財務省のぶっちゃけ話が文春に掲載されたら炎上した件について

財務省のぶっちゃけ話が文春に掲載されたら炎上した件について

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/10/14
No image

間違いではございません

財務省の現役事務次官である矢野康治さんが、今月発売の『文藝春秋』にばら撒き政治にモノ申す的な記事を寄稿したところ爆発炎上して黒煙が上がっているというので見物に行ってきました(矢野康治「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』文藝春秋11月号)。

No image

矢野康治・財務次官

官僚組織において「事務次官」とは、行政事務方トップのことですので、今回のように与党の経済政策批判のように捉えられかねず、よりによってこの選挙前に「お前らの繰り出す公約はバラマキだ」という風に読めてしまう論文が出れば、自民党の選挙公約をまとめる高市早苗さんがブチ切れるのも仕方がない面があります

ただ、私も記事を拝読した限りでは、矢野康治さんは、立場的にも財政学的にも実務的にも、何一つ間違ったことは書いてないんですよね。後述の通り、議論として足りないところもあるんですが。

ところが、ブチ切れた高市早苗さんが「⾃国通貨で⾃国⺠が国家にカネを貸しているんだから、デフォルトは起こらない」と猛反発したり、これはもう⽮野さんは辞任待ったなしの流れにすらなってきています。(「高市氏、財務次官は『失礼』『デフォルト起こらない』」日本経済新聞)

この衆議院選挙を目前に、与党支持を確保するためにも、ばら撒きの公約をと思っていたところに冷や水を財務省に掛けられたので、ブチ切れたというわけではないのでしょうが、仮に矢野さんが失礼であったとしても間違ったことは言ってないので微妙なところです。

『文藝春秋』の記事では紙幅の問題からか、矢野さんは指摘していませんが、確かに自国通貨で国債を発行している限りはデフォルトは起きないってだけで、インフレが起きたり、国債の格付けが下がって価値が国際的に落ちたら、カネを貸している日本人や金融機関は損失を蒙ることを、高市さんら「デフォルトは無いっしょ」と思ってる人は忘れています。

矢野さんは16年前から言っていることだから

これらの話は、実は16年も前の2005年に、矢野康治さんが自ら上梓した「決断!待ったなしの日本財政危機―平成の子どもたちの未来のために」という面白本にほとんど要旨が書いてあります。

結果的には、財政が大変だ! 破綻しかねない! と16年間言い続けてきたけど、結局空前の低金利政策を続けて、増えた国債の償還額がどんどん一般会計を押しつぶしても金利が上がらないからどうにかなってしまった、というのが実態ですね。

そして、その16年もの間、何が起きていたかと言えば、低金利で借り手有利の情勢であるにもかかわらず日本経済はまったく成長せず、これだけ財政拡張したのに経済成長に資する政策を打つことができなかったというのがオチであります。

これは、89年のバブル崩壊以降、我が国の政治家が打ってきた経済政策や少子高齢化に伴う社会保障政策が上手くいかなかったという意味で「政治家が悪い」「そういう政治家を選んできた日本人が悪い」という話の裏返しです。

それでも、見かけは「あれだけ国家財政の危機だ、財政破綻するするといって、まったく何も起きなかったじゃないか」と財務省嘘つき論が出てしまうわけですが、実際にはリーマンショックに東日本大震災やコロナが来てしまったうえ、世界中がゼロ金利になって「日本型」財政は世界の最先端になってしまうというオチになりました。

これらの議論の流れで言うならば、財務省のお陰で日本の経済が硬直化しているという謎の「財務省陰謀論」が跋扈するようになります。実際、誰かのせいにしておけば、経済が成長しないのもお前の給料が上がらないのも支出を渋る財務省が悪いのだという話で思考停止できるから楽なのでしょう。

しかしながら、実際には矢野さんの記事のように書いてること自体は別に間違いではなく、特別会計を含めても我が国の公債残高はそれなりに危機的状況です。ここでいう財務省は、いわゆる悪玉とか黒幕というよりは「貧乏家庭の母ちゃんが財布のひもを握っている」ような状態なのであって、言っていることは「価値のあることに予算を出しましょう」と「予算を増やしたいのであれば、財政的な手当てをきちんとしましょう」という話です。

国家財政と家計部門とは全く違うメカニズムで動いているものですが、しかし「意味や効果のある予算(富)の使い方をしないと貧しくなってしまう」というのは国家も家計も同じです。また、国民からすれば「こんなに税金や社会保険料を払っているのに」と言いたい面もあるかもしれませんが、実際には我が国の国民負担率(所得における税負担と社会保障負担の割合)は諸外国平均から見ても中程度から低負担のほうに入ります。

No image

財務省HPより

何でもできるわけではない

文春のエピソードでもありましたが、環境大臣に担がれた小泉進次郎さんを寵愛し前総理・菅義偉さんが、昨年「脱炭素技術の研究・開発基金を1兆円から2兆円にせよ」という話に矢野さんが出てきて「赤字国債によってではなく、地球温暖化対策税を充てるべき」と正論を述べたところ、ブチ切れた菅義偉さんにぶん殴られておりました。

ただ、これは当たり前のことで「いいことだから」と何でもかんでも国に予算を積ませて手がけようとするならば、もう効果の出なくなった政策への予算や、取り組んでみたけど思ったような成果の上がらない予算をはがさないといけません。

これは旧民主党時代に白シャツの襟を立てた蓮舫さんに「2番じゃ駄目なんですか」と事業仕分け(政策レビュー会合)で言われたものと同様です。蓮舫さんがそう言ったのは別の文脈はありましたが、政府の予算というのは各省庁の都合もあってろくでもないものに使われていても政策を取りやめるというのは各省庁の抵抗があるものなので、結果的に財務省や会計検査院が手に手に槍や斧を持ってきて権力でぶん殴らないと国家予算の最適化など無理だということの裏返しでもあります。

他方、記事中にも指摘がありましたが、「大量に国債を発行して、有為な財政出動によってGDPを増やすべき」で、その結果、国債残高・GDP比の分母が増える(すなわち、経済成長してGDPが増える)ので、結果的に財政が健全化するはずだという議論がかねてありました。

これもまた、低金利の時代に国債を増やすのは借り得で、金利よりも高く経済成長すれば有利なうちに財政が健全化できるはずだ、という結構雑な議論で成り立っている政策です。もちろん、それが出来たら言うまでもありません。

そもそも政府がやるべきことって何

ただ、積極財政路線をやるにせよ、何が成長分野で、どう合理的に政策を立案するかを考えなければクールジャパン構想のようにカネをドブに捨てることになります。

いま10兆円大学ファンドの話も出ていますし、前述のように再生エネルギーへの大胆な投資が必要なのは間違いありませんが、カネを使うよりも先に、知的財産が中国や中華企業、中国人などに盗まれないようにする法制度がまだだよねとか、再生エネルギーといっても20年後の話で今年の冬のエネルギー問題があるから先に原子力発電をどうにかしろとかいう議論が出て、エネルギー基本計画の中身も満足に決まらない状況で研究資金を咲き出ししてどうするんだという話になります。

何より、我が国の国家財政は、歳入が60兆円ほどである一方、民間経済は540兆円もあります。国家がうんうん考えて10兆円20兆円の国債を発行して成長戦略のために資金を投入したところで、よほど効果的なおカネの使い方をしない限り経済効果という形で跳ね返り、その利益を納税という形で還元させてきて予算投入に見合った歳入に結び付けられる保証はありません(「国民経済統計」内閣府)。

日本の研究開発予算もクールジャパンも地方創生もそうですが、政府が足りない予算を効果的に使うために「選択と集中をせよ」と厳命したところで、お役人に「どの選択をしたら効果的か」と判断できるはずもなく、官民ファンドも含めて政府が投資をしたり民間に介入する事例は概ねにおいて失敗に終わっています。やはり、政府は「良い投資をするために正しい判断をする」よりも「正しい判断をしてくれる民間が動きやすいように良いルール作りをする」ことのほうに集中したほうが良いのです

それであるならば、行政の適正な執行と、より柔軟で素早い法・条例対応を可能にするために、国家公務員や地方公務員を加俸したり人員を拡充して残業残業徹夜残業残業徹夜徹夜徹夜という霞が関改革をしっかりやったり、特定生産緑地制度、相続税の小規模宅地や固定資産税の住宅用地の特例を廃止して本則に通りに運用し、資本や経済のルールを最適化する方向で社会全体に富が回るよう財務省に働いてもらうほうが肝要です。

つまりは、財務省が悪玉だとか悪い奴だという印象論を廃し、母ちゃんが俺たちの無駄遣いに文句を言っているのだと(そして国家財政と家計部門とは異なるものであると)正しく理解をしたうえで、積極財政か緊縮財政かは別として予算が国民経済・社会に資する形でしっかりと執行されているのかを確認して意味のある歳出をして欲しい、そのために財務省は頑張って欲しいという話をするべきです。

お父ちゃんがお母ちゃんに離婚されないために

少なくとも、矢野さんが問題視するばら撒き批判というのは、いわば父ちゃんである政治家が「俺にカネを渡せば倍にして帰ってくらァ」とタンスのおカネをわしづかみにして競馬場に向かうのを、母ちゃんである矢野康治さんが羽交い絞めにして止めようとしているの図です。

これらの構図は、かつて勤労人口が増え人口ボーナス期にあった日本が、地方経済維持も考えて建設国債による財政拡大を繰り返してきた55年体制の自民党政治の「選挙必勝法」であったばら撒きから脱却できず、人口減少で貴重な税収を最適に使う必要のある現代においては間尺が合わないやり方になってしまっていることに気づくべきです。

また、バブル崩壊以降この数十年にわたって日本の財政拡張が続き、矢野さんの2005年著書にあるような財政危機・財政破綻論とは裏腹に日本の国債に対するリスクプレミアムが縮小した(他の国の国債と比べて日本円や日本国債の信認が高くなり金利が下がったこと)は、結果として戦後日本の経済を支えた先人が諸外国に投資して得ている利益が日本の経済収支を支え、本来ならデフォルトになったりハイパーインフレとなりかねない財政状況をファイナンスしてくれていることをまず理解するべきです。

他方、小泉政権から旧民主党政権を挟んで安倍政権のアベノミクスまでは新自由主義的な金融政策で「デフレ対策」を大義名分として金融緩和と成長戦略、財政出動を旗頭にビシバシ国債を買い上げたことで、これが実質的に財政規律の観点からは大きなマイナスになっていたことを矢野さんの論文では指摘していません。

ばら撒きを批判するならば、アベノミクスで実施したトリクルダウンこそが(結果的に)虚構で、上のワイングラスからたくさんワインを注げば下のワイングラスまでお酒が注がれるはずが、結果的に上のワイングラスがどんどん膨張していってアベノミクスで儲かるやつだけが儲かって、そうでない人は最低賃金で働く経済となって格差がほんのり広がってしまい、財政を痛めてまでやる政策だったのか、という批判をおそらくは矢野さんはしたかったのでしょう。

その結果として、一連の岸田文雄内閣では改めて「新しい資本主義」を標榜して新自由主義的な経済政策との決別を宣言し、成長と分配のどっちが先かという謎の排中律まで岸田総理本人が言うようになってしまいました。本来は「成長なくして分配なし」も「分配なくして成長なし」も謝りで、一体のものなんじゃないのと思うわけですが、なぜか政調会長の高市早苗さんがあまり岸田さんの言うことを理解せずゴリゴリのサナエノミクス的な自民党選挙公約を取りまとめてしまったのでグダグダになっておるなあとマーケットからは思うわけです。

もう右肩上がりの経済ではないのだ、という大前提に立って、むしろ永田町と霞が関の関係を再構築しなければならないのではないか、と思うのですが、どうでしょうか。

防人としての矢野康治氏

最後に、私たちが生きる相場の世界では、アナリストやストラテジストのような頭の良い連中が特に「理路整然と間違ったことを未来予測する」ことが多くあります。証券会社から立派な肩書の人が書いた相場や業界、銘柄のレポートをふんふんと読んで理解しても、市場では全然違う動きをしてしまうことが本当に多くあります。

矢野康治さんが説く「財政危機」は、財政学をある程度知っている人からすれば当然問題であり、公債残高がヤバいことになっているのもよく理解していて、怖ろしい大爆発が本当に来てしまうのではないかと恐怖に駆られることも多くあります。

ただ、MMT理論も財政危機もそうですが、いずれこのままではタイタニックが霧の向こうの氷山にぶつかると分かっていて、悪性インフレによる貨幣価値暴落の可能性は予見されるのですが、それが「いつ」「どのようにして」起きるのかはまったく分かりません。東京にいずれ直下型大地震が発生して、太平洋側に大津波がやってくるぞとみな危機感はもっていても、このブラックスワンも同様の問題についてどう備えるかは常に考えておかなければなりません。

05年の矢野さんの本を読んでいても「あっはっは、完全にハズレだなあ」と揶揄するのは簡単です。まあ、実際16年も前から「財政危機やねん」と言われてもまあ財政危機なんだけどそれが日本円の信認失墜にダイレクトに関係することはありませんでした。ただ、これだけカネを使っても低成長のままで、また、高度成長の時代でもなくなったのにばら撒き政治をやるぞと言われて「また無駄金を使うことになるんだろうなあ」と思うのもまた事実です。

しかしながら、財務省の矢野康治さんというのは防人みたいなもので、毎日のように海を眺めては「元寇が来るぞ」「注意を怠るな」と言い続けることが犬(公僕)としての役割です。

専⾨家は占い師ではありませんから、そういう8割おじさん的に知⾒から警鐘を鳴らし続ける機能があってはじめて、安全に社会が成り⽴っているのだと理解することが⼤事なのではないかと思います。

それもあって、矢野さんが保身を考えず正面から(クソ大事な選挙前に)この記事を掲載したことの意味を噛み締めておくべきじゃないでしょうか。

最後に、蛇足ながら、よく政商と批判される竹中平蔵さんを批判的に言っている人が、今回の財務省・矢野康治さんの発言を問題視している識者や媒体があります。しかしながら、そもそも竹中平蔵さんや上げ潮路線は、当時自民党の経済政策を担っていた故・与謝野馨さんと対立しており、その与謝野さんと近い流れで矢野康治さんは本件記事を書いています。

パソナ的な中抜きをしている政策を批判している人が、矢野さんのような財務省清流派も批難して「事務次官を罷免すべき」と言っていることは完全な矛盾なので、竹中さんを応援している人は矢野さんを批判する、竹中さんを問題視している人は矢野さんの主張に理解を示す、という風に首尾一貫していてほしいなと心から思います。

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加