するなどし、野球部に入ったのは1年の2月だった。「2年半ブランクはあったが、すぐに感覚は戻った。だから、今回も練習再開すればすぐに感覚は戻る」と話す。部員30人の野球部は選手23人。主将の河野は投げない時は捕手や野手として出場を続ける。

肩の故障もなく本格的に鍛えれば、伸びる素材だ。9月4日にプロ志望届を提出。今後、巨人やオリックスが公募する入団テストを受験する。NPBだけでなく独立リーグも受験するつもりだ。大学では情報工学課程を学ぶが「野球で勝負してみたい。先は見えないので不安ですが、奇跡を起こしたい」。そう話す目は輝いていた。【石橋隆雄】

◆河野翔太(こうの・しょうた)1998年(平10)3月25日、大阪市生まれ。178センチ、78キロ。右投げ右打ち。諏訪小1年から東中浜ジャイアンツで軟式野球を始める。城東中では硬式の意岐部(おきべ)ボーイズでプレー。四條畷では2番手投手と一塁手。1年浪人し京都工繊大へ。1年2月に入部し、2年春から主力でチームを支える。

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