女性囲碁棋士で最強の藤沢里菜、「女流四冠」への軌跡と強さの秘密

女性囲碁棋士で最強の藤沢里菜、「女流四冠」への軌跡と強さの秘密

  • JBpress
  • 更新日:2022/05/14
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女流名人戦で仲邑菫二段と局後の検討をする藤沢里菜女流四冠(撮影:内藤由起子)

今年4月に行われた囲碁女流名人戦は大きく報道された。史上最年少の13歳でタイトル戦挑戦者となった仲邑菫二段が注目されたためだが、実は相手のタイトル保持者、藤沢里菜女流名人もとてつもない実力、実績を持つ人物だ。

5つある女流タイトルのうち4つ(女流本因坊、女流名人、女流立葵、女流最強)を持つ藤沢女流四冠はまだ23歳。これまで獲得したタイトルは21(女性史上2位)を数え、女性棋士の第一人者であるだけでなく、男性棋士に交じってもトップ棋士のひとりとして名を挙げられる。そんな藤沢の強さの秘密を紐解いていきたい。

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記者会見をする藤沢里菜女流四冠(撮影:内藤由起子)

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「男性のトップ棋士と遜色ない」と井山裕太名人も太鼓判

囲碁は男女の差が極めて少ないマインド(頭脳)スポーツだ。対局は男女関係なく同じ土俵で打たれている。「棋士」と「女流棋士」が区別されている将棋界とは違い、囲碁の「女流棋士」というのはただ性別を強調しているだけで、プロの肩書きは全員「棋士」なのだ。女性限定の女流棋戦はあるが、それは年齢制限のある若手棋戦などと同列に扱われている。

男女の区別がないとはいえ、これまで(男女一緒の全棋士参加の)一般棋戦で優勝したことがある女性は、2000年に韓国で「国手」のタイトルを獲得したゼイ(くさかんむりに内)廼偉(ノイ)九段のみだった。近年、やっとゼイ九段に続く女性が現れるようになってきたが、そのひとりが藤沢なのだ。

藤沢は2020年に若手棋戦「若鯉杯」でトップ棋士を次々となぎ倒し、女性初の優勝を飾った。「十段戦」では現在棋士序列一位の一力遼棋聖を破って本戦入りしベスト8までコマを進めた。また2019年には、一流棋士の証である名人戦リーグ入りまであと1勝と迫っている。

井山裕太名人も「藤沢さんは男性のトップ棋士と遜色ない。いつ一般タイトルの挑戦者になってもおかしくない」と、その実力に太鼓判を押す。

AIデータが裏付けた藤沢女流四冠の実力

棋士のなかでも評価が高い藤沢だが、それを裏付けるAIデータがある。女流名人戦の第2局の解説を担当した林漢傑八段が、その碁をAIにかけると、驚きの結果が出たという(図1参照)。

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【図1】林漢傑八段がAI「星陣」で女流名人戦第2局を分析した。藤沢がAIの推奨する最善、次善手を85%の割合で打っているという驚異的なレベルを証明している。

図の下部にある棒グラフをご覧いただきたい。全部で6段階に分かれていて、一番左の「最佳」はAIと一致、「很好」は第1候補ではないがとても良い手を表す。「可下」は普通、「欠佳」はややミスになる。

林八段は、「私が主に見ているのは一番左の最佳と很好で、黒番の藤沢さんのこれを合わせた数字が85%でした。もっと詳しく見ていくと、最佳が64%を超えているのもすごいことで、私の中では60%を超えたら世界トップクラスと見ています。この碁のすごいところはもう一つあって、右側にある悪手と失誤(ミス)がまったくないことです」と驚きを隠せない。

参考までに林八段が挙げてくれたのが、世界最強と呼ばれる韓国の申眞ソ九段のAIデータ(図2参照)だ。白番の申九段がまさに完璧に打った一局で、藤沢の数字と似ているのがわかる。

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【図2】2022年2月に打たれた「農心杯」申眞ソ九段(韓国)─柯潔九段(中国)戦をAI「星陣」で分析。

「女流名人戦の数字を見ると、里菜さんの得意な局面に持ち込めば、井山裕太名人や一力遼棋聖とも十分戦えると思います」と話す林八段。女性初の、「女流」がつかない名人や本因坊のタイトル獲得を争えるレベルに藤沢がいるというのだ。

朝から晩まで「道場通い」の子ども時代

そんな藤沢が碁を覚えたのは6歳のとき。父は藤澤一就八段、祖父は伝説の棋士・藤沢秀行名誉棋聖という血筋に生まれているが、最初に手ほどきをしたのは、たまたま行った碁会所で出会ったという洪清泉四段だ。ちょうど洪四段が道場を開く予定であることを知った藤沢里菜は、そこに通うようになる。

平日は学校が終わるとそのまま「洪道場」へ。土日は朝10時から夜9時まで道場で過ごす日々が始まった。母親は仕事をしながら昼夜と2回お弁当を届けたという。

洪四段は、子ども達に棋士として必要な力をつけさせる教育を施した。土台となるのは「読みの力」とし、徹底的に詰碁をやらせた。100問を一瞬でできるよう、同じ問題を何回も繰り返しトライさせる。そして、全問正解できたら1つお菓子を選べるご褒美がある。

「里菜の読みの力は道場生の中で男子に負けないトップクラスでした。『発陽論』という最難関の詰碁集をしっかり解ける女子は少ないんです」と洪四段。

母親は里菜を早くプロにさせたかったという。本人も「他になりたいものもないし、自分には碁しかない」と思い、努力を続ける。夜9時に家に帰ると、それからまた詰碁をやる碁漬けの生活を送った。

ここまで碁ばかりだと嫌になるケースも多々あるのだが、藤沢は「碁を嫌だと思ったことはありません。洪道場は楽しかった」と振り返る。ゲームも大好きだったが、プロを目指すと決めたときに、母親が全部捨てたという。それでも「環境を整えてくれて感謝している」と話すほど。好きこそものの上手なれを地で行く成長ぶりだったのだ。

詰碁の力がトップクラスであることのほかに、「里菜には偉大な棋士のお祖父さん(前出の藤沢秀行名誉棋聖)がいて、ご縁のある人が目をかけてくれましたが、それだけではありません。明るくかわいがられる性格で、色々な人に教えてもらったり打ってもらったりしました」と洪四段は藤沢の人柄の良さも指摘する。

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小さい頃から碁会所で囲碁を打っていた藤沢里菜(写真は本人より提供)

藤沢の親友である新井満涌初段は、「里菜は常に真面目で一生懸命。息を吸って吐くように碁が生活の中心にある子。ひたむきに努力する姿はいいお手本になっていました。強くなっても偉ぶらず、勝っても相手を下に見ることがなかった。角のない子で、秀行先生の孫ということだけでなく、性格がいいので誰にでも好かれていました」と話す。

囲碁界初の国民栄誉賞を受賞した井山裕太名人も、子どものころ、多くのプロや強豪たちが井山に教えてあげよう、打ってあげようとしていた。「この子を強くさせたい」と思わせるような愛されるキャラクターであることも、子どもの頃から強くなる大事な要素といえるだろう。

祖父、藤沢秀行名誉棋聖との「棋風の違い」

祖父、藤沢秀行名誉棋聖(大正生まれ)と囲碁で接した時間はというと、非常に短いものだった。藤沢が10歳のとき、プロ入りが決まる半年前に病で亡くなったため、直接打つチャンスも失ったという。

ただ、秀行名誉棋聖はプロ入り前の里菜を気にかけ、「うちの孫と打ってくれ」と韓国のレジェンド棋士、曺薫鉉(チョ・フンヒョン)九段と何局も打つ機会を作った。「お弟子さんたちには厳しかったのですが、私には優しかった」と藤沢は偉大な祖父との思い出に浸る。

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藤沢秀行名誉棋聖(撮影:大竹博明、写真提供:秀行企画)

もっとも碁の才能は受け継いだが、棋風は全く違うようだ。秀行名誉棋聖は華麗な棋風。天才肌であるがゆえか、ポカ(信じられないうっかり)も多かった。一方、藤沢は囲碁AIの「リーラゼロ」になぞらえ「リーナ・ゼロ」と渾名されるほど正確無比な終盤が持ち味で、ポカとは縁遠い。

「秀行先生より里菜ちゃんは肝が据わっている。秀行先生の悪い所をとったのが、里菜ちゃんだね。決して慌てないし、安定感がある」とは、元本因坊の武宮正樹九段の藤沢評だ。

トップ棋士になる条件は「低年齢でのプロ入り」

プロで大成する大きな要因のひとつに、「低年齢でのプロ入り」が挙げられる。藤沢は、小学3年、4年、5年と3回プロ試験にトライして、3回目で見事合格。小学6年生でプロデビューとなった。

いま注目されている仲邑菫二段は10歳0カ月の最年少記録でプロ入りしたが、それは「英才特別採用枠」で文字通り特別ルートだ。予選を勝ち抜いたプロ志望数人(20人ほどいるケースもある)による総当たりで戦うプロ試験に合格した最年少記録は、藤沢の11歳6カ月なのだ。

プロ入り時の年齢で見れば、林海峰(12歳10カ月)、趙治勲(11歳9カ月)、井山裕太(12歳10カ月)の3人も若く、一時代を作る第一人者になっている。低年齢で強くなるだけでも才能であるし、早くプロ入りできれば真剣勝負をそれだけたくさん経験することができ、腕が磨かれる。

プロと打つのでも、お稽古や練習碁で打つのと、公式戦で打つのとでは全く違うのだという。その経験をできるだけ若いうちにどれだけできるかが、その後の伸びに大きく影響するのだ。藤沢には、彼らに近づくことができる条件の一つを満たしている。

まだ到達していない「世界女王への道」

いまの藤沢にとって、一般棋戦での活躍は夢ではなく、目標のレベルになっている。若手のタイトルは獲ったが、まだまだ目指す先がある。ひとつは、名人や本因坊のリーグ入り。その先には挑戦者、タイトルホルダーも視野にあるだろう。

もうひとつは、世界チャンピオンだ。近年、世界の女流囲碁界は、韓国の崔精九段、中国の於之瑩七段のツートップが優勝を分けていた。しかし今年の4月、「SENKO CUP ワールド碁女流」で、上野愛咲美女流棋聖が於七段に勝ち、優勝まで駆け上がった。日本勢の国際戦優勝は初めてのことだ(藤沢女流四冠は、上野女流棋聖に敗れ3位)。

壁がひとつ破れると、「私もできるのでは」と次々と勢いづいて突破し、後に続くのが世の常。今が一番期待できるのだ。今年は女子の世界戦が目白押しだ。新設された日本、韓国、中国の女性棋士5名による勝ち抜き団体戦「湖畔杯ソウル新聞世界女子囲碁覇王戦」(日本出場選手/藤沢里菜五段、上野愛咲美四段、鈴木歩七段、謝依旻七段、仲邑菫二段)の第1ラウンドが5月22日から始まる。

また、個人戦の「呉清源杯世界女子囲碁選手権」(中国主催)も開催される予定だ。日本からは藤沢のほか上野愛咲美四段、鈴木歩七段、仲邑菫二段の出場が決まっている。

まだ到達していない目標のひとつ、世界女王への道を駆け上がるか──。藤沢里菜の活躍を楽しみに期待していただきたい。

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今年5月には『藤沢里菜実戦集─女流四冠への軌跡─』(マイナビ出版)を出版(撮影:内藤由起子)

内藤 由起子

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