歴史に足跡を残す医療者たちの挑戦をマンガで学ぶ! 医学の発展に貢献した「いのちの歴史」

歴史に足跡を残す医療者たちの挑戦をマンガで学ぶ! 医学の発展に貢献した「いのちの歴史」

  • ダ・ヴィンチニュース
  • 更新日:2021/05/01
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『病気と健康について考え続けた人たち(まんが 世界と日本の人物伝100)』(富士山みえる/偕成社)

マスクが感染症の予防になること自体は、コロナ禍のずっと以前から分かっていたという。ただ、特段語ったり推奨されたりしてこなかったのは、医療機関で医療従事者がマスクを着用するのと、一般の人が日常生活を送るさいに感染するリスクとマスクの不便さを較べた場合とでは条件が違い、その有用性を検証する機会が今まで無かったからに過ぎない。私たちはつい、新発見や新たな発明品に大きな期待を抱いてしまうけれど、それらは突然現れた福音ではなく、先人たちが積み重ねてきた努力の上にあるのだ。何を偉そうなことを宣っているのかと問われれば、まさに偉い人たちを描いた『病気と健康について考え続けた人たち(まんが 世界と日本の人物伝100)』(富士山みえる/偕成社)を読んで反省したからなのである。

本書は、合計100人におよぶ歴史上の偉人をテーマ別にまとめたシリーズの一冊。子供向けの学習まんがを童心に返って夢中で読んだのは、知ってるつもりの人物の掘り下げはもちろん、漫画としての面白さにも惹き込まれたからだ。山あり谷ありとはいえ、1人の人間の人生で、転機となった出来事、つまり山場と山場をつなぐというのを何人分も……ということで単調になってしまいかねないところを、作者の巧みな構成により飽きることなく愉しめた。

言語の壁を乗り越え新しい日本語も造った杉田玄白

江戸の医者である杉田玄白(すぎたげんぱく)は、オランダの解剖学の本を日本語に翻訳した『解体新書』を出版したことで知られている(人体解剖自体は玄白が二十歳の頃に山脇東洋〈やまわきとうよう〉という医者が日本で初めて行なった)。玄白はエレキテルの実験でも知られる平賀源内(ひらがげんない)と出会い、オランダの書物に興味を持ったらしい。そして同じく興味を持っていた医者の前野良沢(まえのりょうたく)と、後輩の中川淳庵(なかがわじゅんあん)と共に翻訳作業に取りかかる。

「まゆは目の上に生えた毛である」という一文を訳すだけでも丸一日を要するほど難しかったものの、同時に「頭蓋骨」や「神経」など新しい日本語も造りながら翻訳をすすめた。そして源内の油絵の弟子である小田野直武(おだのなおたけ)に解剖図を描いてもらい、出版にこぎつけた頃には42歳になっていたのだとか。驚くことにこの『解体新書』、医者に限らず庶民も買っていたという。

恩人相手でも間違いを指摘した北里柴三郎

細菌学を学んだ北里柴三郎(きたさとしばさぶろう)。彼がドイツに渡り、コレラ菌などを発見したロベルト・コッホに師事していた頃に、とある事件が起こる。のちにビタミンB12の欠乏が原因と判明する病気の「かっけ」が細菌による感染症だと、オランダの医学者ペーケルハーリングや柴三郎の恩人であり日本の衛生学と細菌学の基礎を築いた緒方正規(おがたまさのり)が発表した際に、その誤りに気づいたのだ。

緒方を批判するような真似はできないと悩む柴三郎だったが、コッホからそれは医学の進歩を妨げる行為だと指摘され、反論の論文を書き発表する。ペーケルハーリングからは感謝され、「世界の北里」という名声を得て日本に帰国したはずの柴三郎は、緒方を批判したことにより国内で研究を続けられない立場に追い込まれてしまった。そこへ『学問のすゝめ』で有名な福沢諭吉(ふくざわゆきち)が手を差しのべ、日本初の伝染病研究所が開設された。結果的に、彼の生き方がこの成果を引き寄せたと言えるのかもしれない。

近代化による女性差別に立ち向かった荻野吟子

各人物には補足の解説ページがある。近代日本初の女性医師となった荻野吟子(おぎのぎんこ)の項目によると、江戸時代は家父長制で男性が支配権を持っていたとはいえ、女性も読み書きを学び、決して地位は悪いものではなかったそうだ。ところが近代化していくはずの明治時代に「女性の権利を法律で限定」するようになり、法律で男女平等が認められるようになったのは、第二次世界大戦の後のこと。法律によって逆に不自由が生まれてしまった形になったようだ。

黒船が来航する少し前に生まれて寺子屋や私塾で学んだ吟子は医者を目指すものの、医学校への入学が認められず、国学者の井上頼圀(いのうえよりくに)を頼り陸軍軍医監に紹介してもらって、その口添えで私立の医学校に入学する。しかし、医術開業試験(現在の医師国家試験)は願書すら受け付けてもらえない。それでも吟子は諦めないで、内務省の衛生局長に直訴して許可を得ると、前期後期の2回の試験で見事に合格を果たしたのだった。

本稿では日本人をメインに取り上げたが、ほかにも、患者から「白衣の天使」ではなく「ランプを持った貴婦人」と呼ばれたフローレンス・ナイチンゲールと、医学者の才能の他に音楽家としても活躍したアルベルト・シュヴァイツァーのお話も収録されている。

生まれた国は違えど、人々を救おうと努力した功績は着実に今に活かされている。一方、新型コロナウイルス対策で、効果が定かでない機器や対策が世に出てきているようだ。古代エジプトですら一般の庶民が毎日体を洗っていたというから、効果の分からない物を頼るより、とにかくまず手を洗おう。

「アルツハイマー病」治療薬の開発史に見る、創薬への挑戦

文=清水銀嶺

ダ・ヴィンチニュース

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