「未来を持続可能にする地球の会社」、再エネSPAで世界の脱炭素化に挑む自然電力

「未来を持続可能にする地球の会社」、再エネSPAで世界の脱炭素化に挑む自然電力

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2022/11/25
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発売中のForbes JAPAN2023年1月号の特集「日本の起業家ランキング2023」で2位に輝いた、自然電力の磯野 謙、川戸健司、長谷川雅也。

独立系のスタートアップながら、再生可能エネルギー発電の総合的なサービスを提供。22年10月には、700億円の巨額調達も実現した。その裏には、10年かけて緻密につくり上げてきたビジネスモデルと組織があった。

取材当日の10月24日朝、磯野謙、川戸健司、長谷川雅也が代表取締役を務める自然電力の社名が新聞一面の見出しを飾った。それは、カナダの大手年金基金・ケベック州貯蓄投資公庫(CDPQ)が同社に700億円を拠出するというニュースだった。

自然電力は、風力発電ベンチャー出身の3人が2011年に立ち上げた。再生可能エネルギー関連のスタートアップというと、電力小売りの企業と思われがちだが、そうではない。国内外のパートナーと連携しながら、地域の特徴に最適な再エネ事業の立ち上げから発電所の設計、保持まで一気通貫で手がける、いわば電力業界の独立系SPA(製造小売り)だ。近年は蓄電池やエネルギーテックの開発にも注力している。

気候変動や地政学リスクの高まり、ESG投資の流れなどを受けて、再エネは世界で注目を集めている。時代の流れを反映したかのような、今回の大型の資金調達。「自然電力は日本のスタートアップの国際的なプレゼンスを高め、活躍を後押しする存在になれると思うか」と聞くと、主に新規事業の開発を担当する磯野がきっぱりとこう言い放った。「僕らには、日本の企業という意識はありません」

間髪を入れずに、主に再エネ発電事業の推進を担う長谷川が言う。「世界の未来を持続可能にする。その先に人類の平和をつくるというのが僕たちの課題設定です。自然電力は『地球の会社』だと考えています」

ふたりの話を聞いていた、コーポレート部門を担う川戸がまとめる。「スタートは確かに日本ですけど、ビジネスも組織も日本に閉じないというのは創業当初から意識していました。いまは二十数カ国から同じ思いを抱く人たちが集まってきて、再生可能エネルギー100%の世界の実現を地球規模で目指しています」

その実力はどれほどのものか。まずは数字で見てみよう。22年10月時点で、日本全国で100を超える発電所の建設・運営・保守を手がけるほか、海外8カ国でも事業を展開。グループ全体の従業員数は、契約社員なども入れるとおよそ500人だ。発電実績は、共同開発やコンサルティング案件も含めて約1GW。これは原発1基分に相当する。

一般的に、発電所の開発には巨額の資本が必要で、スタートアップにはハードルが高いとされる。なぜ、自然電力は再エネ業界のSPAになれたのか。その謎をひも解くために、時計の針を11年まで戻そう。

経験から生まれたふたつの「決断」
東日本大震災が起きた11年3月11日。磯野、川戸、長谷川は風力発電を手がけるベンチャー企業で働いていた。当時は皆、30歳前後。05年ごろから同じ職場で汗を流してきた同志だった。

3人には、自然と共に生まれ育った原体験がある。長野県出身で、幼いころからスノーボードに親しんでいたが、雪不足でスキー場が閉鎖されていくのを目の当たりにした磯野。趣味のサーフィンをきっかけに、海岸近くで回る風車に興味を抱いた長谷川。裸一貫で農業系の会社を起こした祖父に「人が生きるために役に立つ仕事を」と言われて育ち、新卒で再エネベンチャーに就職した川戸。地球環境が破壊されれば、自然を楽しむことができなくなる。気候変動は3人にとって「自分ごと」だった。

だが、「00年代の日本では、原発があれば再エネは必要ないという論調が根強かった」と磯野は言う。じくじたる思いを抱きながら仕事に明け暮れる日々。その矢先に起きたのが東日本大震災だった。

「政府が悪い」「電力会社が悪い」。ちまたで沸き起こる責任論。未来どころか、自分たちの明日の暮らしがどうなるかもわからない。そんな不安のなかにありながらも、ひとつだけはっきり芽生えたものがあった。

それは、「これからの日本では、再エネが求められるようになる。自分たちが行動し、これを広げていかなくてはいけない」という覚悟だった。20代のころから数百億円規模のプロジェクトを動かし、再エネ事業の全工程を経験してきた。同年代で最も再エネに詳しい3人と言っても過言ではないはずだ。

「ここで僕たちが立ち上がらなければ、これまで何のためにやってきたのかという気持ちでした」(長谷川)。

震災の1カ月後には会社を起こすことを決意し、パーパスやビジョン、目指す企業規模から各々の価値観や人生観まで、とことん話し合った。そして11年6月に、3人で持ち寄った150万円を資本に自然電力を立ち上げた。

しかし、元いた会社のなかで再エネ事業を発展させる手もあったのではないか。そう問いかけると、「それまでの経験から、再エネのビジネスモデルの改善点が見えていた。だから自分たちのスタイルでやりたかったんです」と磯野は言う。

具体的な改善ポイントはふたつだ。ひとつは、初めから発電所を所有しないこと。発電所の建設や維持には莫大な費用がかかる。そこで、企業に体力がつくまでは当面、発電所を保有しないと決めた。

「再エネをスピーディに広げるにはキャッシュが早く回るモデルが必要だとわかっていたからできた判断でした」(磯野)

決断の背景には、短期的な利益を優先 し、環境は二の次にしてきた株主資本主義へのアンチテーゼもあった。

「発電所をもつには、第三者割当増資などをしていかなくてはいけない。企業価値 が高くない時期にそれをすると、投資家か ら短期的な利益を求められて、未来のため、地域のためというパーパスが遠ざかり かねない。だから、お金の色にはすごくこだわっていました」(長谷川)

ふたつめの改善ポイントは、思いを共にするローカルと事業をつくることだ。再エネ100%の世界を実現するには、地方に発電所を建設する必要がある。しかし、地球規模の気候変動対策に取り組む結果、開発エリアでは景観や生物多様性などの問題が新たに発生することがある。

「このギャップを埋めないと再エネを増やしていけないというのが、前職での問題意識でした」(長谷川)

そこで、開発のノウハウはすべて提供するが、資金は地銀や地域の有力者が出し、建設は地元の業者が行うことで、開発地域の人たちが地場の課題解決を「自分ごと化」するビジネスモデルを構築した。これなら、資本金が少なくてもスピード感をもって一定レベルまで成長できる。

とはいえ、実績ゼロの会社に次々と受注が入るほど世の中は甘くない。無収入の時期が1年半ほど続いた。そんななか、大きな転機となったのがドイツの再エネ企業juwi(ユーイ)との提携だった。

(続きはフォーブス ジャパン2023年1月号でお読みいただけます)

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川戸健司、長谷川雅也、磯野 謙◎3人は2005年から同じ風力発電事業会社で従事。11年の東日本大震災をきっかけに、「青い地球を未来につなぐ」をパーパスに掲げ自然電力を設立した。

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