
川崎幸病院
心臓病の手術には、心筋梗塞や狭心症に対する冠動脈バイパス手術や、弁膜症に対する弁形成術や弁置換術、大動脈瘤や大動脈解離に対する手術など、さまざまな種類があります。週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2023』では、全国の病院に対して独自に調査を実施し、回答結果をもとに手術数の多い病院のランキングを掲載しています。今回調査した2021年の実績で、心臓手術(成人)で手術数全国1位になったのは川崎幸病院(川崎市)で、初の1位獲得です。同院の心臓外科主任部長・川崎心臓病センター長の高梨秀一郎医師に、ランキング1位になりえた背景と同センターの強みについて聞きました。
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2021年の心臓手術数の全国ランキングの上位を以下に示す(週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2023』)。
心臓手術
1位 川崎幸病院 手術数928件(前年2位、914件)
2位 榊原記念病院 手術数918件(前年3位、767件)
3位 国立循環器病研究センター 手術数910件(前年1位、928件)
川崎幸病院は、川崎市南部および横浜市北部を診療圏とする地域の中核病院です。「断らない医療」「患者主体の医療」「地域に根ざし、地域に貢献する医療」という医療理念を掲げ、急性期病院として24時間・365日断らない医療と高度医療に積極的に取り組んでいます。
『いい病院』では、心臓手術の内訳として、「冠動脈バイパス術」「弁膜症」「胸部大動脈瘤・大動脈解離」の手術数を紹介しています。
川崎幸病院の心臓病診療の特徴として、大動脈手術を専門におこなう「川崎大動脈センター」と、それ以外の心臓病の治療をおこなう「川崎心臓病センター」が設置され、それぞれの専門性を生かした治療をおこなっていることが挙げられます。
川崎大動脈センターは2003年に開設。2020年に開設した川崎心臓病センターでは、主に狭心症や急性心筋梗塞、心臓弁膜症、先天性心疾患や心臓腫瘍などに対し、心臓外科と循環器内科の医師や看護師、放射線技師、臨床工学技士などの多職種で構成された「ハートチーム」が治療をおこなっています。
通常の集中治療室とは独立した循環器集中治療室を設置し、24時間体制で救急患者を治療できる体制を整備。19年11月からは、同院8階が心臓病診療の専用フロアとなり、病床数も47床から86床へと拡大。20年5月に、現在の「川崎心臓病センター」に改称しました。
同センターのセンター長であり、心臓外科主任部長も務める高梨秀一郎医師と、循環器内科主任部長を務める桃原哲也医師は、同院に赴任するまで、循環器専門病院である榊原記念病院の心臓外科と循環器内科のトップを務めていた心臓病治療のエキスパートです。
川崎幸病院は、以前から大動脈手術に定評があり、全国でもっとも多く実施している病院でしたが、19年に高梨医師と桃原医師が赴任してから、大動脈疾患以外の心臓病の手術件数も増えています。
「一般的に、心臓外科でおこなわれる緊急手術の約8割が大動脈疾患です。すでに診療実績のある大動脈疾患の患者さんは、全国の医療機関からの紹介もありますが、やはり救急搬送も多い。緊急以外の心臓病患者さんの多くは近隣の中核病院と地域の開業医からの紹介なので、患者さんが受診するルートが異なります。大動脈疾患を大動脈センターで診ることで、心臓病センターではそれ以外の心臓病に特化し、予定された手術でクオリティーの高い治療をおこなうことができます。それが川崎幸病院の心臓病診療の強みだと考えています」(高梨医師)
同院に赴任した当初、高梨医師は、院長であり川崎大動脈センターの創設者でもある旧知の山本晋医師に、「心臓病と大動脈疾患を分けず、一緒に診たほうがいいのでは」と意見したことがありました。それに対し、「分けたほうがいい」と返した山本医師。その狙いは、心臓病と大動脈疾患の治療部門をそれぞれ独立させることで、より質の高い医療を実現することと、患者さんにとって、よりアクセスしやすい形にすることでした。
それ以来、高梨医師は心臓病センターでハートチームの形成に尽力しながら、同院の心臓病治療を地域の医療機関に周知することにも注力してきました。
「コロナ禍になり、直接顔を合わせて伝えることが困難な中で、地域の循環器内科医から紹介があれば、その返信文書で自分たちがおこなった治療内容を丁寧に伝えたり、地域の核となる病院の循環器内科とオンラインでのカンファレンスを定期的に開いたりと、地域との連携を進めてきました」(高梨医師)
それらの取り組みにより、紹介患者数が増加し、紹介元の地域も広範になったといいます。近隣の地域に加え、現在では診療圏外の大学病院や循環器専門医から、難度の高い手術を依頼されることも増えています。
患者にとって最善の治療法を検討するために、心臓病センターでは多くのカンファレンスがおこなわれます。週1回の心臓病センター全体でのカンファレンスのほか、手術が必要な患者に対する心臓外科と循環器内科、手術室、検査室の医師やスタッフによるカンファレンスも週1回あります。さらに、毎日の手術前にも心臓外科医と循環器内科医、手術室のスタッフで最終的なチェックをしてから手術に臨んでいます。
内科と外科が連携して治療にあたる意義について、高梨医師はこう話します。
「一般的な心臓病診療では、循環器内科医が診断し、手術が必要となれば外科に引き渡し、そこから先の治療は外科におまかせ、ということが多いです。しかし当センターでは内科医も手術の適応や方法などについてどんどん意見してきますし、外科医も検査や診断にまで口を出します。口を出すということは、その結果に対する責任も負うということ。術後には治療結果をしっかり検証し、必ず次の治療につなげられるようにします」
このように、内科と外科で意見を交わし、互いにブラッシュアップしていくチームとしての取り組みが、多くの手術をおこなえる心臓病センターの実力につながっています。
心臓病の手術数全国ランキング1位になった同院ですが、病床数や手術室の稼働率などを鑑みても、これから先「まだ手術数を増やせる『伸びしろ』はある」と高梨医師は話します。さらに、大動脈センターと心臓病センターを両輪とする川崎幸病院の心臓病診療は、「まだ完成途上」ともいいます。
「今は両センターが互いに技術をみがき、良い意味で競い合っていますが、病気や治療によっては連携して手術をおこなうこともあります。将来的には我々の次の世代の医師たちが統合を考えるかもしれません。そうなれば最強のハートチームになると考えています。また、川崎は空港からのアクセスがいいので、海外からの患者さんも増えてくるのではないかと思われます。地域の患者さんにはもちろんのこと、我々の医療を求めて来院される海外の患者さんにも最善の医療を提供できればと思っています」(同)
(文・出村真理子)
出村真理子