“人生がガラッと変わることなどない”初めての著書『持ってこなかった男』が刊行されてわかったこと(トリプルファイヤー吉田靖直)

“人生がガラッと変わることなどない”初めての著書『持ってこなかった男』が刊行されてわかったこと(トリプルファイヤー吉田靖直)

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  • 更新日:2021/04/07
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バンド「トリプルファイヤー」で作詞とボーカルを務め、『タモリ倶楽部』やテレビドラマへの出演、雑誌・WEB媒体での連載など、音楽活動に留まらず幅広い分野で活躍中の吉田靖直。

彼の初の著書『持ってこなかった男』が2021年2月に発売された。売れ筋やAmazonレビューは好評で「事前の予想を遥かに上回る反応をいただけた」というが、ひとつの妄想が頭をもたげているらしい……。

これで人生が開けるかもしれない

先日、私が書いた本『持ってこなかった男』が株式会社双葉社より刊行された。

バンドでCDを出したことはあっても、本を出すのは生まれて初めてだ。よもや自分が本を出すとは思っていなかった。喜ばしいことだと思う。

『持ってこなかった男』は雑誌『EX大衆』で2015年から連載していたコラムに大幅加筆修正をしてまとめた本で、私の幼少期から大学時代までを綴った自伝的エッセイということになる。当初、雑誌で連載を持てると聞いたときはテンションが上がった。

しかしその後5年にわたって約60回以上連載をつづけてみても、「コラム読んだよ」と人から言ってもらえたことは数えるほどしかなかった。大体1年に1回くらいのペース。期待していたよりは大幅に少なかった。ツイッターなどSNSで感想を見つけたこともゼロに等しい。

きっと声の小さい誰かは読んでくれているのだと信じていたが、少なくとも人気連載というわけではなさそうだった。にもかかわらず、書籍化が決まったと編集の方から聞いたときは非常に驚いた。酔狂な出版社だ。ありがたい。これで人生が開けるかもしれない、とそのとき少し思った。

“フジロックに出られれば人生が変わる”と思っていた

大学生のころ、フジロックのルーキーステージに出られれば人生が変わると思っていた。有名なバンドの前座に呼ばれたら、自分でもまだ把握できていない眠れる才能を誰かが見出してくれるかもしれない。いや、ライブハウスの週末イベント(平日イベントよりメンツが豪華なことが多い)に出るだけでもきっとバンドが躍進できるはずだと信じ切っていた。

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July 30, 2017
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しかし実際にそのような機会を得たあとでいつも思うのは、意外と何も変わんねえな、ということだ。雑誌で連載を持っても、テレビに出ても、何も変わらなかった。いや、まったく何も変わらなかったわけではもちろんないし、過去に比べれば状況は少しずつよくなっているはずだが、私が勝手に期待していたほどの変化は起こらなかったということだ。そもそも何がどう変わるという明確なイメージを私は持っていなかった。ただ具体的な一例を挙げるとすれば、収入があまり変わらなかった。

一度のきっかけで人生がガラッと変わることなど基本的にない。そんなことは今までの経験から重々承知していたはずだが、しかし本を出すという初の試みに関しては、まだ爆発的な変化が起こることを多少期待してしまっていた。

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『持ってこなかった男』(吉田靖直 著/双葉社)

未知の経験には無限の可能性がある。表参道を歩けばファッションスナップを撮られたりスカウトされるかもしれないし、飲み屋に行けば偶然出会った霊感の強いおっさんに「あなたからは数万人にひとりが持つ覇者のオーラが出ている」と告げられることだってあり得る。競馬をすれば名前が好みだという理由で適当に買った馬券が大穴を的中させてしまう、そんな例外的な出来事も自分にだけは起こる気がする。私はそのように、実績や努力を度外視した都合のよい妄想をしてしまいやすいタイプの人間なのだ。

私はどうやらまだ“劇的なクライマックス”を求めているようだ

それで本を出して1カ月が経ち、どうだったのか。ありがたいことに、『持ってこなかった男』は世間から黙殺されているわけではなさそうだ。むしろAmazonの売れ筋ランキングや読者レビューを高頻度でチェックする限り、かなりの好評を博していると言ってよいであろう。

マジでめちゃくちゃ良かった

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April 1, 2021
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ネットで見つけた感想を私が作為的に抽出すれば、「感動した」「泣いた」「面白くて一気に読んでしまった」「そこらの自己啓発本よりよっぽどためになる」といった具合だ。基本的に他人への感謝の気持ちが薄い私でも、本を読んでくれた方々に対してはありがたい気持ちでいっぱいである。

というのも、本を書いている間ずっと不安だったからだ。取り立てて珍しい人生を歩んできたわけではないし、世間的に大人気などとはけっして言えない私なんかの自伝に興味を持つ人が果たしてどれだけいるのか。お前が自伝を出すに値する人間かよ。誰も頼んでないのに何勝手に人生語り始めちゃってんの。そんなヤフコメ的なツッコミがいつまでも脳内にまとわりついて離れなかった。

しかし結果として想像より世間は温かかった。事前の予想を遥かに上回る反応をいただけた。それは本当にありがたいと思っている。ただその一方で頭をもたげてくる例の妄想、「本の出版が私の人生に爆発的な変化をもたらす」といったことがこのまま特に何も起こらなさそうな気配に「……まあそらそうだわな」とやや物足らぬ思いでいながらもわずかな期待を捨て切れずにいる。本屋大賞か何かにでも選ばれるしかないのだろうか。

本の帯には「今の時代において『売れる』とは何か、『才能』とは何かを、結果として問うことになる、等身大より少し低めな自伝的エッセイ」と書かれている。確かに問うてはいるかもしれないが、あいにくその答えを持ち合わせてはいない。

上述したように、私は今でも軽薄な期待と失望の間で迷いつづけている。最近いくつかあった出版関連のインタビューや対談などでも、「『売れる』とは何か」というややこしいテーマに話が及ぶとその場を取り繕おうと慌ててわけのわからぬことを口走り、たびたび相手をキョトンとさせてしまった。恥ずかしい。

【特集】吉田靖直(トリプルファイヤー)「持ってこなかった男」|吉田靖直(トリプルファイヤー)×尾崎世界観(クリープハイプ)対談|音楽に夢を抱けないバンドマンが本を書いたら https://t.co/KVx4IJ703K #吉田靖直 #トリプルファイヤー #持ってこなかった男 #尾崎世界観 #クリープハイプ pic.twitter.com/AZxMZEzWha
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March 19, 2021
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『持ってこなかった男』は、パッとしない失敗や根拠のない自信、人から認められない屈辱や他人への嫉妬、怠惰な日常、といった内容が多くを占め、大学5年生のところで物語は終わっている。現状の私を見ればわかるとおり、マンガのような大躍進のクライマックスは待っていない。そしてその後10年以上の時が過ぎても、ごく稀に小さな祭のような出来事はあれど、基本的にあまり変わり映えのしない日常がつづいている。

トリプルファイヤー吉田の断捨離とDIY 前編

本を書いている間は劇的なクライマックスの用意されている嘘くさい話など嫌だ、くらいに思っていたが、私はどうやらまだそういったものを自分の未来に対しては求めているようだ。

もしいつかこの本の続編が出るようなことがあれば、多少個人的な好みとは異なれど、マンガ『BECK』みたいなステレオタイプなサクセスストーリーとなっていることに期待したい。

吉田靖直

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